大企業の新規事業開発・オープンイノベーションはどこにゴールを見出すか ー「出口」の再定義とゴール設定を問う
2025/12/19
「オープンイノベーションは必ず挑戦しなくてはならない。しかし、『挑戦すべきか』と『できるかどうか』は別問題」――。
多くの大企業が新規事業やオープンイノベーションに取り組む中で、昨今その「成果」が厳しく問われ始めています。「出口(ゴール)」をどこに設定すべきか、スタートアップとのスピード感の違いをどう乗り越えるか、そして社内をどう変革していくか。
本記事は、Japan Summit 2025で行われた同タイトルのセッションから、清水建設 NOVARE を率いる佐藤和美氏の実践知をもとに、大企業が新規事業・オープンイノベーションで「成果」を出すためのゴール設計を再定義します。スタートアップとの協業を文化改革へと拡張する視点、20年先からのバックキャスト、フォロワーとしての姿勢など、担当者が明日から使える示唆が凝縮されています。
スピーカー
- 佐藤 和美 氏: 清水建設株式会社 執行役員 NOVARE ヴァイスエグゼクティブコンダクター,CVC投資委員長
- 是洞 晴之(モデレーター): Plug and Play Japan株式会社 Manager,Deeptech
記事のハイライト
- ゴール設定の転換: スタートアップとの協業を「特定プロダクトの出口」ではなく、「全社的な企業文化の改革」に活用する視点。
- 時間軸の拡張: 短期的な成果に囚われず、シリコンバレー企業のように20年先の未来から逆算(バックキャスト)してテーマを設定する重要性。
- 関係性の再定義: スタートアップに「何をしてもらえますか?」ではなく、「あなたたちがやりたいことに、我々は何ができますか?」というフォロワー側の姿勢への転換。
スピード感や社内承認の硬直化といった大企業特有の課題を乗り越え、スタートアップを長期的なパートナーとして活かすための具体的なヒントが得られます。
大手企業はなぜ今、新規事業に挑戦すべきか
是洞(モデレーター):
はじめに「大手企業はなぜ今、新規事業に挑戦すべきか。」お考えを伺えますでしょうか。
佐藤氏:
私見も交えてお話ししますと、「なぜ挑戦すべきか」と言われれば、「挑戦しない」と言っている企業はないので、競争力を担保する意味でも必ず挑戦しなくてはならないと考えています。
ただ、「挑戦すべきか」と「挑戦できるかどうか」は別問題です。「挑戦できるかどうか」を検討する時に必要になるのが、「オープンイノベーション」という手法への理解だと考えています。
清水建設も以前はオープンイノベーションという言葉の本質をよく理解していませんでした。日本では「技術開発」のように捉えられていたりもしました。
そういった中で、我々もシリコンバレーに行き、 Plug and Playに入居させていただいて、オープンイノベーションの「使い方」や——さまざまな分野で活用できることを学び、現在に至ります。
是洞(モデレーター):
オープンイノベーションには技術開発だけでなく、事業開発の視点もありますね。清水建設さんには、もう8年間、我々のパートナーとして活動いただいております。

新規事業やオープンイノベーションのテーマ設定
是洞(モデレーター):
次に、新規事業のテーマはどのような視点で設定されているかお伺いさせてください。
佐藤氏:まず、サステナビリティ、エネルギー、カーボンニュートラルなど、世の中で話題になっている社会課題は当然見ています。
加えて個別の案件を検討する際は、「当社は将来、どんな形を目指すべきか」という未来から逆算して(バックキャストして)検討しています。
例えば、「AI×建設」であれば、2040年にAIと建設業界がどうなっているかを想像しながら、「どのスタートアップとお話しすべきか」を考えていくといったやり方を取っています。
是洞(モデレーター):
未来からの逆算、非常に面白いですね。建設業は関わる領域が広いため、どの領域でも未来からの逆算が活かせそうだと感じます。
スタートアップとの協業における「出口(ゴール)」
是洞(モデレーター):
新規事業やオープンイノベーションには、社内事業化、スピンアウト、外部売却など多様な選択肢(出口)があります。清水建設さんでは、スタートアップ協業における「出口」をどう考えていらっしゃいますか
佐藤氏:
オープンイノベーションに取り組んだ期間や、本業の状況によっても変わってくると思いますが、私自身は、あまり「スタートアップの出口」という言葉は使いません。どちらかというと、可能であればずっとパートナーを組んでいきたいと考えています。
例えば弊社があるAIの会社に出資しているのですが、当初は特定のプロダクトを作るための出資でした。そのプロダクトが完成した後もお話をさせていただいていたところ、世の中に「生成AI」ブームが来ました。
当社も生成AIを業務で導入すべきかと議論になった際、その会社に相談し、さまざまな検討を重ねた結果、全社員がその会社の生成AIを自由に使える環境を設定することになりました。
これは、スタートアップとの協業を、プロダクト開発や技術導入だけに留めず、「企業文化の改革」に使えないか、という考え方に基づいています。我々が投資しているスタートアップの皆様に社内に入っていただくことで、そうした変革を目指したい、というのが我々の考え方です。

是洞(モデレーター):
協業を経て、自社の文化醸成につなげていく、ということですね。
佐藤氏:
はい。スタートアップの皆さんは、各業界で優れた技術や考え方をお持ちです。それを我々がどう取り入れさせていただくかが、すごく重要だと思っています。
新規事業を「続ける/やめる」の判断基準
是洞(モデレーター):
新規事業について、「続ける/やめる」の判断基準はどのように設定されていますか?
佐藤氏:
非常に難しい質問ですが、シビアに言えば、技術やビジネスの“寿命”のようなものは常に考えています。
イノベーションによって生まれた技術やビジネスは、また次のイノベーションによって変わっていきます。そうすると、我々は「次」を見ていかなければなりません。
「事業を続ける/やめる」という二択ではなく、世の中の状況を見ながら「次にどのようなパートナーシップを組んでいくか」という対話をしたいと考えています。
新規事業創出やパートナーシップにおける日本企業と海外企業の違い
是洞(モデレーター):
清水建設様はシリコンバレーにも進出されていますが、海外の事例や日本企業と海外企業との違いについてお考えをお伺いさせてください。
佐藤氏:
私が(未来からの)「バックキャスト」で物を見るというお話をしましたが、海外の企業はまさにそういうことを実践しています。
私がお付き合いのあるシリコンバレーの有名大企業は、平気で20年先の未来までを考えています。スタートアップと相談しながら、「次は何が来るか」を常に考え、自分たち自身で、トレンドを追いかけているわけです。
そこが、我々も含めて日本企業に少し足りない点かもしれません。日本企業はどちらかというと、「今、足りないもの」に対してスタートアップの技術を使おうとしがちです。
是洞(モデレーター):
「未来からの逆算」という視点も、海外企業のそういった姿から学ばれたのでしょうか。
佐藤氏:
そうですね。海外の方とお話しすると「テクノロジーは必ず実現する」と言います。シリコンバレーのある企業には、「テクノロジーで世の中が変わるのに、テクノロジーを追いかけないでどうするんだ」と言われたこともあります。
海外事例から取り入れたい文化や仕組みとは
是洞(モデレーター):
海外企業の事例を参考に、日本に取り入れたい文化や仕組みはありますか。
佐藤氏:
事業の「ピボット(方向転換)」をするときの柔軟性です。
日本企業が事業の方向性を変える場合、社内の様々な承認を通さなければなりません。海外企業は、その判断や対応が非常に早いですよね。
「ピボット」は「やめる」ことではなく「方向転換」なので、柔軟性があった方がスタートアップとも会話がしやすいと考えています。
海外企業であれば、「今年はご一緒できないかもしれないが、5年経ったら世の中は変わるよね」という前提で取り組みの対話を続けることができます。しかし日本企業だと、「今年は一緒にできないと、来年以降もできないかもしれない」といった、硬直的な伝え方になりがちな点が違うと感じますし、海外企業の柔軟性をぜひ取り入れたいと考えています。
オープンイノベーションにおけるCVCの役割
是洞(モデレーター):
「NOVARE」はCVCとしてスタートアップやVCへの投資もされているかと思います。オープンイノベーションにおいてCVC(コーポレート・ベンチャーキャピタル)の役割は大きいと思いますが、どのような姿勢でスタートアップと向き合われていますか。
佐藤氏:
特にディープテックへの関心が高まる中で、CVCの役割は非常に大きくなっていると考えています。。
従来型のVCの場合、どうしてもファンドの期限に捉われる側面があります。一方で我々CVCは、そういった時間の制約を超越できる可能性があります。また、コーポレート(本体)もあるので、やろうと思えば本体でも投資が可能です。
「長くお付き合いできる」ということは、例えば「15年後にビジネスになる」ような世界にも、我々はリーチしやすいことと同義で、これがCVCの強みだと考えています。
昨今、上場基準が少し厳しくなった中で、CVCの役割もまた変わってくるのではないかと考えています。
大企業とスタートアップのギャップをどう乗り越えるか
是洞(モデレーター):
大企業とスタートアップの温度差やスピード感のギャップをどう乗り越えるか、という観点でお考えを伺えますでしょうか。
佐藤氏:
私自身は、あまりスタートアップとのギャップを感じていません。
ただ、この10年で、我々大企業側に変化があり、新しいギャップが生まれたと考えています。
昔は社内で「イノベーション」というと「お前、何言ってるんだ」といった雰囲気がありましたが、今はイノベーションを冠する部門がたくさんあります。
「イノベーションが仕事」という人が出てきた結果、逆に「スタートアップよりも早く成果を出さなければならない」というプレッシャーが大企業の中で起きているのではないか、と私は考えています。
10年かけて成長していくスタートアップに対し、大企業が「3年で成果を出せ」と求めてしまうようなギャップが、実は起きているのではないでしょうか。
そのギャップは、我々を含む大企業側が変わって乗り越えていかなければならないと感じています。
大企業がオープンイノベーションの「出口」をデザインするために必要なこと
是洞(モデレーター):
それでは最後に、大企業が今後オープンイノベーションを成功させるために必要なことについて、お考えを伺わせてください。
佐藤氏:
以前、アントレプレナーシップを教えていらっしゃる(バブソン大学の)山川先生とお話しした際、こんなことを言われました。
「佐藤さん、そろそろ大企業がスタートアップを引っ張っていく側ではなく、スタートアップの“フォロワー側”になってもいいんじゃないですか」と。
どういう意味かというと、これまでの「あなたたちスタートアップは何ができますか?」という聞き方から、「あなたたちがやりたいことに対して、我々大企業は何ができますか?」という聞き方に変えていく、そうすることで、対話が上手く進むのでは、ということだと理解しています。
我々の将来にスタートアップを乗せるのではなく、スタートアップの方々が考えている未来に対して、我々がどう乗っていくか。そういう考え方をすることも、時には必要なのではないかと、最近考えています。

