三人の投資家が解き明かす、成功するスタートアップ投資の真髄
2024/12/05
AI技術は多くの業界において急速な変革を引き起こしており、B2CやB2B分野における成功事例が次々と生まれています。このAI技術がもたらす急速な変革は、スタートアップと投資市場の在り方にも大きな影響を与えています。本記事では、シリコンバレーで活躍する投資家たちが、AIスタートアップの成功事例や課題、投資の現状や展望について議論した内容をまとめています。
(*本記事は、2024年10月に行われた「Japan Summit 2024」におけるパネルディスカッション『ユニコーンを生み出す力:3人の投資家が解き明かす、成功するスタートアップ投資の真髄』の内容に基づいて構成・編集しています。)
Writer: Megumi Shoei
【パネリスト プロフィール】
Connie Chan 氏
Board Partner, Andreessen Horowitz
シリコンバレーを拠点とするベンチャーキャピタル、Andreessen Horowitz(a16z)のボードパートナー。これまでa16zでは外部からジェネラルパートナーを採用してきたが、初めて社内昇進によってジェネラルパートナーに就任。消費者向けテクノロジー分野への投資を担当している。現在、Whatnot、Cider、KoBold Metalsなどのアーリーステージスタートアップにアドバイスを行い、アジアのスタートアップやグローバルなトレンドから得た知見を活かし、アメリカにおける投資戦略の構築を支援している。スタンフォード大学で経済学士・工学修士号取得。彼女の専門性に基づくコメントは、Fortune、The Wall Street Journal、Forbes、Fast Company、The Washington Post、The Economist、Bloomberg、MIT Technology Review、Wired、CNN、Financial Timesといった数多くの有名メディアで取り上げられている。
Matt Cheng 氏
Founder & General Partner, Cherubic Ventures
グローバルにプレシードおよびシードステージのスタートアップに投資するベンチャーキャピタル、Cherubic Ventures(心元資本)の創設者兼ジェネラルパートナー。これまでにFlexport、Hims、Calm、Paidy、91APP、Bellabeat、Tezign、Astranisなど、多数のユニコーン企業への投資を主導してきた。Cherubic Venturesを設立する前は、香港と台湾で2社のユニコーン企業のIPOを共同設立し、米国では5億ドル以上のM&Aを達成するなど、多岐にわたる実績を持つ。スタートアップやベンチャー投資のキャリアを開始する以前には、台湾のジュニアテニスランキングでシングルスとダブルスの両方で1位を獲得し、ジュニアデビスカップチームのメンバーとしても活躍していた。
Saeed Amidi
CEO, Plug and Play Tech Center
2000年に西海岸のシード・アーリーステージ企業の投資機関であるAmidzadを共同設立。15年以上に渡り、PayPal、DropBoxなど2000社以上のテクノロジー企業へ投資を実施(うちユニコーン企業は31社)。2006年に世界の大企業とスタートアップを支援するイノベーションプラットフォームであるVC兼アクセラレーターのPlug and Playを設立。金融・保険、製造、小売、ヘルスケア、ホスピタリティなど、さまざまな業界の大手企業500社以上とともにアクセラレータープログラムを通したイノベーション支援をおこなっている。
モデレーター:Phillip Vincent
Managing Partner, Plug and Play APAC, CEO, Plug and Play Japan
米サンディエゴ州立大学卒。新卒で日本の大手商社KISCO株式会社の米国支社であるユニグローブ・キスコに入社し、日米間のビジネス開発を担当。2014年シリコンバレーのPlug and Play本社に入社し、IoT部門とMobility部門のプログラムディレクター、および日本企業のアカウントマネージャーを兼務。2017年にPlug and Play Japanを立ち上げ、現在はManaging Partner, APAC | Japan, CEOを務める。Plug and Play Japanは現在、東京、京都、大阪に拠点を構え、スタートアップと業界のリーディングカンパニーをつなぐ日本最大のイノベーションプラットフォームの構築を目指している。
(順不同:文中敬称略)
ネットワーク効果が生むスタートアップの成長と投資可能性
- Phillip:
AIは消費財業界をはじめ多くの産業で構造変化を引き起こしており、スタートアップや投資家にも大きな影響を与えています。AIが消費者に与える影響について、どう考えていますか?
- Saeed:
このセッション前に行われたConnie氏のプレゼンテーションでも触れられていたように、利用者の増加に伴い価値が高まる「ネットワーク効果」は非常に重要です。Plug and Playは、オンラインショッピングユーザー向けにデジタルクーポンやセール情報を提供するブラウザ拡張機能を開発するHoneyに5万ドルを投資しました。Honeyはそのビジネスモデルの爆発的な拡散により急成長を遂げ、5年後にPayPalに40億ドルで買収されました。
また、過去にはDropboxに約8万ドルの投資を行い、450倍ほどのリターンを得た実績があります。このように、ネットワーク効果を活用できる適切な投資先を見つけることで高い成果が期待できますが、その見極めは難しい課題です。
一方、B2B投資は比較的リスクが低く、例えば弊社の投資先のとあるAIソリューションを銀行や保険会社に提案した際、パイロットプログラム後50%のユーザーが有料クライアントに移行しました。日本市場ではビジネスモデルが模倣されやすいという問題はありますが、近年のSOMPOホールディングスとパランティアの連携事例のように、北米市場で成功したスタートアップにとってはまだまだ発展の余地がある市場と言えます。また最近は才能あるエンジニアが財閥系大手企業よりも起業を選ぶケースが増えています。このような動きは、日本市場においてもスタートアップのさらなる成長を期待させる要因となっています。
投資戦略の進化:成長から収益性へのシフト
- Phillip:
最近のベンチャーキャピタル市場の動向についても触れてみたいと思います。
2020年から2021年にかけての投資ブームでは、資金調達額が記録的な水準に達しましたが、それ以降は投資活動が減少し、調達規模も縮小傾向にあります。ただし、直近の2四半期では資金供給が増加に転じ、市場への注目が再び高まっています。また現在、投資家のアプローチにも変化が見られます。成長性を最優先して評価する姿勢から、収益性や持続可能な成長性を重視する方向へシフトしており、ビジネスモデルや財務の健全性がより厳格に評価されています。この変化は、市場全体でリスクとリターンに対する期待が再調整されていることを示しています。
スタートアップはこうした投資家の期待に応えるため、収益性や効率性を重視した戦略の見直しを求められています。一方で、投資家側も新たな環境に適応した支援のあり方を模索している印象を受けます。
特に日本では、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)が大きな役割を担っており、柔軟な戦略が求められています。こうした背景を踏まえて、Connieさんはどのようなテーマやトレンドに注目していますか?
- Connie:
おっしゃる通り、最近の動きはとても興味深く、特に注目すべき点として、AIが今や中心的なテーマになっていることが挙げられます。
かつてクラウドが革命的な変化をもたらした時には、多くの大手企業は既存の自社サービスで十分と考え導入を先延ばしにする傾向がありましたが、AIでは状況が異なります。現在、大手企業はCEO主導で迅速なAI戦略の導入が求められ、Plug and Playのような存在が重要な役割を果たしています。多くの企業ではスタートアップを探索し評価する内部リソースが不足しており、数多くのスタートアップから自社のニーズに合った連携先を見極めてくれる正確な目利き力と広範なネットワークを持つ、信頼できる第三者のサポートを必要とするケースが多く見られます。
この動きは、企業はこれまでにない速さでスタートアップとPoCをおこない、イノベーションを推進していく姿勢を示しており、さらなる発展が期待されます。
(写真:Andreessen Horowitz, Connie Chan 氏)
- Phillip:
確かに、AI導入への切迫感は日本だけでなく、世界中で広がっているように感じます。これまでの技術革新とは異なり、AIによるイノベーションは保険業界の業務効率化や旅行業界の顧客サービス向上など、各業界で具体的な課題を解決する手段として加速しています。ただし、大手企業がAIソリューションを完全内製化するのは技術的にもコスト的にも現実的ではない場合が多いです。だからこそ、スタートアップとの協業によるオープンイノベーションがこれまで以上に重要視されているのではないでしょうか。この流れについて、Mattさんのご意見もお聞かせいただけますか?
- Matt:
これまでAI分野の初期段階のスタートアップと関わってきた経験を通じて、いくつか重要なポイントをシェアできればと思います。
まず、AIスタートアップの立ち上がるスピードは他のテクノロジー分野と比べて4〜6倍と非常に速いですが、その反面、競争が激しく失敗率も高いのが現状です。成功するためには十分な資金とレジリエンスが不可欠だと感じています。
例えば、シリコンバレーではAIスタートアップの初期資金の規模が非常に注目されています。クラウド革命の初期段階では少額のコストで起業が可能でしたが、AIでは膨大なデータ処理や計算リソースが必要で、初期投資はかなりの規模になります。例えば、あるスタートアップがクリニックの請求業務を自動化するAIソリューションを提供し、わずか3日で500万ドルのARR(年間経常収益)を達成した事例があります。しかし、その成長を支えるための計算リソースやGPUの調達には非常に高額な資金が求められました。現在、AIスタートアップのシードラウンドでは300万ドル規模の資金調達が一般的で、大規模な初期投資は必須とされています。
シリコンバレーの投資家が注目しているのは「バーティカルAI」と呼ばれる特定の産業課題に特化したAIです。これは、特定業界のニーズに応えるターゲットを絞ったAIアプリケーションで、日本市場でも非常に有望です。日本は産業特有の複雑な課題が多いため、AIによる解決の可能性が広がっています。この市場の成長を支援するため、私は今年8月に日本に拠点を移しました。産業課題をAIで解決するスタートアップの成長を間近で見守れることに非常にやりがいを感じています。
- Saeed:
Groqは、NVIDIAの10倍の性能を持ちながら、消費電力を半減させるプロセッサ技術を開発しています。同社は6億4千万ドルの資金調達に成功し、企業価値は20億ドルに達しました。Groqのビジネスモデルは、従来のハードウェア販売ではなく、AWS初期のようなオンデマンド型のスケーラブルなコンピュートリソースを提供する点で非常に革新的です。最近では、リヤドでアラムコと総額20億ドル規模の契約を結び、AIやデータ集約型アプリケーションにおける効率的なリソース需要の高まりを示しています。
もう一つの例としてPenguin AIが挙げられます。この企業は、米国の大手ヘルスケア企業でCIOを務めた創業者が設立したスタートアップです。10人ほどの少数精鋭のチームで、通常500人が2年かけて行うプロジェクトをわずか6か月で完成させました。現在、保険者と保険加入者向けにAIソリューションを提供しており、パイロットプロジェクトを進めています。Penguin AIは「バーティカルAI」の成功事例として非常に注目されています。特定の業界課題に特化し、業界知識と効率的なチーム運営を組み合わせることで大きな成果を上げています。
AI分野は急成長を遂げていますが、熱狂が落ち着いた後に生き残るのは一部の企業だけでしょう。成功するAIスタートアップは数百億ドル規模ではなく、20〜30億ドル規模で特定業界の課題を解決する企業になると予想されます。このようなニッチ市場に焦点を当てたソリューションこそが、長期的な価値を生む鍵だと考えています。
(写真:Cherubic Ventures, Matt Cheng 氏)
日本のスタートアップがグローバル市場で成功する条件
- Phillip:
最近では、投資家が資金だけでなく、計算リソースなども提供するケースが増えています。これによって、AIスタートアップの迅速なスケールアップが可能になり、投資家にとっても競争優位性を高める重要なポイントとなっています。そこで、グローバル展開を目指すスタートアップにとって、成功するために必要な要素や戦略、海外進出の際に優先すべき事項、さらに課題への対応や競争力向上の具体的なアドバイスをお聞かせいただけますか?
- Connie:
グローバル市場で成功するためには、いくつかの鍵となる要素があります。たとえば、独自の技術、卓越した実行力、そして普遍的な価値を持つ製品やサービスが挙げられます。Airbnbはその好例で、普遍的なニーズを満たすことで競争優位性を築き、どの国でも価値を提供できるビジネスモデルを構築しました。
また、ターゲット市場を深く理解することも非常に重要です。そのためには、現地を訪れ、文化やユーザーのニーズを直接学ぶことが欠かせません。現地のベンチャーキャピタリストやスタートアップ、さらに一般の人々と交流することで、より多角的な洞察を得ることができます。私自身、新しい国を訪れる際は、ビジネスパーソンだけでなく地元の生活者とも積極的に会話をするよう心がけています。これは特に消費者向けの投資を行う際に、非常に役立っています。
さらにB2Bビジネスの場合は、現地の法規制やパートナーの確保が成功の鍵を握ります。現地で直接経験を積み、しっかりと基礎を築くことが求められます。
プレゼン資料やピッチの質を向上させるためには、AIツールを活用するのもお勧めです。たとえば、ChatGPTを使えば文法的に整った資料が作成できるほか、国際基準に沿ったデザインやプロフェッショナルな外観を実現できます。資料の見た目は、その企業がグローバルな視点を持っているかを示す重要なポイントでもあります。YouTubeでプレゼン作成のノウハウを学び、AIツールを使って質を高めることが、グローバル成功への第一歩になるでしょう。
- Matt:
加えて、グローバル展開には柔軟性と粘り強さも不可欠だと考えています。私自身、台湾初のユニコーン企業を共同設立するまでに16年を費やし、その間に3回失敗しましたが、4回目でようやく成功を収めることができました。
また、市場機会を見つけることはあくまで最初の一歩であり、現地での実体験を通じた学びが非常に重要です。現地の投資家やユーザー、パートナーと直接対話し、課題やチャンスを把握して市場ごとに異なる解決策を柔軟に調整する意志が、グローバル成功への道を切り拓くと感じています。
- Saeed:
グローバル展開を目指すスタートアップにとって、アメリカ市場、特にシリコンバレーは非常に重要な拠点です。イスラエル発のWazeの例を挙げると、本国に拠点を置きながらシリコンバレーに小規模チームを設置し、最新トレンドやグローバルネットワークを活用しています。シリコンバレーで資金調達を行うことは、ほぼ必須と言えるでしょう。また、場合によっては本社をシリコンバレーに移す「フリップ(本社と支社の転換)」を検討することも、有効な戦略になります。
大胆な決断に思えるかもしれませんが、ネットワークや信頼性を高めるためには非常に有効です。成功には、知識や技術、情熱、そして粘り強い努力が欠かせません。
- Phillip:
特に日本では、起業家たちが努力を惜しまず献身的に取り組む姿勢が広く知られています。私も、日本の起業家たちはグローバル成功に必要な素質を十分に備えていると確信しています。ただし、同時にコンフォートゾーンを抜け出し、新しい市場や文化に触れることも非常に重要です。現地を訪れ、人々と直接交流し、多様な視点を学ぶことは、真にグローバルなビジネスを築くために欠かせないプロセスだと思います。
Plug and Playは、こうした挑戦をサポートするために存在しています。私たちは世界中にネットワークを構築し、起業家の皆さんが新たなチャンスを掴むお手伝いをしています。
ぜひお気軽にご連絡ください。