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遠隔集中治療で一つでも多くの命を救いたい - T-ICU

2022/04/26

日本における集中治療専門医の数は約1900人。約7割の病院には集中治療専門医がおらず、他の科の医師がそれぞれの判断で専門外でありながらやむをえず治療を行っています。そんな状況を変えようと、集中治療専門医である中西智之氏が立ち上げたのが遠隔集中治療サービスを提供する株式会社T-ICU(以下、T-ICU)です。今回のインタビューでは、医療現場で患者のためにできることをより新しい次元へ進めたいという思いから、2019年10月から同社にマーケティングとしてジョインした盆子原氏に、看護師としてのキャリアを経て同社に入社を決めた経緯や入社後に直面した課題、今後の展望についてインタビューをしました。
(本記事は2020年4月にPlug and Play Japan公式noteで公開した記事です)


Chiyo Kamino

Communication Associate, Kyoto


1対1の看護だけでなく、助けられる人の総数を増やしたかった

ーー最近入社されたと伺いましたが、 T-ICUに入社されたきっかけは何だったのでしょうか?

私はもともと、看護師として救急とか集中治療でずっと仕事をしていました。7年くらい臨床にいたんですが、長時間病院の中にいると外の世界を知らないというか、世間知らずな気がしてきて、一度企業に行ってみたいなと思い医療機器メーカーに転職しました。2年ほど働いたんですが、その経験がとても良かったんです。自分がそれまで臨床でやっていた作業が、機械のことを何も分からずにやっていたなと気づいたんですよ。

ーー自分が医療機器を扱う立場になってはじめて、新たな発見があったと。

そうです。人口呼吸器を売る部署の担当だったんですが、自分がかつて臨床で扱っていたのと同じ機器だったので「出来るだろう」と思って意気揚々と入社したら、機器のことを全く何もわかってなくてショックを受けました。でもよくよく考えると「私だけじゃなく、同僚の看護師もみんなわかってなかったのかも」と気がついたんです。そういう体験があって、せっかく機器のことを理解できたから今度は臨床で試してみたいなと思って、一回集中治療の臨床に戻りました。
そこで目の前の患者さんのお手伝いとかはできるけれど、周りを巻き込んでどんどん質を上げていくことをしないと、現状が全然変わらないなと、生意気ながら思ってしまって。それと、シフトを引き継いだあとに患者さんがどうケアされているのかが分からないという課題もありました。自分が見ている8時間は良いけれども、引き継いだあとは担当者がきちんと対応できているかできていないかが分からないんです。看護師にもそれぞれ得意な分野と得意じゃない分野がありますし、全ての患者さんに同じように医療を提供するというのが、患者さんのためなのではないかと思うようになりました。そういう可能性を探るために大学院の科目履修などを通して勉強する中で、「遠隔」というのが一つのキーワードとして、最近のトレンドになってきているということを知りました。面白いなと思って調べたらT-ICUを見つけて、ウェブサイトのお問い合わせフォームから採用に関して問い合わせたら、中西先生から直接連絡が来たんです。本邦で遠隔集中治療サービスを民間でやっているスタートアップは他になく、日本の医療を地方やいろんな人に広く届けたいという私の希望に、一番マッチしているのが今の会社かなと思っています。

全国の病院の中で、集中治療専門医が常駐している病院は全体の約30%。それ以外の70%の病院では、専門外の医師が集中治療室の患者を診ているというのが現状だ。集中治療に関して専門医がいない場合、専門知識がアップデートされていないため、現在の水準ではないひと昔前の手法や技術、薬剤を使用してしまったり、経験がないため手探りで専門外のことを調べながら処置するということになる。

ーー集中治療の専門医が少ないという現状を知りませんでした。

日本にいる集中治療専門医の数は1800〜1900人くらいしかいなくて、お医者さん全体の0.5%しかいなんです。私が最後にいた施設はけっこう設備が整っていたんですけど、集中治療医がいない病院だと、スタンダードな治療が行われていないなというのがすごく問題だと思いました。中西先生も同じように感じられていたみたいで。ICUの先生がいない病院に麻酔医の仕事で行った時に、「スタンダードな治療ができれば、もっと患者さんがよくなるのにな」と思った部分があるそうで、私もそこはすごく共感します。

指示出しではなく、判断に迷った際のアドバイザーとして

ーー入社されてからこれまでに、直面したチャレンジなどはありますか。

「遠隔診療」という言葉を聞くと「電話一本だけ」とか「単に専門医が指示するだけ」というふうに、冷たい印象に捉えられがちなところが難しいと感じています。使って下さった先生方からは「臨床の現場と環境に合わせた提案をしてくれる」とすごく良いフィードバックをいただいていて、それはありがたいなと思っています。まずサービスを使ってもらいたいんですけど、まだ遠隔集中治療という概念自体が日本の中で認知度が低いので、当たり前でない、全く考えていなかったものを急に導入してもらうのが難しいのかなとは思います。

「相談しても正しいこと言うだけでしょ」「そんなのインターネット見たらわかるよ」とか言われてしまうこともあります。結果的にそういう場合もあるかもしれませんが、先生方の経験だとか状況だとかをお聞きした上で、それらの様々な条件を加味してご提案しますよ、という点をわかっていただきたいです。
そう言った意味で、遠隔とは言いつつ関係性を築くのがすごく大事だなとは思っていて、face to faceでニーズをお伺いしたり勉強会をしたりして、病院の皆さんと顔の見える継続的な関係づくりはしていますね。

ーーそのような相談サービスを提供するために必要な、24時間365日常駐する集中治療の専門医は、どうやって集めてきているのですか。

もともと社長の中西の知り合いからスタートしたんですが、最近になってサイトのお問い合わせフォームから「興味があります」と突撃して来られる方がけっこうおられます(笑)。そういう意味で、共感は得ているのかなと思います。そういう方々に実際にシフトに入ってもらったりとか、サービス提供においてのアドバイスをいただいたりという形でご協力いただいています。

ーーサービスを高いクオリティで提供するために、貴社で医師を採用する際の基準として「やさしい人」を選んでいると聞きました。

はい。やっぱりドクターって「お医者さんです」みたいな枠に囚われている部分もあって、そこを崩したいんですよ。権威に囚われずみんなで話し合ってすごくいいものを作れたら、よりシステムが発展するんじゃないかと思っています。
弊社の使っている通信システム自体は、技術的にはそこまで特殊なものではありません。弊社の強みはサービスなので、相手の立場に立って的確なアドバイスができる人、現場環境に合わせた提案ができる人を採用しています。また、ユーザーを「お客様」として扱う意識のあることを重視しています。サービスを導入している病院と、弊社に所属する集中治療医とが顔の見える関係を作れるようセッティングしたり、毎月電話で聞き取りをするなど、ユーザーの満足度を上げるよう努力しています。

集中治療専門医の価値を知って欲しい

ーー新しいサービスという面で法規制もチャレンジかとは思いますが、そのあたりはいかがですか。

現時点では、D2D(=Doctor to Doctor)では診療報酬はつかないんです。ユーザーの医師が「T-ICUのドクターの指示で治療しました」とは言えなくて、あくまでも最終判断は現場の医師がしました、と言わなければいけない状況で。Doctor to Patientの場合は一定の条件はありますが、遠隔診療が法的には認められてはいます。なので今後診療報酬が認められれば、もっと普及するのではないかと思っています。厚生労働省の働き方改革やタスクシフト/シェアなどに遠隔ICU(Tele-ICU)の予算が入っているんですよ。うちはビッグデータが拾えないので補助金に入れてはいないんですけど、行政の前でプレゼンさせていただいたりはしています。

兵庫県の井戸知事(中央)を表敬訪問したCEO中西氏(左)とCOO小倉氏(右)

ーー将来的に、どういった企業・団体と協業したいという希望はありますか。

「遠隔でのサービス提供」という弊社の強みをフルに生かせる場というと、「ネットワークはあるけれど、人はいない」という問題を抱えている企業様かなと思います。例えば、航空業界とはコラボレーションのお話をいただいています(※インタビュー後、スカイマーク株式会社との実証実験開始を発表)。あとは、今後どう進むかわかりませんが、Plug and Playのイベントがきっかけでつながりができた運輸・旅客業界の大企業もありますね。

ーー海外に進出する予定もあるとお伺いしました。

JICAのプログラムで、バングラデシュで展開する予定です。あとはカンボジアの日系病院であるサンライズジャパン病院と提携して、現地の先生たちと弊社の先生たちとテレビ会議システムを使って症例検討を一緒にやるという勉強会を開催しています。あとはうちはD2D(Doctor to Doctor)なので、具体的にどういうふうに組んでもらうかは考えないといけないですけど、保険会社さんと組めれば良いなと考えています。

ーーT-ICUのミッションを通して、どういう社会になればいいと思っていますか?

70%の病院には集中治療専門医がいないんですが、そのために集中治療専門医がいなくても治療ができている、なんとかなっていると思いこんでいる病院が多いんです。なので集中治療の先生方の価値をわかってもらうというのが、まずは必要なのかなと思っています。専門外のところで不安を抱えながら治療にあたるよりも、「これで大丈夫ですよ」と専門医に言ってもらうだけでもだいぶ違うんです。判断に踏み切れますし、患者さんにアプローチするまでの時間も、悩む時間も短縮できます。「T-ICUを使ってみてよかった!」「楽になった!」という声をいただくので、現場でぜひ使っていただきたいです。集中治療医以外の、他の科の先生方にもご賛同いただけるように今後活動していきたいですし、他の企業さんや医療機関とも組んでやっていきたいです。

株式会社T-ICUについてもっと知りたいという方は、ぜひWEBサイトをご確認ください。

https://www.t-icu.co.jp/

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