カーブアウトとは?新規事業創出の新たな選択肢と成功のポイント
2025/03/19

企業が新規事業の可能性を模索する際、社内ベンチャーやM&Aといった手法に加え、「カーブアウト」による独立も有力な選択肢となります。既存のリソースを活用しながらも、スピード感を持って市場に適応できる点が大きな魅力です。
本記事では、カーブアウトの基本概念から、導入のメリット・プロセス、成功事例までを解説します。自社の新規事業創出において最適なアプローチを考えるヒントとして、ぜひ参考にしてください。
1. カーブアウトとは?新規事業の成長戦略としての重要性
1-1. カーブアウトの基本概念
カーブアウトとは、企業が自社の事業の一部を切り出し、新たな法人として独立させる手法のことです。これは単なる事業部門の分社化とは異なり、新会社の成長可能性を考慮したうえでスタートアップとして戦略的な意図を持って設立する点に特徴があります。カーブアウトを活用することで、企業は成長の可能性が高い事業領域に集中し、機動的な経営を実現できます。
特に大企業においては、既存の組織文化や意思決定のプロセスが新規事業の成長を妨げることがあります。カーブアウトを行うことで、新会社は大企業の制約を受けず、独自の経営判断や資金調達が可能になります。一方、元の事業会社としても、カーブアウトした企業の成長を支援しつつ、将来的なリターンを期待することができます。
なお、カーブアウトは不採算部門の切り離しやM&Aにも使用される手法ですが、本記事では主に社内ベンチャーや新規事業をスタートアップとして成長させる目的でカーブアウトを利用するケースについて説明します。
1-2. 新規事業成長のためにカーブアウトが有効な理由
社内の新規事業をスピーディーかつ柔軟に成長させたい場合、スタートアップとしてカーブアウトすることによって得られるメリットは大きくなります。理由は大きく3つに分けることができます。
- (1) 経営自由度と機動性の向上
大企業では、意思決定に時間がかかることが多く、新規事業のスピード感と相性が悪い場合があります。稟議プロセスが複雑で、関係部署との調整に時間がかかるため、迅速な市場対応が難しくなるのです。
一方で、カーブアウトした新会社は独立した経営体制を持つため、意思決定のスピードが大幅に向上します。経営陣が市場の動向を直接把握しながら、事業戦略や投資判断をタイムリーに行うことができるため、競争力の強化につながります。
- (2) 元の事業会社のリソース活用が可能
完全にゼロからスタートするスタートアップと比較して、カーブアウトスタートアップは元の事業会社のリソースを活用できる点が大きな強みです。たとえば、以下のようなサポートを受けることができます。
- ブランド力・信用力の活用:元の事業会社のブランドや実績を活かし、営業やマーケティングをスムーズに展開できる。
- 技術・ノウハウの継承:元の事業会社が持つ技術や知的財産を引き継ぎ、事業開発を加速できる。
- 営業・販路の支援:元の事業会社のネットワークを活用し、既存の取引先やパートナー企業との連携を進められる。
- 人材やバックオフィス機能の支援:新会社設立時の人材採用や、法務・財務・経理などのオペレーションを元の事業会社から支援してもらえる。
また、完全に外部のスタートアップとオープンイノベーションを進める場合、社風やビジョンの違いから協業に課題が生じることもあります。しかし、カーブアウトした企業であれば、もともと元の事業会社の文化を理解しているため、連携がスムーズに進みやすくなります。
- (3) 外部リソースの最大活用
元の事業会社の一部門として事業を継続する場合、資金調達の選択肢は基本的に社内に限られます。そのため、元の事業会社の経営方針や財務状況によっては、十分な投資が得られず、新規事業の成長が制約されることがあります。
カーブアウトによって新会社として独立することにより、ベンチャーキャピタル(VC)など外部投資家からの出資を受けることが可能になります。元の事業会社自身も株式の一部を保有しながら、新会社の成長を後押しすることも可能です。
またカーブアウトを通じてスタートアップとして活動するこで、資金面以外の外部リソースの活用も行いやすくなります。例えば出資者であるVCからアドバイスを受けられたり、元の事業会社以外の企業との協業や、事業成長に必要なナレッジ、技術、販路等のメリットを享受することも可能です。
- (4) リスク分散とコスト低減
リスクヘッジの観点からしても、社内事業をスタートアップとしてカーブアウトすることで外部から資本を調達できるため、財務的なリスクを低減できるほか、事業開発に必要なコストも抑えられます。新規事業の成功確率は一般的に「千三つ」(1000件の事業アイデアに対して3件ほどしか成功しない)と言われているため、できるだけ多くの事業をスピード感を持って育て、早い段階で事業継続の可否を見極めることが必要です。カーブアウトはいわゆる「弾数を多く打てる」仕組みだと言えるでしょう。
1-3. カーブアウトを活用すべきケースとは?
カーブアウトはすべての新規事業に適しているわけではありません。以下のような状況では、カーブアウトを活用することで事業成長を促進できる可能性が高まります。
[カーブアウトが有効なケース]
・元の事業会社の既存事業とシナジーが薄い:新規事業が元の事業会社のコアビジネスと異なる領域にある場合、社内での優先順位が低くなり、十分な経営資源を確保できないことがあります。
・スピーディーな市場対応が求められる:元の事業会社の意思決定プロセスが複雑で、新規事業の機動性を阻害してしまう場合は、独立した経営判断ができるカーブアウトが有効です。
・外部投資を必要とする:社内予算だけでは十分な成長資金を確保できない場合、外部資本を受け入れやすいカーブアウトが適しています。
・経営チームが独立志向を持っている:新規事業のリーダーが強い起業家マインドを持ち、自らリスクを取って事業を成長させる意欲がある場合、カーブアウト後の成功確率が高くなります。
新規事業カーブアウト成功のためには、後段の第3章で述べるようなポイントを踏まえて適切なスキームを選定し、経営の自由度と元の事業会社との関係性をバランスよく設計することが重要です。
2. 新規事業におけるカーブアウトの流れ
カーブアウトは、単に事業を切り出して独立させるだけではなく、入念な準備と戦略的な意思決定が必要なプロセスです。以下のステップに沿って、新規事業開発からカーブアウトスタートアップ設立に至るまでの流れを解説します。
Step 1. 事業テーマを設定する
新規事業の対象となる事業領域を決定します。成長可能な市場か、既存事業とのシナジーがあるか、競争力を発揮できるかを見極めることが重要です。
Step 2. チームを組成する
新規事業を推進するためのプロジェクトチームを編成します。事業開発、技術、マーケティング、法務など、アイデアをビジネスとして形にするまでのプロセスにおいて中核を担うメンバーを選定します。
Step 3. 事業計画を策定する
事業の方向性を明確にするため、ビジネスモデルや収益計画を作成します。市場調査を行い、競争優位性を確立するための戦略を練ることが求められます。
Step 4. 製品・サービスの開発をおこなう
市場投入を前提に、具体的な製品やサービスの開発を進めます。プロトタイプの作成やユーザーテストを通じて、顧客ニーズに合った提供価値を磨き上げます。
Step 5. カーブアウトするかどうかを検討する
事業の成長性や市場環境を踏まえ、カーブアウトが最適な選択肢であるかを慎重に判断します。社内事業として継続するか、別のスキーム(M&A、ジョイントベンチャーなど)を選ぶかも含めて検討します。
Step 6. カーブアウトのスキームを決定する
カーブアウトの具体的な方法を決定します。元の事業会社との関係性や、リスク・リターンのバランスを考慮することが重要です。
Step 7. 経営人材をアサインする
新会社の経営を担うリーダーを選定します。スタートアップとしての機動力と、元の事業会社のリソースを活かすバランスを取れる経営陣が求められます。
Step 8. 知的財産承継の準備をおこなう
特許や商標、ノウハウなどの知的財産の扱いを整理し、承継手続きを進めます。新会社で独立した知財管理ができるように準備することが不可欠です。
Step 9. 資金を調達する
事業運営に必要な資金を確保します。元の事業会社からの出資、外部投資家の参画、銀行融資など、複数の資金調達手段を検討します。
Step 10. オペレーション体制を整備する
独立後の業務フローや社内システムを構築し、事業運営に支障がないように整備します。元の事業会社との業務提携やバックオフィスの分離なども含めて調整を行います。
このように、カーブアウトは単なる事業の切り出しではなく、事業計画の策定から経営体制の確立まで、慎重な準備が必要なプロセスです。次の章では、新規事業カーブアウトを成功させるポイントについて詳しく見ていきます。
3. 新規事業カーブアウトにおけるポイント
カーブアウトは新規事業をスピーディに成長させる有効な手段ではありますが、元の事業会社の一部を受け継いでから独立するという点から、通常のスタートアップ立ち上げよりも複雑なプロセスを必要とします。元の事業会社とカーブアウト先スタートアップ双方に不利益が生じないよう、丁寧な交渉が求められます。本章では、新規事業カーブアウト時の成功ポイントについて詳しく見ていきます。
Point 1. 資本政策をどうするか
カーブアウトを成功させるためには、適切な資本政策の策定が不可欠です。特に、どのタイミングでどのような投資家を迎え入れるか、元の事業会社がどの程度の持分を維持するか、経営陣や従業員への株式インセンティブをどう設計するかなど、慎重な検討が求められます。
まず、初期段階では元の事業会社が100%出資するケースが多いですが、元の事業会社が過度に持分を保持しすぎると、投資家の参入意欲が低下する可能性があるため、慎重なバランス調整が肝要です。たとえば、プロダクトが市場での一定の手応えを得た後、VCやCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)から資金調達を行うなど、成長に伴い外部投資家を受け入れるタイミングを見極める必要があります。また、元の事業会社が一定の持分を保持しながら、戦略的パートナーとして関与し続けるか、完全に独立させるかも重要な判断ポイントになります。
さらに、経営陣や主要メンバーにストックオプションなどのインセンティブを提供することで、企業価値の向上に対するモチベーションを強化できます。
資本政策は、単なる資金調達の手段ではなく、カーブアウトスタートアップの成長戦略や市場での競争力を左右する重要な要素です。元の事業会社、投資家、経営陣それぞれの利害を踏まえた戦略的な設計が求められます。
Point 2. 経営人材をどのように配置すべきか
新規事業の成功には、適切な人材配置と強いリーダーシップが不可欠です。スタートアップ経営者として、事業の方向性を決める経営チームの選定が特に重要になります。カーブアウト企業の経営陣には、以下のような資質が求められます。
・起業家精神がある:リスクを取りながら事業を推進できるか。市場動向を理解し、適切な戦略を描ける:独立後にどのような戦略で競争力を高めるかを明確にできるか。
・組織マネジメント能力がある:新会社の組織をゼロから構築し、適切に運営できるか。元の事業会社から適切な経営メンバーを選定し、必要に応じて外部のプロフェッショナルを補強することが成功の鍵となります。
[元の事業会社との交渉ポイント]
カーブアウト後の企業において、経営陣や主要人材のモチベーションを維持するために、適切なインセンティブを設計することが重要です。具体的には以下のような施策が考えられます。
・ストックオプションの付与:経営陣が会社の成長にコミットできるよう、株式報酬を活用します。
・柔軟な働き方の提供:成長フェーズに合わせたリモートワークや裁量労働制の導入。
・リスクを取れる人事制度:リスクを取ってスタートアップにチャレンジする姿勢を後押しするために、万が一スタートアップとして成長できなかった場合に元の会社に「出戻り」ができるような仕組みを作ることなどが考えられます。
新会社の魅力を高め、優秀な人材の流出を防ぐためにも、元の事業会社との調整を行いながら適切な報酬・待遇を設計することが求められます。
Point 3. 知的財産をどのように移転させるか
カーブアウトを成功させるためには、知的財産(IP)の取り扱いを慎重に整理する必要があります。特に、元の事業会社が持つ技術や商標、特許をどのように移転・活用するかが事業の成否を左右します。知財移転には、以下のような選択肢があります。
・ライセンス契約:元の事業会社が知的財産を保有したまま、新会社が使用許可を得る。初期コストを抑えつつ、事業継続性を確保できる。
・知財の売却:新会社が知的財産を買い取り、完全に独立して活用する。特許や技術の独占権を持つことができるが、買収コストが発生する。
・共同開発契約:元の事業会社とカーブアウト企業が協力して新たな知財を創出する。元の事業会社のリソースを活用しつつ、持続的な競争力を確保する。
[元の事業会社との交渉ポイント]
知財移転に関しては、元の事業会社と以下の点を事前に交渉・合意しておく必要があります。
・知財の所有権と使用権:どの技術や商標を移転するのか、どのような条件で使用できるのかを明確にする。
・ライセンス料の設定:元の事業会社が知財をライセンス提供する場合、適切な料金体系を決定する。
・競業避止義務の範囲:元の事業会社との競争を避けるための制約条件を検討する。
・今後の知財開発の取り扱い:カーブアウト後に新たに生まれた知財の帰属を整理する。
元の事業会社の協力を得ながら、カーブアウト企業が独自の競争力を確立できるよう、知財戦略を適切に設計することが求められます。
4. 大企業からカーブアウトしたスタートアップ事例
ここまで、新規事業をスタートアップとしてカーブアウトする場合の目的や留意点について見てきました。では、実際に近年ではどのようなスタートアップがカーブアウトから生まれているのでしょうか。以下に国内と海外の事例を見ていきます。
1. Orbital Lasers(スカパーJSAT発): スカパーJSATからカーブアウトする形で創設された宇宙事業を行うスタートアップ。2020年よりスカパーJSATの社内スタートアッププログラム発の企業として、国立研究開発法人理化学研究所と協力して宇宙ごみ(スペースデブリ)をレーザーで除去する衛星ミッション部分を設計・開発。今後、宇宙用レーザーによるスペースデブリ除去や小型ライダー衛星コンステレーションによる地表面観測などをおこなう予定。2024年1月設立、12月に東京大学協創プラットフォームおよびSMBCベンチャーキャピタルから総額9億円の資金調達。
2. Avatarin(ANAホールディングス発): ANAデジタル・デザイン・ラボ(現未来創造室)にてプロジェクトとして進行していたアバター事業をスタートアップとして立ち上げ。遠隔での接客を可能にするコミュニケーションAIロボット「newme」を提供している。アバターを社会インフラとして、空港だけでなく医療、介護、教育、ショッピング、鑑賞、観光などのさまざまな用途で利用可能なサービス展開を目指す。設立時の出資者はANAホールディングスとCEO。現在は他にオムロンベンチャーズ等外部からも投資を受けている。
3. Koa Health(Telefonica発): スペインの情報通信会社Telefonicaが運営するムーンショットプロジェクトの支援プログラム「Alpha」発のスタートアップ。世界で10億人いるといわれるメンタルヘルス問題を抱えた人をケアするアプリを提供。同社の製品は、すでに多くの企業で25万人以上の労働者に使用されており、ストレス対処法、睡眠サポート、リラクゼーションとポジティブシンキング、自己肯定感の向上など、ユーザーのウェルビーイングを向上させるエビデンスに基づいたアクティビティをユーザーに提供している。2021年にAncora Finance Group、Wellington Partnersをはじめとした複数のVCから資金調達。
4. Louisa AI(Goldman Sachs発): アメリカの投資銀行ゴールドマン・サックスが運営するインキュベーションプログラム「GS Accelerate」から初めてのスピンアウトとして注目されたAIスタートアップ。AIで人的ネットワークを可視化しビジネス機会を提案するプラットフォームを提供。このソフトウェアは、事業者のデータベースから自動的にユーザー・プロフィールを作成し、ニュースを分析し、互いに知り合うことで利益を得る可能性のある人々を積極的に結びつける。2024年Oxonian Venturesから資金調達。
5. まとめ:カーブアウトを成功させるには
カーブアウトは、グローバル市場の競争激化や技術革新に伴い、大企業の新規事業創出において重要な戦略となっています。特に日本では、研究開発費の規模は大きいものの、事業化率が低く、イノベーションの商業化が課題となっています。特にディープテックを含むスタートアップのエコシステムが未成熟なため、有望な技術が市場に十分活用されていないのが現状です。
このような状況の中、カーブアウトは企業の研究開発成果を本業から切り離し、外部リソースや投資を活用することで、商業化の加速や価値創造の向上に寄与します。日本が国際競争力を維持・向上させるためにも、カーブアウトの活用が今後ますます重要になるでしょう。
Plug and Playでは新規事業創出支援はもちろん、その後のカーブアウト支援も行なっておりますので、ぜひ気軽にご相談いただければと思います。
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