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米国発スタートアップOishii Farmに聞く、植物工場の可能性と日本進出の狙い

2024/12/09

2024年10月に日本進出を発表した、植物工場スタートアップ「Oishii Farm」。
日本では一度下火になった植物工場に、なぜ今フォーカスしているのか。今後の狙いは何なのか。そして、なぜ日本への進出を決断したのか。日本、そして世界のマーケットにおける植物工場の可能性について明かしました。
(*本記事は、2024年10月に行われた「Japan Summit 2024」におけるパネルディスカッション『米国から日本へ。Oishii Farm、日本進出にかける想い』の内容に基づいて構成・編集しています。)


Writer: Megumi Shoei


【パネリスト プロフィール】


古賀大貴 氏

Oishii Farm Corporation,共同創業者兼CEO

少年時代を欧米で過ごし、2009年に慶應義塾大学を卒業。コンサルティングファームを経て、UCバークレーでMBAを取得。持続可能な農業と圧倒的な「おいしい」実現のため、2016年にOishi Farmを設立。2017年から米ニューヨーク近郊に植物工場を構え、日本の高品質ないちごを販売開始。2024年には、世界最大級のいちご植物工場を稼働させ、米国東海岸で販売地域を拡大している。


モデレーター: 相馬 由健

Senior Ventures Associate, Plug and Play Japan

東北大学大学院工学研究科にて修士号を取得後、野村総合研究所の経営コンサルタントとしてキャリアをスタート。 2021年にPlug and Play Japanに参画し、DeepTech、ClimateTechやAIといったキーワードを軸にスタートアップ出資や出資先の支援業務に従事。


(順不同:文中敬称略)


なぜ今、植物工場なのか? 農業を取り巻く環境の変化

ーーまず、Oishii Farmについてご説明いただけますか?

古賀:

我々は現在、ニューヨークを拠点にいちごの植物工場を中心に事業を展開しています。植物工場は20年前から日本で展開されてきた技術ですが、葉物野菜以外の生産は難しいとされてきました。そこで、ハチによる受粉が必要な作物の生産に挑戦し、工場内での自然受粉を量産レベルで成功させ、いちごやトマトといった葉物以外の作物を生産しています。

当社は創業当初から米国で事業を展開している点も大きな特徴です。

米国で起業した理由は2つあります。1つ目は、創業時からグローバルナンバーワンを目指し、グローバルスタンダードのチームを構築する必要があったためです。米国で登記し、米国の法律に則って事業を始める方が適していると考えました。2つ目は、海外には日本のような美味しいいちごが存在しないため、より差別化ができると考えたからです。

ーー日本国内に多くのプレイヤーがいる植物工場ですが、急成長分野とは言い難い印象がある中で、なぜ今フォーカスしたのでしょうか?

古賀:

植物工場とは、太陽光を使わず、LEDなどの人工光を活用して建物内で農作物を育てる技術です。この技術の最大の利点は、気候条件に左右されず、電力さえあればどこでも生産が可能な点です。日本では10年以上前に世界初の商用化が実現し、多くの企業がレタス生産に成功しました。当時、300〜400社ほどの企業が植物工場を展開し、一時は盛り上がりを見せていました。しかし、運営コストの高さが課題で、既存農業ではレタス1玉を100円程度で販売できるのに対し、植物工場ではそれを大きく上回るコストがかかり、多くの企業が採算を取れず撤退。一度は下火となりました。

しかし、ここ10年で農業を取り巻く状況が大きく変わり、土地や水、労働力、安定した気候といった農業リソースが手に入りにくくなり、生産コストが急上昇しています。2030年や2050年には農業コストが現在の4〜5倍になるとも予測される中、これらのリソースに影響を受けづらい植物工場が再び注目を集めています。

植物工場の特徴は、農業用地を必要とせず、廃工場を再利用するなど新たな農地を確保せずに建設できる点にあります。また、水資源をほぼリサイクル可能で、害虫や菌を防ぎながら完全無農薬の栽培を実現しています。さらに、工場のようなセットアップにより自動化が進み、人員を最小限に抑えられるため、農業が抱える多くの課題を解決する可能性を秘めています。このような背景から、2015年頃には「そのうち植物工場の方がコスト面で有利になる」との見方が広がり、世界的なブームの再来を迎えました。

従来の農業は各地の土地や気候に応じてそこで育てることのできる作物を育てるモデルが基本でしたが、植物工場では電力さえあれば世界中どこでもどんな作物でも同じ品質で大量生産できます。これにより、農業は「マニュファクチュアリング」の時代に移行すると考えられています。その結果、小規模農家が植物工場を運営するのは難しくなり、農家のリプレイスメント(置き換え)やロールアップ(集約化)が進むと予想されています。最終的には、世界の上位5〜10社が約200兆円規模とされる農業市場を分け合う構造になると見られています。

この変革は短期的なものではなく、今後50年にわたり進行する長期トレンドです。さらに、植物工場業界が自動車やエレクトロニクス業界に匹敵する規模に成長する可能性もあります。その中で、トヨタやテスラのような存在感を持つ企業が植物工場スタートアップから誕生することが期待されています。こうした見通しが明確になったことで、投資家の資金が植物工場関連スタートアップに集まっています。これが、なぜ今、植物工場が注目されているのかを物語っています。

(写真左:当社Senior Ventures Associate 相馬 / 写真右:Oishii Farm 共同創業者兼CEO 古賀氏)

米国でいちごにフォーカスした理由とは

ーー現在はいちごの生産にフォーカスされていますが、コスト削減と同時に、プロダクトの単価を引き上げていくことも重要なポイントになるのでしょうか?

古賀:

日本で植物工場がうまくいかなかった理由は先ほど触れた通りですが、海外での植物工場ブームも結果的に同じ課題に直面しました。多くの企業が「レタス生産から始め、自動化やコスト削減を進めれば黒字化できる」というストーリーを掲げて参入しましたが、ほとんどが黒字化に失敗し撤退を余儀なくされたのです。

当時、私はコンサルティングファームで植物工場関連スタートアップの経営サポートに関わり、その後MBAの学生の時にはその時の知見を活かしてシリコンバレーのVCのデューデリジェンスに携わることで、多くの企業の技術や経営戦略を目にする機会がありました。その中で感じたのは、どの企業も10年前の日本の取り組みを、サステナビリティという新たな文脈でやり直しているに過ぎないということです。その結果、多くの企業が5年以内に収益化できず、事業継続が難しくなると予測していました。

しかし、10〜30年という長期的な視点に立つと、植物工場の必要性は間違いなく高まると考えておりました。他企業が撤退する中で利益を出し、ビジネスモデルとして成立することを投資家に示す必要があると判断しました。ただし、製造業でコスト削減を進めるのは難しいため、単価を引き上げることで収益性を確保する方が現実的だと考えました。

そこで注目したのが高品質ないちごです。海外では高品質ないちごがほとんど流通しておらず、この「手に入りにくい市場」に提供することで高単価が見込めると判断しました。ただし、植物工場内でのハチによる自然受粉という技術的なハードルがありました。この課題を克服し、他企業がレタスのコスト削減に注力する中で、競争優位性を確立することを目指しました。

さらに、重要なのはブランド力です。技術は時間とともに陳腐化するため、最終的にはブランドが競争の勝敗を分けます。例えば、テスラが「電気自動車といえばテスラ」という地位を築いたように、私たちもいちごで「あまおう」のような存在感を確立し、その後他の作物へ展開する戦略を立てています。

私たちの目標は単に高級いちごを販売することではありません。今後30〜40年で植物工場が世界最大の農業プレイヤーを生むと確信しており、その中でナンバーワンを目指しています。そのため、どの作物をどの市場で生産するべきかを徹底的に検討した結果、「日本品質のいちごを、手に入りにくいアメリカで生産する」という戦略が最適と判断しました。創業から7年が経過しましたが、まだ「ファーストステップ中のファーストステップ」と捉えています。

ーー現在販売されているいちごの価格帯は、どのくらいなのでしょうか?

古賀:

当初は1パック50ドルで販売していましたが、現在では1パック10ドル前後まで価格を下げても利益を出せるようになりました。一般的ないちごよりやや高額ですが、圧倒的な高品質、完全無農薬、通年安定供給が強みで、他のプレイヤーとの差別化ポイントとなっています。

1パック10ドル前後は、非常に大きな市場が見込まれる価格帯です。さらに、1パック5ドル、さらには4ドル、3ドルへの価格引き下げを目指しており、技術進化により数年以内に達成可能な見通しです。

スーツケースを高級いちごでパンパンにしてニューヨークへ

ーー日本の高品質製品が海外でオーバークオリティとなり失敗した例もありますが、ニューヨークで新たな市場を開拓する際、どのようなストーリーがあったのでしょうか?

古賀:

当初、米国の方々がいちごの味の違いをどれだけ認識し、その違いにどの程度の価格を払うのか感覚が掴めていませんでした。そこで起業前、日本で高級いちごをスーツケースに詰め込みニューヨークに持ち込みテストを実施しました。共同創業者とともにミシュラン星付きレストランや有名スーパーマーケットを1週間飛び込み営業し、「このいちごが安定供給されたらいくら払いますか?」と直接ヒアリングを行いました。

マンハッタンの南端からセントラルパークに至るまで徹底的に回り、日本のいちごと米国のいちごでは品質が大きく異なり、誰が食べても「日本のいちごが美味しい」という評価を得ました。また、1パック50ドルを支払う層や10ドルで購入する層の規模感も把握しました。

起業後はまず、スーパーセレブ層や高級レストランを対象に50ドルで販売をスタートし、その後、高級スーパーマーケットでの一般販売に向け、コスト削減を進めながら価格を10〜20ドルに引き下げる戦略を採りました。2022年頃には1パック10ドル前後で販売が可能となり、大きな市場を開拓しています。

(写真:Oishii Farm 共同創業者兼CEO 古賀氏)

研究開発拠点を日本に設立。農業大国・米国でなかった理由は

ーー2024年10月、日本に研究拠点を設立するとの発表がありました。このタイミングで日本進出を決めた理由をお聞かせいただけますか?

古賀:

起業後の7年間で研究開発や事業拡大を進め、現在では従業員数が200人規模となりましたが、農業研究開発を担う約30人は日本人です。これは、植物工場の基盤技術である「施設園芸」のノウハウが日本とオランダにしかほとんど存在しないためです。米国では広大な農地での大規模生産が主流で、施設園芸の知識を持つ人材が不足していることから、研究開発チームの多くが日本人で構成されています。

当初はマーケットに近いニューヨークを拠点に選びましたが、企業規模の拡大に伴い、研究開発は最適な場所で行うべきだと判断し、日本に拠点を設立することを決めました。日本は空調、LED、ロボティクス、IoTといった植物工場に必要な技術で世界をリードしており、「オープンイノベーションセンター」を設立し、技術を公開しながら各分野のトップメーカーと連携し、植物工場専用の空調設備やロボット、水処理システムを共同開発する計画です。それらをモジュール化し、例えば「ドバイ」向けのセットアップボタンを押せば必要な機材がすべてドバイに届けられ、現地の施工業者が簡単に組み立てられるような「ターンキーモデル」を目指しています。

また、米国にも既存の研究開発拠点は残しつつ、日本の工業技術や農業ノウハウを一つにまとめ、世界に輸出するプラットフォームを構築する計画です。植物工場は日本が世界に10年先行している分野であり、宇宙産業や半導体産業と比較しても圧倒的な競争優位を持つ分野でもあるため、この技術を活用し、今後100兆円規模の産業に成長する可能性を最大限に引き出したいと考えています。

植物工場の設備投資は2032年までに15兆円、2050年ごろには年間100兆円規模に達すると予測されており、特に空調設備だけでも数兆円規模の市場が見込まれています。こうした分野での優位性を活かし、日本の産業全体を成長させる大きなチャンスだと考えています。

ーー植物工場の短期的なソリューションが整った後、産業としてスタンダードになるためには、今後どのような進化が求められるのでしょうか?

古賀:

植物工場産業が新たなスタンダードになるには、「品質」と「価格」が鍵を握ります。どれだけ「環境に良い」と謳っても、消費者が購入しなければ意味がありません。既存農業の作物と同等以下の価格、同等以上の品質を実現しなければ、植物工場はニッチな市場にとどまるでしょう。

いちごについては、完全無農薬で高品質ないちごを500円で購入できる世界が、数年以内に実現可能です。レタスなどの葉物野菜やトマト、メロン、ナスなども、構造的に植物工場の方が低コストで生産できる見込みがあります。その理由は、既存農業のコストがこれ以上下がらず、今後さらに上昇すると予測されているためです。

植物工場がコスト面で優位性を持つ見通しには大きな自信があります。これにより、植物工場が農業の新たな標準として成長する可能性が高まっています。

日本からデカコーンを輩出する方法ために必要なこととは?

ーーユニコーン企業が増加する中、デカコーンへの注目が高まっています。日本からデカコーンを輩出するには、どのような取り組みが必要だとお考えですか?

古賀:

デカコーンに到達するまでの道のりは長いですが、植物工場業界で成功する企業の中から数社のデカコーンが誕生するのは確実だと考えています。この業界には、大きな産業へ成長する可能性が秘められています。

7年間事業を続ける中で、日本がディープテック領域で非常に高いポテンシャルを持つことを実感しました。特に、日本には世界の潮流をあえて無視しながら独自の研究を続ける人材や企業が多く存在します。例えばアカデミアでは、「この虫が好きだから研究している」といった、直接的な実用性にとらわれない研究が多く行われています。一方、海外では資本主義とアカデミアが結びつき、資金が集まりやすい分野に研究が集中しているのが現状です。

これまで日本は資本主義一本の時代では後れを取っていましたが、サステナビリティという新たな軸の登場によって、それまで評価されなかった技術に新たな価値が生まれています。植物工場はその典型例で、サステナビリティの文脈が加わったことで価値が飛躍的に高まりました。

例えば近畿大学によるマグロの完全養殖技術によって陸上で魚のゲノム編集ができるようになったり、日本が持つ発酵技術などを利用して代替肉を安価に製造できるようになったり、世界で戦える独自技術が数多く存在します。これらは10〜20年にわたる愚直な研究によって培われたもので、簡単に模倣できない強みを持っています。

こうした技術を体系化し、サステナビリティの視点で社会課題に適用すれば、日本から10〜20社のデカコーンが誕生する未来は十分に実現可能だと考えています。

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