誰もが自分のカルテ情報へ簡単にアクセスできる未来をつくりたい - エニシア
2022/04/27
自分や家族の病歴を、どれだけ正確に覚えているでしょうか? 現在の日本では診療明細とお薬手帳があるだけで、複数の病院での治療内容や経過などを包括的に網羅した情報源は存在しません。そんな社会の課題に取り組んでいるのが、カルテの自動化サービス「SATOMI」を展開するエニシア株式会社(以下、エニシア)です。代表の小東氏にインタビューを行い、ご自身が家族の難病と向き合った経験からカルテの正規化・自動化は医師の負担軽減だけでなく、患者にとってもメリットを出せると熱い思いを語っていただきました。
(本記事は2020年5月にPlug and Play Japan公式noteで公開した記事です)
Chiyo Kamino
Communication Associate, Kyoto
家族の看病で感じた医療情報へのニーズ
ーーそもそもの起業のきっかけを教えていただけますか。
京都大学のHiDEP(医療ヘルスケア・イノベーション起業家人材育成プログラム)に参加したことがきっかけです。京都大学の経営管理大学院とデザインスクールに学生として所属しており、アントレプレナーシップ系のイベントでHiDEPの運営側の方に声をかけていただきました。
HiDEPは医療現場を実際に観察したり、ニーズをヒアリングするなど、深くリサーチができるプログラムです。そこで出会ったニーズから今の事業に至りました。
実は医療行為自体については、そこまでよくわからないんです。プログラムに参加していろいろ観察しても、お医者さんや医療従事者の気持ちまで深く理解するのは難しそうだな、と感じていました。ただその時に「患者側が得られる情報が少ない」という課題を母の病気を通じて感じていたので、情報をなんとか医療現場から引っ張り出せないかな、というアイデアを持ち込んだんですよね。そうしたら、武田総合病院で近いニーズがあることを教えていただいて、そこから話が始まった感じです。
ーー「カルテの自動要約」というアイデアはどこから生まれたのでしょうか。
CTEPH(慢性血栓塞栓性肺高血圧症)っていう指定難病を母が患っていて。肺動脈高血圧症というんですけど、心臓と肺の間を酸素を血液にのせて行き来させることがうまくできない病気なんです。難病なのでいくつも大きい病院を転々としたんですけど、病院を変わるたびに「前どうだった?」「その前はどうだった?」という質問をされて。でも手元に残っているのは領収書とか診療報酬の明細書などの情報しかないんです。処方箋とかはお薬手帳に残っているんですけど、その時の状態を想起しようとしても手がかりがない。これは問題だと思いました。本人も高齢だし、付き添いも家族が交替で担当するので情報共有がなかなかできないし、誰も詳細な状況を覚えていない。「情報がないな」と感じたのがきっかけです。
「情報はカルテに書かれているからあれをもらおう」と病院に行ったら、「このカルテが曲者で…」という話をされて、そこで初めてカルテの問題に直面しました。
武田総合病院でヒアリングすると、カルテに対する不満がいっぱいで、医師の過重労働の大きな要因になっていることがわかりました。既にそんな状況なのに、さらにそこから一手間かけて「患者側に情報をください」いう要求はお医者さんにとって酷すぎるんです。じゃあまずお医者さんを楽にできないかな、ということを考えていました。たまたま「カルテの要約を毎回作ることがあとあと役に立つ」ということを提唱されている先生(山田仁副院長)に出会い、「要約を作るのもカルテからコピペで抜粋するのではなく、機械でやってほしい」というニーズを挙げられていたので、考えてみようということで始めました。
ニーズはあるのに正規化が進まない理由
ーー起業してみて、何にいちばん難しさを感じていますか。
やはり資金調達ですね。開発もまぁまぁ大変ではあるんですけど、そこはエンジニアの人たちが頑張ってくれているので。僕の仕事として、お金を引っ張ってくるのが大変です。
大企業や投資家の人たちに分かっていただきたいのは、「カルテの正規化・構造化をしたい人はいっぱいいますよ、でも出来てないんですよ」という点ですね。また、カルテ正規化のニーズが大きい故に、そのニーズについての報告書を求められて、そのせいで医師側が二重に苦しんでいるという本末転倒な状況にもなってしまっています。カルテ改善に関する報告も、よほど強いニーズでないと報告しない、という状況になっている。
カルテがデジタルデータとして活用できたら、いろいろ嬉しいことがあります。そもそも医学や薬学の研究が飛躍的に伸びます。臨床データをいちいち取り直す必要がなくなるのが非常に大きいですね。患者さんの変化とか治療結果の情報って、国のビッグデータとかには今ぜんぜん入っていないんです。病名とか薬の名前とか請求情報は入ってますけど、アウトカムデータは全くないんです。カルテが本当はすごく良い情報源だけど、正規化・構造化されていないから、みんながんばって書くのに時間が来たら消えていく、という悲しい状況になっています。
ーーボトルネックはどのような部分にあるのでしょうか。
病院とかお医者さんによってカルテの書き方がばらばらで、記法が特に決まっていないのが問題です。また決めたところで守れないという課題もある。一つ強硬なアプローチとしては、入り口の段階でテンプレート化して、リストから選ばせるとか、チェックボックスで綺麗に枠の中に入るように入り口から縛りをかけるというやり方があります。その方法を採用しているところはたくさんあるんですけど、現場のお医者さんにそういう書き方をさせるのはけっこう負担で、直接のメリットがないうえ、例外が出てきたら結局使えないんです。テンプレートの中で例外的なことがいっぱい書かれているので、実際は綺麗に整理されていない状況になってしまって、みんなトライしては壁にぶつかっていくという。
ーー電子カルテは様々なメーカーが出していますが、SATOMIはそれらすべてに対応は可能なのでしょうか。
基本的にはテキストデータを相手にするので可能です。電子カルテというのは、情報を入力したあと、保存して内容を確定する瞬間が必ずあるんですね。確定した後に誰がいつ変更したかというログを全部とっておかないと、法律上ダメですし訴訟にもなりますから。その確定する瞬間に、EDITしている領域のデータを「外に」置いて正規化・構造化して要約を提案し、裏では正規化・構造化データを蓄積していく仕組みです。「外に」というのはRPA(Robotic Process Automation)のイメージです。データベース直で繋いでAPIを開放してもらって、というわけではなく、webクローラーのように外から情報をすくいとる感じですね。
ーー導入するにはどれくらいかかるものなのでしょうか?
導入の内諾をいただいている大学病院に入れるタイミングで汎用化しようという話になっています。今は武田総合病院に最適化している状態ですが、次の大学病院だけじゃなくて、それ以外に導入する時にも汎用的にやれるようにという開発要件で進めています。武田総合病院には全面的に協力いただいて試験導入を支援していただいています。お医者さんのご協力の下、開発面の壁打ちもしてくださっています。
カルテ正規化の先に広がる可能性
ーーカルテの共有化まで展開していくことは可能なのでしょうか。
病院や施設を超えて展開していくには我々だけでは限界があると思いますが、次世代医療基盤法に認可されたLDI(一般社団法人ライフデータイニシアティブ)や千年カルテプロジェクトとはずっとお世話になっています。次世代医療基盤法に対応すると、各病院からクラウドのようにネットワークでカルテデータを毎日集めて、加盟している病院には一時利用としてデータを返せて、外部の製薬会社などには認定の匿名加工事業者がデータを加工して売ることができるんです。そういう法律に基づいてカルテデータを外に出して扱える世界があるので、そこと組ませていただくやり方はあると思います。各カルテベンダーさんがAPIを開放してくれれば話は早いし、国もそういう方向で動いてはいるそうなんですけど、たぶんまだ時間がかかるので、外でやらざるをえないかなと思っています。
ーーPlug and Playのプログラムに参加して、よかったことなどはありますか。
我々は基本的にお医者さんや病院しか見ていなかったんですが、Plug and Playのプログラムに入ったことで計測機器メーカーや製薬会社とのお話ができて、そういう企業のニーズと我々のシーズがどうマッチするかというのを知ることができました。「病院に売る」だけではないビジネスモデルの可能性というか。お医者さんの負荷を解消しつつ、その人たちのニーズに答えるというのは我々がもともとやりたいことですし、マネタイズの幅も広がるから嬉しいですね。
ーー今後どういったところと協業していきたいなど、将来のビジョンをお聞かせください。
カルテメーカーと協業して、個別の地域医療連携ネットワークではなくデファクトスタンダード的に、そこに行けば系列を問わず自分の医療データがすべて見られるというような世界をつくりたいなと思っています。患者さんから見ても「とりあえずそことつながっておけばいい」というような。「自分たちが使っているPHR(生涯型電子カルテ)の裏側にエニシア がいるんだね」という…まぁ、見えなくてもいいんですけど(笑)、そういう存在になれると嬉しいなと思っています。