世界で戦う日本人スタートアップのリアル - アメリカでの起業戦略と日本人であることの強み
2025/12/11
GAFAを生み出したシリコンバレーは、紛れもなく世界のイノベーションの中心地の一つです。中国系やインド系の起業家が次々とユニコーンを生み出す一方で、グローバル市場を目指し、最初からアメリカで挑戦する日本人起業家は、残念ながらまだ多いとは言えません。
しかし、そのような環境に「Day 1」から飛び込み、ゼロからプロダクトを創り上げようと奮闘している日本人がいます。彼らはなぜアメリカを選んだのか? そして、彼らを支援する投資家の目には、どのような勝算が映っているのでしょうか。本記事では、世界で戦う日本人起業家のリアルな声をお届けします。
スピーカー
- 内藤 聡 氏: Anyplace Inc. CEO
- 本間 毅 氏: HOMMA Group株式会社 代表取締役 CEO
- 山田 昌平 氏: SBI Holdings USA CEO
- 出口 正竜(モデレーター): Plug and Play Japan株式会社 Director, Government Partnerships
記事のハイライト
日本人起業家と投資家による、Day 1から世界市場で戦うための戦略と課題に関するリアルな声。シリコンバレーを「雲の上」とする日本の現状を打破し、グローバルで勝つためのマインドセット、そして日米の経済状況をレバレッジとして活用する「日米二拠点戦略」や日本人コミュニティの活用など具体的な道筋を示します。
- グローバルで勝つためのマインドセットと成功を生み出すエコシステム:
言語や人種は障壁ではなく、重要なのは「熱意、能力、面白いコンセプト」
エコシステムに関しては、日系VCはもちろん、大企業も資金提供のみならず「早期の売上貢献」を実現する後ろ盾の役割を果たすことが肝要。
- 「日本人であること」を強みに変える日米二拠点戦略とコミュニティ活用:
経営戦略として「日米」をアドバンテージに変える目線。中国系やインド系コミュニティの成功事例に倣い、日本人起業家も「相互扶助」ネットワークを構築し、コミュニティ全体としてグローバルでのプレゼンスを高めることが、次の時代を切り拓く鍵。 - プロダクト開発における「アメリカ発」の強み:
世界中で通用するプロダクトは、多様なバックグラウンドを持つ人が集まるアメリカで生まれる。
- グローバルで勝つためのマインドセットと成功を生み出すエコシステム:
なぜ日本発ではなく「世界発」なのか? Day 1からのグローバル起業マインドセット
出口(モデレーター):
本日はお二方が「Day 1」からアメリカで起業されているというユニークな点について「なぜアメリカ発を決断されたのか」というところから伺いたいと思います。内藤さん、いかがでしょうか。
内藤氏:
僕がアメリカに行ったきっかけは、大学2年生の頃に映画『ソーシャル・ネットワーク』を見たことです。Facebookの創業ストーリーで、僕とほぼ同い年のマーク・ザッカーバーグが、プロダクトを通じて世界にインパクトを与えている存在を知りました。
そして、そういう人たちが集まる「シリコンバレー」という舞台があることを知り、「どうせ勝負するならそういう舞台でやりたい」と思いました。世界中で使ってもらえる事業を作るなら、人、金、注目度が集まるシリコンバレーが一番だと。
10年前の日本のスタートアップ界隈は、誤解を恐れずに言えば99%が「コピーキャット」でした。アメリカで流行ったモデルを日本でローカライズするモデルしかありませんでした。自分の人生を10年、20年かけるなら、誰かのアイデアではなく、本当の意味での0→1を自分で作りたいと思い、アメリカでスタートしました。
出口(モデレーター):
本間さんはいかがでしょう。
本間氏:
僕はこれが2回目の起業で、20代の頃、渋谷を中心とした「ビットバレー」時代に起業し、その会社を売却してから13年間、ソニーと楽天でサラリーマンをしていました。
アメリカに渡った後、特に起業しなくても良かったのですが、シリコンバレーがiPhoneやテスラといった素晴らしいイノベーションを生み出している中で、「なぜ住宅だけが取り残されているんだ」と感じました。家はスマホや車より長く時間を過ごす場所です。ここにイノベーションを持ち込めば、人の生活が変わるじゃないかと思ったのがきっかけです。
あとは、シリコンバレーには誰も止める人がいなかった(笑)。これが日本とは違う環境で、すぐに起業できました。 やはりグローバルプラットフォームを作りたかったので、「日本でうまくいったからアメリカへ」ではなく、最初からアメリカで、英語で、アメリカ向けのプロダクトを作れば、世界中に広められるだろうという思いもありました。

投資家が語る「日本人スタートアップ」の可能性とグローバル・ファイナンスのリアル
出口(モデレーター):
一方で、投資家のお立場で、山田さんは、日本人がアメリカで起業し、グロースしていくことについて、日本発のスタートアップと比較してどのような魅力や優位性を感じていらっしゃいますか?
山田氏:
正直、アメリカで地に足をつけてVCをやる前は、「日本の若者が一人でアメリカに乗り込んで、どこまで戦えるものか」と懐疑的に思っていました。
しかし、実際に「日本のスタートアップの海外展開をサポートしたい」と発信していると、色々な方が相談に来てくれます。驚いたのは、例えば「20歳です」「高卒です」「日本で生まれ育ったベトナム人です」という人たちがシリコンバレーに渡り、プロダクトを作り、アメリカの投資家を回ると、何が起きるか、ということです。
その人に熱意、能力、ある程度の英語力、そして面白いコンセプトがあれば、人種を問わず、その場で助けてくれる人たちが現れるんです。「熱意と意志で、意外となんとかなるんだな」というのが、私にとって非常に良いサプライズでした。
アメリカ最高峰のVCである、アンドリーセン・ホロウィッツが開催しているピッチイベント「a16z speedrun」があります。私が初めてそこに参加した時、登壇者のうち英語ネイティブは多分1割くらいで、8〜9割は訛りのある英語でした。でも、その人たちがアンドリーセン・ホロウィッツから出資を受け、「君たちが時代を変える次のファウンダーだ」と壇上に立たされていたんです。
「なぜここに日本人が一人もいないんだろう」とは思いましたが、行ってみて、アメリカの投資家に話してみれば、意外となんとかなる。その天井は、頑張れば突き抜けられるものなのではないか、とも感じています。
出口(モデレーター):
まさにそれを体現されたのが内藤さんだと思いますが、初期の頃、英語の壁などで苦労され、そこからブレイクスルーしたエピソードはありますか?
内藤氏:
本当に山田さんがおっしゃる通りで、やっている人が少ないだけで、僕でもできたので、誰でもできるはずです。 一番の問題は、僕たちがシリコンバレーを「雲の上の存在」だと思ってしまっていることです。ニュースや本で学び、「あっちではこういうサービスが生まれたから、日本でどう応用するか」という発想になってしまうのがもったいない。
野球が良いメタファーだと思います。30年前、メジャーリーグは日本人がプレイする場所ではありませんでした。1995年に野茂英雄さんが初めて挑戦し、そこから松井秀喜さん、イチローさんが続き、今、大谷翔平さんがいる。
僕たちは、チャレンジのフェーズでいうとまだ野茂さんのような初期段階なのかもしれませんが、こうして道を切り開いていけば、30年後にGAFAやOpenAIの経営者が日本人になることもおかしくないと思うんです。 そのために一番大事なのは、「発想を変えること」と、挑戦する「数」だと思います。

グロース戦略:課題と「日米二拠点」の強み
出口(モデレーター):
ありがとうございます。では次に、グロースの課題についてお伺いします。実際にアメリカで事業を成長させる上で、切実に感じている課題はありますか?
本間氏:
グロースに限らずですが、プロダクトを作り、お客さんがつき、売上になる、という当たり前のプロセスがあります。 プロダクトを作るのも大変ですが、その後の顧客獲得において、アメリカは大企業でも「とりあえず、やってみようか」と意思決定が早いんです。それを積み重ねれば実績になります。
今、我々はアメリカでスタートし日本に戻ってきていますが、日本企業と話をすると、そのスピード感の違いを感じます。「オープン・イノベーション」と皆さんおっしゃいますが、「じゃあ契約サインできますか?」となると、「ちょっと持ち帰って……」となる。もちろん我々の問題でもありますが、この差が日本における課題でもあるかなと思います。
内藤氏:
そうですね、グロースの課題はめちゃくちゃあるんですが、アメリカ市場の特徴という意味で言うと、とにかくダイナミックです。 金利が上がる前(ゼロ金利時代)は、投資家も「トップライン(売上)さえ伸びていればいい」というイケイケムードでした。しかし、過去2〜3年で金利が急上昇したら、言うことが全く変わり、「キャッシュポジションはどうなっているんだ」と。GAFAでさえレイオフしますし、行く時は一気に行くし、引く時も一気に引く。このダイナミズムにアジャストしていく必要があります。
ただ、一方で、我々が「日本」というカードを持っていることは、めちゃくちゃアドバンテージだと感じています。アメリカの景気が悪い時に、日本でファイナンスできるとか、日本の低金利を活用できるとか。
本間氏:
まさにその通りです。我々が去年から日本に進出したのは、それが理由です。アメリカで金利が上がり、我々のお客さんである不動産デベロッパーのプロジェクトがスローダウンしてしまいました。これはやばいぞ、という時に、予定を前倒しして「日本に行けばいいじゃないか」と。
「日本人であること」をディスアドバンテージと思うのではなく、アメリカでやるために、自分たちのアイデンティティである日本というバックグラウンドをどう活かすか。資金調達もマーケット開拓も、両方ある。そこが日本人で良かったなと思うところです。
エコシステム:VCと大企業が果たす「グローバル挑戦者の後ろ盾」とは
出口(モデレーター):
日米の2拠点に可能性があるというのは非常に面白いですね。山田さん、VCの立場で、こうしたグロースの課題に対してどのような支援が可能だとお考えですか?
山田氏:
2つあります。1つは、VCのエコシステムとしての進化です。 アメリカのVCは50年の歴史があり、投資先のスタートアップを取引先である大企業に紹介するネットワークが確立しています。欧州のAtomicoのようなトップVCも、欧州スタートアップの米国進出を支援するため、10年前からMicrosoftやAmazonといったアメリカの大企業との関係を構築してきました。
翻って、日本のVCがそこまでできているかというと、まだ道半ばだと思います。私自身もシアトルにいるので、Microsoft、Amazon、Expedia、Costcoといった企業との関係を築き、いかに日本のスタートアップをスムーズに紹介できるかを常に考えていますし、そこでどういうフィードバックをもらえるかが、VCとしての我々の役割だと感じています。
もう1つは、日本側での大企業のバックアップの重要性です。 日本発のスタートアップがアメリカで評価される際、「こいつらは日本でどの大企業にバックアップされているんだ?」と見られます。「トヨタと契約しています」となれば、非常に評価が高い。 アメリカでは、設立2年未満のスタートアップに対しても、大企業が売上を立ててくれる土壌があります。日本の大企業側も、本当にプロダクトが良いのであれば、早期に売上を立ててあげて、一緒に事業を作っていく。そうしたエコシステムの進化が日本側にも必要だと感じています。

組織作りと「日本人コミュニティ」の活用術
出口(モデレーター):
売上を上げるだけでなく、組織を大きくしていくフェーズでのチーム作りの課題や、ファウンダーとしてのマインドセットの変化についてはいかがでしょうか?
内藤氏:
組織作りの課題はフェーズによって無限にありますが、大事なのは、先ほども出た「相互扶助」のネットワークです。 壁にぶつかった時、相談できるアメリカ経験者の先輩や投資家がいるかが非常に重要です。中国系、韓国系、インド系のファウンダーはコミュニティが巨大で、助け合っています。
今の日本の挑戦者は、丸腰で挑んで失敗し、「アメリカは英語の壁もあるし、カルチャーも違うし、勝負する場所じゃない」と諦めて帰ってきてしまう。 そうならないためにも、山田さんのような投資家や、我々のような起業家が増え、ネットワークの「プレゼンス」と「数」を上げていくことが今一番大事です。「群れるのは格好悪い」というイメージがあるかもしれませんが、あれはすごいパワーなので、どんどんやるべきです。
本間氏:
アメリカで多様な人種・言語・文化のメンバーを集めてチームを作った経験は、本当に苦労もしましたが、その後の日本や韓国展開の際に非常に役立っています。
また、アメリカの会社でありながら日本のエンジニアをチームに巻き込んだり、移民系のファウンダーが自分の出身国に開発チームを作ったりすることはよくあります。 シリコンバレーは採用も大変ですが、「日本人であること」を活かして、日本の優秀なエンジニアのパワーを活用すればいい。コミュニティごと、日本人であることのパワーを活かすことが大事だと思います。
出口(モデレーター):
VC界隈における日本人コミュニティのネットワークはいかがですか?
山田氏:
大手VCのパートナーを見ると中国系やインド系は大勢いますが、日系で頑張っていらっしゃるのはまだ少数で、エコシステムとしてはまだ弱いのが率直なところです。 彼らは同胞を成功させたいというサポート意識が非常に強い。我々日本人も、起業家の方々をどうサポートできるか。これがエコシステムの進化として非常に重要です。
本間氏:
ちなみに、インド系の著名なVCも、元々はみんな起業家なんです。我々のような日本人起業家がアメリカでExitし、次の世代を支援する投資家が増えていけば、そのエコシステムが実現するのではないかと聞いていて思いました。
山田氏:
おっしゃる通りです。今、メルカリやispaceでExitした方がシリコンバレーにいるなど、ちょろちょろと出始めています。それをいかにネットワーク化するかが大切ですね。
内藤氏:
本当に、山田さんのような投資家があと100人必要です。そういうマインドを持った日本人の投資家はこれまで全然いなかったので。
質問から:プロダクトから鑑みるアメリカで起業することの意味
出口(モデレーター):
会場からご質問はありますか。
質問者(会場から):
内藤さんと本間さんに質問です。資金調達「以外」で、アメリカでビジネスを始めて良かったと思う点は何でしょうか? 例えばネットサービスなら日本からでも提供できますし、新しいことを考えること自体は日本でもできると思います。チームビルディング以外で、もしあれば教えてください。
本間氏:
限りなくありますが、一つに絞ると「プロダクト」です。 アメリカは多様な人種が集まっているので、「日本人だからこうだろう」という暗黙の前提がありません。誰が見ても直感的に分かりやすいUIや、誰もが便益を享受できるUXを追求することになります。 アメリカでうまくいくプロダクトを作れれば、他の国でも通用する。これがアメリカで始めて良かった最大のポイントです。
内藤氏:
本間さんのコメントを別の観点で言うと、「尖ったプロダクト」ほどアメリカでやる必要があります。 例えば、AirbnbやUberが日本で生まれたか? おそらく生まれていない。もし日本で始まっていたら、「旅館業法違反だ」「白タクだ」とバッシングされて潰れていた可能性があります。 自動運転タクシーをいきなり公道で走らせてしまうような、本当に尖った事業は、多様なバックグラウンドを持つ人々が議論しながら物事を決めていくアメリカの土壌だからこそ可能になるのだと思います。
まとめ
「Day 1」からアメリカで戦う起業家と投資家の議論から、日本人がグローバルで勝負するための重要なマインドセットが示されました。
まず、シリコンバレーを「雲の上の存在」と特別視し過ぎないこと。内藤氏が語ったように、「自分たちも挑戦できる舞台だ」と発想を転換することが第一歩となります。投資家の山田氏からは米国のトップVCが支援する起業家たちでさえ、英語がネイティブではないという事実も共有されましたし、重要なのは、言語力よりも「熱意、能力、そして面白いコンセプト」です。それさえあれば、人種を問わず支援者が現れる土壌がアメリカにはあるということが指摘されました。
さらに、両起業家が強調したのは「日本人であることの強み」を活かす重要性です。米国の景気後退期には日本の低金利や市場を活用するなど、「日米二拠点」の視点を持つことで、他国の起業家にはない明確なアドバンテージを持つことができます。挑戦する「数」と「コミュニティの連携」こそが、30年後の未来を変える鍵となりそうです。
