微細な穴を開ける技術で社会課題を解決する高機能素材を開発 - FiberCraze
2022/10/04
「素材の力で社会課題を解決し、人々の豊かな生活に貢献する」をミッションに掲げる岐阜大学発スタートアップ FiberCraze(ファイバークレーズ)株式会社。Plug and Play JapanのNew Materials Batch 3プログラムに参加した同社にDeeptechスタートアップとして素材技術の持つ可能性を伺いました。
Yin-Chi Wu
Intern, Kyoto
岐阜大学発スタートアップの起業ストーリー
ーーまずは自己紹介をお願いします。
FiberCraze株式会社CEOの長曽我部竣也です。会社は2021年9月末に設立しまして、学生起業という形になります。今は岐阜大学の大学院にも在籍し、修士2年目になりますが、昨年は大学院を休学し、起業にフルコミットしていました。研究においては、高分子材料を扱う研究室に所属し、FiberCrazeのコア技術となる物性評価の研究をしています。
(画像提供:FiberCraze)
ーー起業した経緯について教えて下さい。
研究室に入ったときに、今のコア技術にすごく大きな可能性を感じたのが始まりです。同時に、20年以上研究されてきた技術であるにもかかわらずまだ製品として世の中に出ていない現状を目の当たりにし、実装して社会に出したい、ビジネスとして進めていきたいと思ったのが、事業化および起業のきっかけです。
ーー事業内容について教えてください。
高分子材料、プラスチック関係を扱う材料を開発していますが、その中でも特に高機能性素材という分野に特化し、繊維だけではなくフィルム材料も扱っています。
我々の材料は多孔素材と言われ、ナノメートルサイズの穴が空いている構造を活用して膜としてフィルムに使えます。例えば、水を通さないけれども油を通す性質であったり、ウイルスや細菌が通らない性質であったり、そういったものを分離するような膜やフィルターに使うことができます。
繊維の場合ですと、機能性繊維という分野が今特に注目されています。例えば防虫、保湿、消臭、抗菌などあらゆる機能を後加工で繊維やフィルムに付与することができます。我々の独自の技術を使って高機能性素材というものを開発しています。
繊維にナノサイズの穴をあける「穴あき加工」技術
ーー機能性繊維は今特に注目されていますが、繊維に成分を閉じ込める技術について、世界や日本におけるトレンドはどのようなものがありますか。
昨今のコロナ禍においては、やはり抗ウイルスの機能はどこでも求められています。国内でも、抗ウイルス、消臭、抗菌機能を持つ繊維も多くなっています。そのほかにも東南アジアやアフリカで多く発生しているデング熱やマラリアなどの媒介虫による感染症を防ぐために、衣類に防虫機能を持った素材も盛んに開発が行われ、グローバル市場でさまざまな新しい素材が出てきています。
基本的に機能性付与には三つの加工方法があります。まずは、繊維素材自体の表面に塗布するコーティング技術です。二つ目は、繊維を作るときに必要な成分と混ぜる練り込み加工です。三つ目は、必要な成分をカプセル状にし、表面にくっつけるようなマイクロカプセルという加工技術です。上記の技術を使って先ほどの抗菌、抗ウイルス、防虫などの機能素材を開発するのが今のトレンドです。しかし、それぞれの加工方法には課題があり、弊社の技術はそれらを解決します。
(画像提供:FiberCraze)
ーー貴社独自の技術について教えてください。
我々の技術は「穴あき加工」と呼び、基本原理を日常的な例で説明すると、下敷きを曲げたときに曲げた部分が白くなる現象、いわゆる白化です。それが我々のコア技術の基礎となっています。見た目は白くなるだけですが、顕微鏡で見ると亀裂が入っているような形が見えます。これに着目したのが基礎研究の始まりで、亀裂の具合をコントロールし、ナノサイズの穴を作る技術になります。
(画像提供:FiberCraze)
ーー技術の優位性、独自性についてご説明いただけますか?
機能性をつける点においては大きく三つの優位性を強調しています。
一つ目は、豊富な機能性を後加工で付与できる事です。防虫、抗菌、防湿などの機能成分をナノサイズの穴に入れる際、物理的にその穴に入っていけば機能性が付けられるところは、既存の技術とは異なる原理です。
二つ目は、成分の含有量です。ラボの実験データによると、既存のコーティング技術等と比べて4倍以上の含有量は確認できています。また成分によって、相性がいいものですと10倍程度の含有量を確認したものもあります。含有性に依存して、効果や耐久性も違いが出てくるというところも特徴です。
三つ目は、何度も機能を付与できることです。成分を閉じ込めたあとにそれが蒸発したら、また穴が開いた状態に戻るので、何度も機能(成分)を再付与できます。素材の劣化がない限りは、何度も再付与してまた使っていただける点は他の技術にはできない独自性です。
ーーナノサイズの穴を開ける仕組みもしくは方法を教えてください
我々の独自の機械を使って穴を開けていきます。基本的な原理は先ほどもご説明した通りで、下敷きを曲げるような形で材料を少し引っ張りながら力を加えることで、ナノサイズの穴を開けます。材料によって条件を変えるので、引っ張る力の大きさなど、さまざまなパラメータがあります。それを材料ごとに最適化して穴を開けていく処理をしています。
また、空けた穴を開いたり閉じたりすることができます。開く場合は、物理的に言えば材料を引っ張ることによって穴が拡張されます。閉じる場合は、特殊な処理を施すことで穴が閉じます。
(画像提供:FiberCraze)
ーーどのようにものを閉じ込めるのですか?
特定の成分を閉じ込める場合は、まず液体成分をその材料に浸けることで浸透させていきます。専門用語を使うと毛細管現象の原理で、成分が浸透していくイメージです。例えば、スポンジを液体に入れるとスッとその液体を吸着しますが、それと同じ形で穴にも入っていく原理です。閉じ込めるのは穴を閉じる操作をすることで閉じ込めます。
ーー閉じ込める成分の放出量の調整はできますか?その仕組みも教えてください。
放出は基本的にはその成分自身の揮発性に依存します。例えば、アロマなど香りの成分は揮発性が高く、すぐに飛んでいきます。一方で、揮発しにくい成分であればより長く閉じ込めておくことができます。さらに、穴を閉じる処理をする際に閉じ具合を調整することで、揮発性の高いものであっても出にくいように調整可能です。
(画像提供:FiberCraze)
ーー耐久度について教えてください。例えば、繊維に開けられた穴は洗濯や着用につれてどんどん大きくなりますか?
洗濯によって基本的に落ちることはないです。ナノサイズの穴は水を通さないので、洗濯によって洗い流されることはありません。耐久性はよく聞かれますが、穴が開いていることで繊維の強度が低下する事はなく、他の材料と同じく生地を編んだり、服を作ったりすることができます。着用によって穴が広がってしまう可能性も低いです。あまりにも大きな力を加えてしまうと、一般的なものと同じように伸びてしまったりしますが、そこまで大きな力を加えなければ変化はないです。
日常利用される「素材インフラ」を目指して
ーー現時点で一番重点を置いている製品は何ですか?
特に力を入れている分野は、ヘルスケアと農業関係になります。
ヘルスケアについては、「着る化粧品」というコンセプトで製品開発をしています。乾燥肌の悩みを解決したいと思い、化粧水や化粧クリームなど液体状のものを塗る以外にも肌の保湿ができるインナーや手袋などのアイデアの実現に向けて進んでいます。昨今のコロナ禍で、不織布のマスクによる肌荒れに悩んでいる方が多い中、肌荒れしにくい繊維を活用した製品の開発も進んでいます。
農業に関しては、特に害虫の被害が大きい葉物と果物農家に向けた防虫ネットを作っています。特殊加工を施し、1本1本の糸に防虫機能を持った防虫ネットを開発していて、害虫から作物を守ることを目指しています。
弊社の技術はアプリケーションが非常に広く、競合製品もそれぞれ領域によって異なるので、応用する業界や顧客を深く理解した適切なパートナーを選定することは非常に大切だと考えています。少しでも興味がある企業様がいらっしゃれば、ご連絡いただけると嬉しいです。
(画像提供:FiberCraze)
ーー海外展開は視野にいれていますか?
まずは東南アジアやアフリカを中心に海外展開を考えています。そもそも防虫の服でデング熱やマラリアの有効なソリューションを作りたいと思ったのが最初のきっかけだったので、できるだけ早くそういった地域に展開できるように開発を進めたいなと思います。また、全世界に共通する肌荒れや抗ウイルスなどのニーズも存在するので、そこは海外の適切なパートナーと組みながら進出していきたいです。
ーー今後のビジョンをお聞かせください。
設立当初から掲げているのは素材インフラとして、皆さんが着ている服や使っている素材の中に、我々の素材が組み込まれているような世界です。ベンチマークとしては「GORE-TEX」を挙げています。産業の課題解決に貢献したり、生活を豊かにする補助的な役割をこの素材で担っていきたいと考えています。高機能素材という分野で様々な機能を発揮し、素材として全世界に広げられるようなものを作っていきたいというのが今考えているビジョンです。
ーーPlug and Play Japanのアクセラレータープログラムに参加時に、期待していたことはなんですか?
参加したきっかけは、自分たちがやっているプロジェクト以外の分野でも有用性を検証してみたいなと思ったことです。ヘルスケアと農業分野に偏っていたので、48社の企業パートナーさんと幅広く技術を転用できる分野を検証していく良い機会だと思いました。協業パートナーの獲得はもちろんですが、ディープテックスタートアップにとっては、応用分野の探索や拡大などにもPlug and Playのプログラムは活用できると思います。
ーープログラムに参加してよかったと思ったことはありますか?
良かったものは、多様な分野の企業さんとディスカッションができるところと、事業戦略のブラッシュアップです。New Materials分野の企業パートナー以外でも、Cross Vertical(クロスバーティカル)*で色々な分野の企業の意思決定者に提案を持ちかけたり、企業パートナー側からリクエストいただけた点から、得意領域だけでない幅広い分野の検討という意味ではすごくいいプログラムだったと思います。加えて社内の事業戦略に関しては、協業や共同開発、共同研究という形で何かしら企業さんと組むことが多いので、その際の契約書の締結やスキームの組み方の部分をブラッシュアップしていただく機会が2回ほどありました。専門家の方から率直にフィードバックをいただけて、すぐに活かせそうな部分もあったので、それもすごく良かったと思います。
*Cross Vertical: Plug and Playでは「Vertical(バーティカル)」とよばれる業界テーマごとにアクセラレータープログラムを実施しているが、Cross Verticalでは企業パートナーとスタートアップそれぞれが、所属するVertical以外の企業と面談する機会が設けられる。自社の注力領域とは異なる分野の技術探索や、将来的に関係構築を行いたい相手との初回面談機会として利用されている。
ーーこれから起業を検討されている研究者、院生やサイエンス系の人に向けてメッセージがあればお聞かせください。
自分も研究者なのでわかりますが、学術と産業の間はものすごく乖離があります。研究者の観点ではどうしても技術ドリブンで考えがちです。しかし、ニーズに合う製品でなかったら、いい技術だとしても活かせられないし求められないので、お客様に足を運んでニーズを聞く事は大事です。私たちもまだ道半ばですが、技術を売るのではなく、ソリューション(解決策)を提案することは意識していました。実際に、防虫ネット向けの製品では何度も農家さんに足を運び、害虫の被害について現場の声に耳を傾けました。研究している側で産業にも力を入れている人はまだまだ少数だと思うので、ビジネスに少しでも興味があれば、そこを担うのは大変価値のあることだと思います。基礎研究を社会実装したいという人が増えれば、日本の国力も絶対に上がります。何度も失敗することは研究でも商品開発でも同じだと思うので、研究者の人はその胆力を持たれているはずだと思っています。