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中東でのビジネス機会をどう創るか?サウジ・ビジョン2030が拓く新たなビジネスチャンスと日本企業の挑戦

2026/02/24

日本とサウジアラビア。地理的には遠く離れた両国ですが、今、イノベーションとビジネスの領域でかつてないほど距離を縮めようという動きがあります。2025年12月に弊社のPlayground(Plug and Play Japan 東京オフィス)にて開催された「Japan-Saudi Arabia Innovation Gateway Event」では、両国を代表するプレイヤーが集結し、サウジアラビアが推進する国家戦略「サウジ・ビジョン2030」を背景とした具体的な取り組みと、未来への展望が語られました。

本記事では、事業会社、スタートアップ、そしてアカデミアの皆様へ向けて、中東におけるビジネス機会創出のヒントとなる本イベントのレポートをお届けします。


「サウジ・ビジョン2030」が目指すもの

本イベントの全容を理解する上で、避けて通れないのが国家戦略「サウジ・ビジョン2030」です。2016年、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子の主導で発表されたこの計画は、単なる経済政策の枠を超えた「国家改革」と呼べる壮大な規模の指針です。

このビジョンは、以下の3つの柱に集約されています。

  • 活気ある社会: エンターテインメントの解禁、女性の社会進出、世界遺産を活かした観光大国化 
  • 繁栄する経済: PIF(政府系ファンド)をエンジンとした非石油分野への投資 
  • 野心的な国家: 透明性の高い効率的な政府、未来都市「NEOM」の実現 

サウジアラビアは現在、歳入の多くを石油が占めていますが、人口の過半数を占める若年層の未来を支えるためには、成長産業の育成が不可欠です。かつてのように「石油の富を分配して国民の生活を支える(恩顧主義)」のではなく、国民に「自由と挑戦の機会」を与え、自立した経済圏を創り出すこと――。基調講演に登壇した一般財団法人中東協力センター アドバイザーの武藤弘次氏は、このパラダイムシフトこそが「サウジ・ビジョン2030」の本質であると語りました。

Plug and Playが日本×サウジアラビアで築くイノベーション共創

Plug and Play Japan代表のフィリップ・ヴィンセントは、世界60拠点以上で展開するグローバルネットワークを強みに、2021年にサウジアラビア拠点を立ち上げた意義を語りました。

Plug and Play Saudi Arabiaの創設メンバーの一人であるアフメド・ビン・ジャシールは 、2021年の現地オフィス設立以来、通信IT省(MCIT)やエンターテインメント庁(GEA)といった強力な政府機関と密接に連携してきた背景を語りました。アフメド氏は、官民が一体となって変革を推進する市場環境のユニークさについて触れ、「サウジアラビアでは政府機関そのものが最大のクライアントであり、彼らは内部課題の解決に向けてスタートアップのイノベーションを渇望している」と述べました。

2025年9月には、Plug and Playの日本拠点ならびにサウジアラビア拠点の連携により、サウジアラビアのスタートアップ14社の来日が実現しています。参加したスタートアップは、日本企業とのワークショップや商談を通じて、グローバル市場進出への重要な足がかりとして日本市場の可能性を模索しています。

社会システムの「共創者」として食い込む。日本企業の新たな挑戦状

「モノ売り」ではなく「ランニング文化」を設計する:ASICS

次に、サウジアラビアに進出した日本企業の具体的なビジネス事例として登壇したのが、世界的なスポーツブランドである株式会社アシックスです。同社は単なるスポーツ用品メーカーに留まらず、デジタルとリアルを融合させた「ランニング・エコシステム」の構築に注力しています。

アシックス サウジアラビア法人のGeneral Managerを務める髙橋洋平氏は、現地でのビジョンを次のように語りました。 「我々のビジョンは、単に商品を販売することではありません。スポーツを通じてサウジアラビアの産業に貢献し、社会実装を支援することです」 。

アシックスの戦略は、政府直下のオリンピック・パラリンピック委員会や陸上連盟と「公式キットパートナー」として提携し、強固な信頼の基盤を築くことから始まりました。その上で、「リヤドマラソン」を起点に、レース登録から練習、本番、そしてリカバリーまでを365日繋ぐ「ランナー・ジャーニー」を設計しています。

さらに、歴史的観光地であるアルウラでのトレイルランニング大会など、都市開発や観光インフラとも連動。日本の強みである「体験デザイン」や「データサイエンス」を、サウジアラビアの国家政策が求める健康増進と戦略的に合致させています。

 

データへのアクセス権を勝機に変える:Recursive

スタートアップの代表として登壇したのは、多様なビジネス課題にAIソリューションを提供する株式会社Recursiveです 。Google DeepMind出身のエンジニアを擁し、「より公平で持続可能な社会の構築」をミッションに掲げる同社は 、AIを用いて気候変動予測や自治体支援など難易度の高い社会課題解決に取り組んでいます。

RecursiveのExecutive Officer 若林 峻氏が、同社がサウジアラビアへ進出した理由の一つとして挙げたのは、「膨大なデータへのアクセス権」でした 。同社は2024年にサウジアラビア最大の医療研究機関であるキング・アブドラ国際医療研究センター(KAIMRC)と結核対策などの分野でMoUを締結し、2025年10月にサウジ拠点を設立しています。

「サウジアラビアの医療データの特徴は、フォーマットにばらつきはあるものの、その圧倒的な『ボリューム』と、国を挙げてそれらを集約・活用できる強力な『権限』にあります。一方で、現地で見えてきた実情は、『資金はあっても具体的な活用方法に悩み、エンジニアも不足している』という、日本と極めて共通するチャレンジでした。加えて、Personal Data Protection Lawによりデータの取り扱いに極めて慎重です。だからこそ、我々が日本国内で培ってきた信頼や『日本の思想・価値観』を分かち合うことで、サウジアラビアのAIがより人々に寄り添う形で発展できるよう、共に歩んでいきたいと考えています。」と若林氏は語りました。

 

SFのような未来をサウジアラビアで「着火」させる:電通

次に登壇した株式会社電通は、個々の技術を束ねて社会実装へと繋げるイニシアチブの可能性を提示しました。同社はサウジアラビアにおいて、スマートシティのプロデュースやゲノム技術、宇宙産業開発などの先進領域に注力しています。

株式会社電通の未来シナリオコンサルティング部長 志村 彰洋氏は、サウジアラビアを「日本でなかなか火がつかないエマージングな技術を、未来を見据えた中東の人たちと一緒に着火させる場」と位置づけています。同社が参画しているのは、火星移住を見据えたバイオ技術の活用(テラフォーミング構想)や、同国のヘボリューション財団が進める「50歳を40歳に戻す(健康寿命の延伸)」といった、文字通りSFの世界を現実にするような巨額プロジェクトです 。

志村氏は、「バラバラな個別のプロジェクトを一つの『大きな矢印(イニシアチブ)』へとデザインし直す」というアプローチを通じて、日本とサウジアラビアの連携がもたらす可能性について語りました。

テクノロジーの先にある哲学。AIは「祖先たちの知性」である

こうした先進的なビジネス議論に、人類学的な面から示唆を与えたのが、株式会社Interbeing共同創設者の松本 紹圭氏です。 僧侶でありサウジアラビアとも親交がある松本氏は、異なる文化圏を架橋するビジネスにおいて、価値観や世界観をいかに翻訳し、接続できるかという点について、独自の思想を提示しました。

松本氏は、現代のビジネス環境が『戦略』や『市場シェア』といった言葉に象徴される「Battlefield(戦場)」であることを指摘した上で、そこから鎧を脱ぎ捨て、自己を磨き、他者と高め合う「Dojo(道場)」へとアップデートすべきだと提唱しました。

そしてAI(Artificial Intelligence)についても、人類が蓄積してきたデータや知恵の結晶である「Ancestral Intelligence(祖先たちの知性)」と定義し直しました。「AIは過去のデータから『確率』を導き出しますが、人間が担うべきは、たとえ成功率0%と算出されても夢を追い、挑戦する『可能性』の領域です」 。松本氏はこのように述べ、環境の厳しい砂漠を拓いてきたサウジアラビアの精神性と、日本の「道場」の哲学を融合させることで、ビジネスは単なる利益追求を超え、「よき祖先」となるための共同作業へと進化するという展望を語りました。

「Collective Movers」として共に動く未来へ

イベントの締めくくりに、Plug and Play Japanと電通は共同で「Saudi-Japan Collective Movers」というコンセプトを発表しました。

株式会社電通のChief Producer 上市 圭佑氏は次のように意気込みを語りました。

「これまで培ったサウジとの人脈、そしてPlug and Play Japanのグローバルネットワーク。これらを掛け合わせて、単なるブームではなく、本物の架け橋となるコンテンツを共に作り上げていきます」

【今後のロードマップ】

  • 2026年4月27日: シリコンバレーのPlug and Play本社にて、日本・サウジアラビア・米国のヘルスケア・イノベーションサミットを開催。
  • 2026年9月以降: 中東と西側諸国の医療・政策の架け橋となるイベント「C3 International」の日本開催や、サウジアラビア現地へのデリゲーションを日本企業向けに企画。

Plug and Play Japanと株式会社電通は、これらのサミットを皮切りに、今後も日本とサウジアラビアの架け橋となるようなプログラムを継続的に企画・実施していく予定です。

まとめ:日本とサウジアラビアが共創する、新たな社会の設計図

サウジアラビアは今、「サウジ・ビジョン2030」という壮大な旗印のもと、国家規模のパラダイムシフトを推進しています。政府自らがイノベーションを積極的に取り入れようとするこの地は、単なる「輸出先」ではなく、未来の社会システムを共に創り上げる「共創の場」へと変化しています。

本イベントで示された株式会社アシックスや株式会社Recursive、株式会社電通の取り組みは、日本国内での活動を通じて培われてきた「体験設計」「AI実装」「プロジェクト構築の知見」が、サウジアラビアの持つ膨大なデータや挑戦機会と掛け合わされることで、強力なシナジーを生む可能性を提示しました。ビジネスを奪い合いの「戦場(Battlefield)」ではなく、共に高め合う「道場(Dojo)」として捉え直し、「よき祖先」として次世代に何を残せるかという視点でサウジアラビアと日本が共に持続的な発展を遂げることが、豊かな未来の実現へと繋がります。

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