防衛テック領域におけるスタートアップの可能性とは?
2024/09/27
近年、国際的な安全保障環境の悪化に伴い、防衛領域に携わるスタートアップへの関心が高まっています。特に、科学・工学分野における革新的な新興技術の発展は、地球温暖化といった社会課題の解決だけでなく、国家安全保障への貢献が官民から期待されています。本記事では、防衛テックと防衛産業におけるスタートアップの位置づけと現状を論じ、安全保障領域での貢献が期待されるスタートアップの紹介と今後の課題について述べます。
Writer: Haruhito Suzuki
防衛テックが注目を集める背景
国際的な安全保障環境の悪化と軍民両用技術の進歩
ウクライナ戦争の勃発、中東での紛争、米中対立の激化といった地域的・世界的な安全保障環境の悪化は、世界的な防衛費の増加を加速させています。ストックホルム国際平和研究所によると、2023年における世界の軍事費は約2兆4430億ドルとなり過去最大規模の伸び率となりました*1。特に米国・欧州・東アジア・中東諸国における防衛費の増加が顕著です。
また、科学・技術分野の著しい進歩も、安全保障政策や防衛産業に影響を与え始めています。IT技術やロボティクス、ドローンや衛星技術を始めとする宇宙テックの発展は、複雑かつ長期的な社会課題の解決に用いられているのと同時に、安全保障や防衛領域への活用も大きく期待されています。軍民両用(デュアルユース)技術と呼称され、軍事・産業への応用が見込まれる先端技術は、防衛産業に携わる企業はもちろんのこと、従来防衛産業とは関わりのなかったテック大手やスタートアップ、研究機関においても開発が進められています*2。
防衛テックの台頭
出典:防衛装備庁、「防衛技術指針2023の概要」、2023年を基にPlug and Play Japanにて作成
国際情勢の不確実性が増すと同時に、AI・無人技術・ロボティクスといった先端技術の発展が目覚ましい現代において、防衛装備品への新たなテクノロジーの応用は、自国の安全保障上の優位性を確保していくうえで極めて重要なアプローチとなっています。
海外における防衛テックと同領域に携わるスタートアップの現状
欧米諸国において防衛テック領域の成長が著しい背景として、シリコンバレーなどを拠点に、デュアルユース技術の開発に挑むスタートアップの成長や、国防関連省庁における先端技術への関心の高まりがあげられます。以下では各国における防衛テックと同領域に携わるスタートアップの現状を見ていきます。
米国
防衛テックの本場である米国では、従来の防衛大手であるプライム企業(Lockheed Martin社、Raytheon社、Boeing社等)以外の新興プレイヤーである防衛系スタートアップの存在感が増しています。Pitchbookによると2023年に米防衛テック企業群は約約5兆円にもおよぶVCからの資金調達と、627件のディール締結を実施したとされます*5。この額は、2023年の日本におけるスタートアップ資金調達額である7,336億円の7倍近くとなり、米国における防衛テック産業の規模の大きさを示しています*6。
特に近年、米国ではSHARPEと呼称される防衛テックユニコーン企業群(Shield AI社, HawkEye 360社, Anduril社, Rebellion Defense社, Palantir社, と Epirus社)が頭角を表しており、2021年には内4社が合計10億ドル以上の資金調達を実施しています*7。ドローンや衛星データ解析、マイクロ波を用いたレーザー迎撃システムやAIを用いたISRT(情報収集・警戒監視・偵察・ターゲティング)などの技術開発やソリューション化に携わるSHARPEは、高度化する戦場での戦闘形態への適応や、中国との戦略的競争において技術的・軍事的優位性を確保する重要な役割を担っています。
そのほかにも、ウクライナ戦争にてウクライナ軍に提供された徘徊型攻撃無人機「スイッチブレード」を開発したAeroVironment社や、大陸間弾道ミサイルサイロといった重要軍事施設の保守に対し、超音波検査が可能なロボットおよび保守データ管理・分析ソフトウェアを提供しているGecko Robotics社(Plug and Play Japan Summer/Fall 2020 アクセラレータープログラム採択企業)など、ハードウェア・ソフトウェアの両面で米国の安全保障に貢献しているスタートアップも存在します。
2024年前半において、防衛テック領域に携わるスタートアップへの投資額は減少傾向にあるものの、サイバーセキュリティ分野や、8月に約15億ドルの資金調達を行なったAnduril Industries社をはじめとする自律型無人機の開発を行う防衛テック企業への投資は依然として堅調です。*8
欧州
欧州においても、ウクライナ危機を受けた対露抑止態勢の強化や、米国の欧州防衛への関与低下への懸念から、防衛テック領域に携わるスタートアップへの投資は増加傾向にあります。
NATOは2023年にアーリーステージのディープテックスタートアップ企業(素材・無人化・AI・エネルギーなどの領域)への投資・成長支援を主眼とした「NATOイノベーション基金(NIF)」と、アクセラレーションプログラム「北大西洋防衛イノベーションアクセラレータ(DIANA)」を立ち上げました*9。特に、11億ユーロ規模となるNIFは2024年6月に最初の投資先を決定し、大規模言語モデルの効率化を目指すチップメーカーのFractile社や、重量物の運搬・監視任務に従事するARX Roboticss社をはじめとするディープテックスタートアップ企業への投資を行うとともに、投資支援を担うVC企業とのパートナーシップを締結しています*10。
また、EU傘下の欧州投資銀行が設立した欧州投資基金(EIF)も防衛テック領域に携わるスタートアップへの投資を増やし始めており、ヨーロッパ地域における防衛技術基盤の強化と有望なデュアルユース技術の開発に携わるディープテックスタートアップ企業への関与を強めています*11。同基金は2024年7月にNIFとMoUを締結し、欧州域内における防衛テック企業の振興と投資エコシステムの整備を共同で行っていくことを表明しています*12。米国と同様、欧州においても有望な防衛テック企業の支援と、軍事領域にも活用可能なデュアルユース技術を開発するディープテックスタートアップ企業への投資が活況であると言えます。
日本における防衛テックを取り巻く環境
日本においても、インド太平洋地域での軍事的緊張の高まりや、先端技術の軍事転用トレンドを受けて、2010年代からデュアルユース技術の開発や防衛装備品への活用が模索されています。
2015年、防衛省と防衛装備庁(ATLA)は「安全保障技術研究推進制度(防衛省ファンディング)」という研究助成制度を開始し*13、将来の防衛装備品に応用可能な先進的な民生技術や基礎研究を、自律的かつ防衛省からの介入なしに促進できる環境の整備を始めており、令和6年度には大学や大手企業、スタートアップなどから44件の研究プロジェクトが採択されました*14。実際、同制度の下で、GPSなどの位置情報改ざんを無線情報を用いて防ぐデュアルユース技術の研究が、位置情報解析ソリューションの開発を行う東大発スタートアップであるLocationMind社(Plug and Play Japan Winter/Spring 2024 アクセラレータープログラム採択企業)とATLAによって進められています*15。
また、2023年には防衛産業の抜本的な強化を図る「防衛生産基盤強化法」と、国内防衛技術基盤の強靭化・発展に向けた方針を示した「防衛技術指針 2023」が打ち出されました。これらの法制度と政策指針は、既存防衛産業の強靭化やサプライチェーンの強化、中小防衛企業の支援に加え*16、デュアルユース技術の把握・創造・育成を通じた技術振興支援や、防衛装備品への早期応用などの取り組みを示しています*17。2023年より4回開催されている、スタートアップと防衛省・自衛隊のニーズマッチングを目的とした意見交換会「防衛産業へのスタートアップ活用に向けた合同推進会」も、同指針で示された防衛装備品へのデュアルユース技術の活用と、それに伴う新たな官民協力を見据えたアプローチとして捉えることができます*18。
さらに、ATLAは2024年秋に、米国国防高等研究計画局(DARPA)などをモデルとした「防衛イノベーション技術研究所」をスタートアップやVC、グローバル・スタートアップ・キャンパスなどが集まる恵比寿エリアに開設する予定です*19。同研究所では、素粒子・電磁波を用いた潜水艦の新たな探知方法確立といった、自衛隊の戦闘形態を一変させ得るディスラプティブな技術・機能を、スタートアップを含む民間企業や外部研究機関と共同で研究・開発していく方針です*20。
日本で活躍する防衛テック領域に携わるスタートアップの紹介
発展途上にある日本の防衛テック領域ですが、防衛省や自衛隊との協業実績がある、または協業可能性のあるスタートアップは複数存在します。以下では、防衛テック領域で注目すべき国内スタートアップ3社をご紹介します。
- 株式会社イノフィス (Plug and Play Japan Summer/Fall 2021 アクセラレータープログラム採択企業)
東京理科大学発スタートアップである株式会社イノフィス。圧縮空気がナイロンメッシュに注入されることで、強力な引張力を発生させる人工筋肉技術を使用したアシストスーツの開発をしています。2024年4月、同社のマッスルスーツ14台が防衛省との意見交換会をきっかけに航空自衛隊百里基地へ納入されました。基地内における重量物資の積載・運搬業務の遂行と、隊員の身体的負担軽減に繋がることが見込まれます*21。
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大型レーダーの研究を基礎とするリモートセンシング技術と独自の信号処理技術を活用し、赤外線レーザーを大気中の微細な塵に照射して、塵の動きによって僅かに変化する光の周波数を解析して風速・風向を高精度に測定する「ドップラー・ライダー」を開発する京都大学発のスタートアップ。ドローン検知技術の開発も進めており、「ドップラー・ライダー」を活用した重要施設周辺での不審ドローン検知等の防衛分野での社会課題の解決を目指しています。
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高精細小型レーダー衛星の開発などを手掛ける九州大学発の宇宙系スタートアップ。主に、昼夜・天候を問わず地表面観測を可能にする合成開口レーダー(SAR)を搭載した衛星「QPS-SAR」を開発・運用し、複数の人工衛星によって準リアルタイムに地球観測を目指す衛星コンステレーションプロジェクトを展開しています。同社は2024年に、防衛省の宇宙領域の活用に必要な共通キー技術の先行実証に向けた衛星の試作事業を受注しています*22。
防衛テック領域に携わるスタートアップを取り巻く課題
防衛テックの盛り上がりと防衛産業に携わるスタートアップの増加が加速する一方、防衛産業へのスタートアップの参入・成長にはいくつかの課題が存在するのも事実です。特に、1. 入札要件の高さやニーズ把握の複雑さといった参入障壁、2. 大手企業との協業の必要性、3. エコシステムの整備、といった3つの課題を克服することが日本における防衛テック・スタートアップの持続的な成長と商業機会を確保するための重要なアプローチとなるでしょう。
1. 入札要件の高さやニーズ把握の複雑さといった参入障壁の存在
防衛省はスタートアップとの意見交換会の開催や、研究助成制度の確立といった取り組みを通じてデュアルユース技術の把握や育成、活用を目指していますが、依然としてスタートアップによる防衛産業への参入障壁は存在します。日本経済新聞社によると、防衛省との意見交換会に参加したスタートアップから「入札要件の髙さから単独応札が難しい」、「防衛省側が提示する情報に制限があるため、ニーズの把握がしにくい」といった意見が挙げられているとのことです*23。有望なデュアルユース技術を持つスタートアップが防衛産業により積極的に参入していくためには、入札要件制度の見直しやスタートアップとの意見交換会の継続・拡充が必要となるでしょう。
2. 大手企業との協業の必要性
防衛テック領域では、ディープテック技術を開発するスタートアップの存在が不可欠です。しかし、ディープテックスタートアップは基礎研究から商業化までの道のりが長く、研究開発やPoC(概念実証)段階で多額の資金を必要とするリスクがあります。この課題を防衛テック領域に携わるスタートアップが克服するためには、スタートアップの高い技術力に関心を持ち、資金力や量産キャパシティ、拡販ネットワークを持つ大手企業との協業は1つの選択肢となるでしょう。すでに、安全保障と密接な関係にある宇宙事業では、東大発AIスタートアップSparkPlus社が三菱重工と設計業務におけるLLM(大規模言語モデル)の活用に向けた協業を開始するなどのケースがあります*24。今後、防衛テックの振興を図るうえでも、大手企業と防衛系ディープテックスタートアップとの協業は重要になるでしょう。
3. エコシステムの整備
スタートアップが持つ、先端的なデュアルユース技術を安全保障に活用するためには、その成長と技術の応用を促す包括的なエコシステムの整備が必須です。研究機関の新設や研究助成制度、防衛費の増額など、日本の防衛テックを取り巻く環境は変化しつつありますが、依然としてエコシステムは発展途上の段階にあります。防衛テックに投資をするVCやアクセラレーターの増加、協業に前向きな大手企業の存在、防衛テックの振興を加速させる法制度の拡充など、より包括的なスタートアップ支援・インキュベーションが可能となるエコシステムの創造が今後求められるでしょう。
最後に
日本においても注目度が高まっている防衛テック領域は、ディープテック分野をはじめ、安全保障領域と関連のある技術・ソリューションを持つスタートアップに新たなビジネスオポチュニティを提供することが期待されます。しかし、防衛テックの振興と安全保障領域で活躍するスタートアップの成長を確保するためには、より多くのステークホルダーが関与し、包括的なエコシステム環境を整備することが、官民の両サイドから求められるでしょう。
- <参考文献一覧>
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- 防衛装備庁、「防衛技術指針2023の概要」、2023年、Pg1.
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https://www.reuters.com/technology/artificial-intelligence/nato-targets-ai-robots-space-tech-11-billion-fund-2024-06-18/ - John Thornhill, “The appetite for US defence tech is growing,” London, Financial Times, August 19th 2024.
https://www.ft.com/content/9b9e13de-f708-4c68-9a0d-4a4e9243a83e - European Investment Bank, “EIF and NATO Innovation Fund join forces to unlock private capital for Europe’s defence and security future,” Luxembourg, July 2nd 2024. https://www.eib.org/en/press/all/2024-241-eif-and-nato-innovation-fund-join-forces-to-unlock-private-capital-for-europe-s-defence-and-security-future
- 防衛装備庁、「安全保障技術研究推進制度(防衛省ファンディング)」.https://x.gd/CvBX2
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https://www.sankei.com/article/20240830-L6I527YZBBDO5LISC6345QLIBY/ - 読売新聞、「『無線指紋』DB化で偽の位置情報を見破る…防衛装備庁や東大発新興企業で研究始まる」、2024年6月27日.
https://www.yomiuri.co.jp/science/20240627-OYT1T50030/ - 防衛装備庁、「防衛生産基盤強化法に基づく施策等について」、2023年、Pp4-29.
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https://en-ambi.com/featured/1254/ - 日本経済新聞社、「防衛省、恵比寿に革新技術の研究所 10月に設立へ」、2024年8月2日.
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA027Z60S4A800C2000000/ - Innophys、「航空自衛隊へマッスルスーツ14台を導入しました」、2024年4月3日. https://innophys.jp/news/20240403-2/
- 小口貴広、「QPS研究所、防衛省から約15.6億円の大型受注–実証衛星の打ち上げで」、Uchubiz、2024年5月21日.
https://uchubiz.com/article/new47036/ - 日本経済新聞社、「日本で育てる防衛ユニコーン 参入障壁下げて知見共有」、2024年7月22日.
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA264HQ0W4A620C2000000/ - Space Media、「東大発AIスタートアップSparkPlus、三菱重工と宇宙事業に関する協働プロジェクトを開始」、2024年8月22日.
https://spacemedia.jp/news/13285
- Stockholm International Peace Research Institute, “Global military spending surges amid war, rising tensions and insecurity,” Stockholm, April 22nd 2024.
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