ポストISS時代の宇宙実証を切り拓く ー宇宙市場への新規参入の勘所:大学発宇宙スタートアップの挑戦
2025/12/11

「宇宙ビジネス」――かつては遠い世界の話だったこの領域が、今、急速な盛り上がりを見せています。しかし、その一方で「専門知識がないと参入できないのでは?」「何から始めればいいか分からない」と感じている方も多いのではないでしょうか。
本記事では、「宇宙市場への新規参入の勘所と大学発宇宙スタートアップの挑戦」と題し、東北大学発の宇宙スタートアップElevationSpaceでCOOを務める宮丸和成氏の講演内容をお届けします。
宮丸氏は、防衛大学校で航空宇宙工学を学びながらも、卒業後はビジネスの世界へ。物流やECの分野で事業開発を経験した後、25年の時を経て宇宙業界に戻ってきた異色の経歴の持ち主です。「ビジネス」「航空宇宙工学」「安全保障」の知見を融合し、日本の宇宙産業の未来を切り拓こうとしています。
本講演では、Japan Summit 2025で話された宇宙ビジネスの現状と未来、そして新規参入の可能性について、宮丸氏自身の経験も交えながら分かりやすく解説します。「宇宙は意外と近いかもしれない」――そう感じられるヒントが、きっと見つかるはずです。
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記事のハイライト
宇宙市場拡大の鍵は「宇宙実証」にあります。東北大学発スタートアップElevationSpaceのCOO宮丸氏が、宇宙市場の概要や、これまでの宇宙実証における課題、既存技術を活かした新規参入の方法、商業宇宙ステーション時代を見据えたビジネスモデル、そして中長期事業を成功に導く実践的な「社内説得術」まで、ディープテック分野の挑戦者が知るべき勘所を提示します。
- 市場参入の必須条件としての「宇宙実証」の変革:宇宙実証は部品・サービスに不可欠ですが、ISSでは低頻度かつリードタイムが長すぎます。同社は無人で地球に帰還する小型プラットフォーム「ELS-R」を開発。これを安価かつ高頻度に提供することで、実証実績が少なく高価だった衛星部品市場に競争原理を導入します。
- ポストISS時代のビジネスモデルと日本の競争戦略:2030年のISS退役後、宇宙利用は商業ステーションへと移行します。また、日本の宇宙ビジネスを拡大させるには、民間需要に先立って政府(JAXA・防衛省など)の需要を確保する「アンカーテナンシー」戦略が必須であり、これにより事業基盤を築く重要性を説きます。
- 新規事業を推進する具体的なアクションと社内説得術:宇宙市場への参入は「まだ間に合う」。明確な目標がなくても、異業種交流コミュニティ「宇宙会」などで情報収集し、熱量を肌で感じることが第一歩です。また、中長期テーマである宇宙事業を社内で推進する際は、ロジックだけでなく、役員を現場に連れ出し、熱気とチャンスを直感的に感じてもらうという実践的な「社内説得術」が最も有効だと提言します。
かつてない市場拡大:2040年に医薬品・家電市場と並ぶ50兆円超えへ
- 宮丸氏:
宇宙マーケット全体が今どうなっているのか、様々な数字を使ってその盛り上がりをお話しした後、我々ElevationSpaceという大学発スタートアップが、どのような挑戦をしようとしているのかをご紹介します。
まず、宇宙の市場規模ですが、少し古いデータですが既に半導体市場と同レベルの約50兆円あると言われています。 これが2040年には、医薬品や家電市場と並ぶ規模にまで拡大すると予測されています。これは、単に宇宙に行くための機器だけでなく、その周辺のビジネスも含めて積み上がってくるということです。
人が宇宙へ行くようになると、実はその周辺サービスも全て持っていく必要があります。意外と言われてみれば当然なのですが、言われるまで気づかないことも多いのです。 例えば、「宇宙でお風呂って入れるの?」「宇宙で病気になったら?」「歯が痛くなったら?」といったことです。 人間が行くとなると、それに伴ってサービスも全て持っていく必要があるのですが、ここで大事になってくるのが「宇宙実証」をしているかどうか、です。
宇宙は非常に厳しい環境なので、そこでモノやサービスがきちんと機能するかどうかを確かめておく必要があります。これが「宇宙実証」です。
宇宙の市場規模を理解する上で分かりやすい指標として、国別のロケット打ち上げ回数を1994年から2024年の30年間で見てみましょう。 グラフの通り、アメリカと中国が急拡大しています。アメリカの打ち上げ回数のほとんどは、イーロン・マスク氏率いるSpaceX社によるものです。ロシアは徐々に減少し、日本、欧州、インドは安定した打ち上げ実績がありますが、日本は年に数回程度というのが現状です。 2010年以降は、民間企業や新興国の参入も徐々に拡大しています。
次に、ロケットで打ち上げられるものの中でも、人工衛星がどのように推移しているかを見てみましょう。 近年は、「キューブサット」と呼ばれる超小型衛星が主流になっています。
馴染みのある人工衛星といえば、気象衛星ひまわりなどだと思いますが、あれは3トンとか5トンとか、非常に巨大な衛星です。 世界最小の人工衛星であるキューブサットは、10cm四方です。これを「1U(ワンユー)」という単位で呼びますが、この10cm四方の中に、アンテナやバッテリーなど、必要なものが全て詰まって人工衛星として機能します。 最近は、こうしたキューブサットや、50kg、100kgといった小型・軽量な衛星がどんどん打ち上がっています。
ちなみに、世界で初めてキューブサットを打ち上げたのはどこか、ご存知でしょうか。実は日本なんです。東京大学の中須賀真一先生が最初に打ち上げられました。このように、日本には世界にキラリと光る技術が眠っているのです。

人工衛星を構成する部品に見る「軽量化・小型化」への技術要求
もう少し詳しく小型衛星の中身を「3U」サイズ、つまり10cm四方が3つ重なった大きさ(10cm×10cm×30cm)のキューブサットを例に説明します。
アンテナ、バッテリーなどに加え、面白いものとしては「リアクションホイール」という、内部でコマを回し、その反作用(角運動量保存則)によって衛星の姿勢を制御する装置が搭載されています。
また、「スタートラッカー」という、その名の通り、星(星座)を撮影し、内蔵データベースと照合することで、衛星自身の現在の姿勢を割り出すものも搭載されています。 こうした人工衛星特有の部品もあれば、バッテリーやアンテナ、基板を繋ぐコネクターやワイヤーハーネスなど、地上でも使われる汎用的な部品も、小さな箱の中にぎゅっと詰まっているわけです。
では、こうした人工衛星を構成する部品において、どのような技術革新が期待されているのでしょうか。 それは、「軽量化」「小型化」「高性能化」「低コスト化」などです。 …何かの産業と似ていませんか。
そう、我が国が誇る「自動車産業」です。 今、自動車産業も電気自動車(EV)の出現によって、これまでと同じ商売はできないと認識されています。であれば、自動車産業で培われた技術や競争力を、同じ「モビリティ」という文脈で宇宙に応用できるのではないか、拡大する宇宙マーケットで新規参入できるのではないか、と考え、挑戦されている自動車関連企業の方がたくさんいらっしゃいます。 ここでも、先ほど申し上げた「宇宙実証」がいかに大事か、という話に繋がってきます。
宇宙環境利用の課題とポストISS時代のビジネスチャンス
では、視点をもう少し宇宙に移し、実際の利用例についてお話しします。 宇宙環境を利用するための拠点として、皆さんもご存知の国際宇宙ステーション(ISS)があります。地上400km上空を周回しており、現在も日本人宇宙飛行士の油井亀美也さんが滞在されています。
これまで、宇宙で何か実験をするとなると、ISSの中で行ってもらうというイメージが強かったと思います。 しかし、ISSにはいくつかの課題があります。
- 低頻度: 政府のプログラムなどもありますが、倍率が高く、打ち上げ頻度も非常に低い。製品開発サイクルに全く合いません(選定に2年、打ち上げがさらに1~2年後など)。
- 長いリードタイム: ISSは有人施設であり、飛行士の安全が最優先です。新しいものを持ち込む際には、それが故障した場合に安全へ影響しないか、非常に厳格な安全基準をクリアする必要があり、長い時間がかかります。
- 取得データが限定的: 地上であれば当然取得できるようなデータも、宇宙では「これしかできません」と制限されてしまうことが多く、研究開発を進めにくくしています。
そして今、浮上しているのが「ポストISS問題」です。 現在のISSは1998年頃に完成し、25年以上が経過して老朽化が進んでいます。そのため、2030年には退役する予定です。では、その後はどうなるのでしょうか。
ポストISS時代は、国際共同開発ではなく、「商業宇宙ステーション」の時代になります。 現在、アメリカを中心に約4つの企業グループが開発を進めています。これはNASAの「CLDプログラム」というもので、「NASAは将来、自分たちで宇宙ステーションを持ちません。民間に委託します。NASAは利用者としてこういう要求を出しますから、それに合わせて作ってください。お金は出します」というものです。 現在、以下の企業グループが開発を進めており、日本企業も関わっています。
- Axiom Space: 三井物産が出資。元JAXAの若田光一さんが参画。
- Orbital Reef: Blue Origin(Amazon創業者ジェフ・ベゾスの会社)などが主導。
- Starlab Space: 三菱商事が国際的なビジネスパートナーとして参画。
- Vast: 社長が暗号資産で大儲けし、「俺の金で全部やる」というアメリカン・スピリットで開発中。
こうした状況の中で、我々がどのような役割を果たそうとしているのか、ようやくご紹介できます。
高価な衛星部品を変革:宇宙実証の「場」提供がマーケットの好循環を生む仕組み
我々は「誰もが宇宙で生活できる世界を。次の未来を豊かにする。」をミッションに掲げる、東北大学発のスタートアップです。東北大学の吉田・桒原研究室が母体で、本社は仙台です。
現在、2つのサービスラインナップを開発しています。 1つ目の「ELS-R」は、無人の小型宇宙利用・回収プラットフォームです。無人で打ち上がり、軌道上で運用・実験などをした後、自力で地球に帰還します。2つ目は「ELS-R(S)」で、「S」はステーションの意味です。将来の商業宇宙ステーションから物資(実験サンプルなど)を地球に持ち帰るための輸送機です。
このELS-R(S)については、JAXAの宇宙イノベーションパートナーシップ(通称J-SPARC)という共創プログラムを通じて、2年間JAXAと一緒に研究を進め、ミッション定義が完了したところです。
ELS-Rは、まず実験装置などを衛星に搭載し、ロケットで打ち上げます。ロケットは我々で作らず、他社と契約します。軌道上で衛星内の実験などを行い、最後にカプセルが地球に帰還します。
これで何をするのかというと、これまで何度も出てきた「宇宙実証」です。 宇宙空間は、微小重力、真空、熱サイクル(90分で1周するため、+100℃以上から-40℃以下まで激しく温度が変化)、放射線(宇宙線、太陽放射線)、原子状酸素(O2が分解されたOが高速で衝突し、樹脂などを劣化させる)といった極限環境です。
これらの影響を一つ一つ地上でテストする方法はありますが、本当の宇宙は、これらが全て同時に、複合的に、何度も繰り返しかかる環境です。だからこそ、実際の宇宙空間での実証が不可欠なのです。
我々はこの「宇宙実証」の意義を、衛星用コンポーネント市場の変革に繋げたいと考えています。 現在、衛星用の部品は非常に高価で、過剰スペックなものも多い。なぜ高いのかというと「オプション(選択肢)がない」からです。宇宙での飛行実績がある、宇宙実証済みの部品が少ないため、価格が高止まりしています。
であれば、我々が宇宙実証の「場」を安価かつ高頻度に提供することで、飛行実績を持つ部品が増えれば、オプションが増え、価格が下がる。価格が下がれば、人工衛星を作ってみようという人が増え、マーケットが拡大する。マーケットが拡大すれば、さらに部品を作る企業が参入してくる、そういった好循環を生み出すことが、我々の挑戦です。
物資回収の革新と有人宇宙飛行への道
もう一つの「ELS-R(S)」は、商業宇宙ステーションからの物資回収に革新をもたらします。 現在は、宇宙飛行士が帰還するタイミング(年に3~4回)に合わせてしか物資を持ち帰れません。そのため、実験を急いだり、本当は新鮮なまま持ち帰りたいバイオサンプルを冷凍したり、といった制約があります。
我々はこれを、月に1回程度の頻度で持ち帰れるようにしたい。そうすれば、これまで持ち帰れなかったものが持ち帰れるようになり、実験の機会も格段に増えます。
先ほど申し上げたJ-SPARCの取り組みですが、JAXA側の思いは「再突入・回収機の大型化・有人化につながる技術を獲得したい」というものです。JAXAさんもまだ有人宇宙飛行を諦めていないのです。 ここに我々民間企業のやる気をレバレッジし、彼らは技術を獲得し、我々はサービスとして展開する。こうして、日本独自の有人宇宙飛行を目指したいと考えています。
現在開発中の 「ELS-R」(衛星名「あおば」)は、来年打ち上げ予定です。重量200kgに対し、持ち帰れるペイロードは20kg程度とまだ小さいですが、ここからスタートします。 これを段階的に発展させ、右側の「ELS-R(S)」は2029年頃にISSでの実証を目指して開発を進めています。「あおば」で持ち帰るペイロードの一例としては、ユーグレナさんの「ミドリムシを生きたまま培養し、生きたまま持ち帰る」というミッションがあります。
また、我々は宇宙産業への参入サポートの取り組みも行っています。 「宇宙実証やりませんか」といきなり企業に持ちかけても、なかなか「うん」とは言っていただけませんので、もっと地道なところからアプローチしています。 例えば、企業内での勉強会講師を務めたり、写真にあるような「日比谷宇宙会」「名古屋宇宙会」といったコミュニティを運営したりしています。これは非常に好評で、毎回100名ほどが集まり、レクチャーの後、必ず飲み会で情報交換をしています。他社の成功事例を聞いたり、「2~3社集まればこれができそうだ」といった協業の話が生まれたり、非常に面白いコミュニティになっていますまた、ポッドキャストも配信しており、私も喋っていますので、ぜひ聴いてみてください。
新規参入の壁を破る実践的なアプローチ(Q&Aセッション)
山本 (モデレーター): 宮丸様、ご発表ありがとうございました。宇宙ビジネスのポテンシャルを感じ、私自身ワクワクしながらお話を伺っておりました。 短い時間ですが、少し質疑応答に移りたいと思います。
Q1. 新規参入のタイミングと最初の一歩
山本 (モデレーター): 宇宙実証は非常に大事で、既に複数のメーカーがElevationSpaceさんを通じて着手されていると思います。一方で、これから新たに参入したい企業としては、タイミング的にまだ間に合うのか? もし間に合うなら、何から着手すべきか、お伺いできますでしょうか。
宮丸氏: 宇宙実証はまだまだ間に合いますし、技術革新は継続的に必要なので、「遅すぎる」ということはありません。 何から手をつけるかですが、既に「これを宇宙でやりたい」という明確な目標がある方は、それをどう実証に持っていくか、我々だけでなく国のプログラムなども含めて検討する、というステップになります。 まだ漠然としている方は、先ほどご紹介したようなコミュニティに参加していただくのが良いと思います。敷居は非常に低いですし、「こんなに色々な人がいるのか」と驚かれるはずです。そういったところから情報収集・情報交換を始めていただくのが良いのではないでしょうか。
Q2. 社内説得の方法
山本 (モデレーター): 宇宙ビジネスは中長期的で未来的なトピックと捉えられがちで、社内で新規事業として進める際に、説得に苦労されている方も多いかと思います。既に御社と協業されているパートナー様は、どのように社内を説得し、プロジェクトを進めているのでしょうか。
宮丸氏: ある大手メーカーさんでは、社内でイノベーション推進などの名目でセッションを企画され、そこで私がこのようなお話をしたら、役員の方の考え方が変わった、というケースもありました。 また、先ほどの「宇宙会」に、役員の方を最初から連れてきていただいて、「なんだこれは!?」と熱気を肌で感じてもらう方もいらっしゃいます。説得よりも「見て、感じてもらう」方が効果的だった、という方もいらっしゃいました。やはり熱量を持って周りを巻き込んでいくことが大事ですね。
Q3. 有人宇宙飛行へのロードマップ
質問者 (会場): ビジョンとして最終的に有人ミッションをやりたい、というお話がありましたが、現状、日本国内で有人は難しいと言われる中で、どのようなプロセスでそこまで描いていくのでしょうか。法整備なども含めて、もし検討されていることがあれば教えてください。
宮丸氏: 分かりやすい技術的な積み上げでお話ししますと、まず日本にはH3などのロケット技術があります。ISSの「きぼう」モジュール運用で、軌道上での運用技術も持っています。足りないのは「地球に帰還する技術」です。なので、我々はまずそこを確立したい。 次に、ELS-R(S)は、有人宇宙ステーションにドッキングはしませんが、近傍で活動するため、一定レベルの安全審査が必要になります。ここで、再突入・帰還技術を前提としつつ、少しずつ有人機に近い安全基準をクリアしていく。そうやって段階的に有人化に繋げていきたいと考えています。
Q4. 日本の宇宙ビジネスモデル
質問者 (会場): 市場規模は盛り上がっていくとのことですが、一方で日本の打ち上げ回数は年に数回と少ない。日本の企業(に限るかもしれませんが)は、どのようなビジネスモデルで宇宙ビジネスを成り立たせているのでしょうか。
宮丸氏: 日本においては、純粋な民間需要だけでビジネスとして成り立たせるのはまだ難しいです。そのため、「アンカーテナンシー」という考え方が非常に重要になります。 すなわち、政府(JAXAや防衛省など)からの需要をまずしっかりと確保し、それで事業を継続させながら、その上に少しずつ民間の需要を重ねていく、という形です。 まだ完全に民間で回っているわけではなく、我々も日々苦しみながら(笑)、資金繰りを考えながらやっている状況です。まずはアンカーテナンシーを確保し、その上で皆様との協業によってビジネスを積み上げていくしかない、と考えています。
