成果を出すイノベーションとは ー大企業イノベーションの勝ち筋
2025/12/11
大企業にとって、イノベーションの創出は持続的成長のための最重要課題です。しかし、多くの「オープンイノベーション」の試みがPoC(概念実証)止まりとなり、「成果」に結びつかないケースも少なくない状況です。イノベーションを「絵に描いた餅」で終わらせないためには、何が必要なのでしょうか。
本記事では、金融、製造、ITなど各界のトップランナーである、日本電気(NEC)の瓜生英敏氏、ベンチャークライアントの木村将之氏、みずほフィナンシャルグループの中馬和彦氏が登壇したJapan Summit2025のセッション内容を記事としてお届けします。「先読みのための網の張り方」「成果直結型の課題ドリブン」「M&Aと事業創出」など、イノベーションを「事業の柱」に育てるためのリアルな戦略と勝ち筋を探ります。
スピーカー
- 瓜生 英敏 氏: 日本電気株式会社 コーポレートアライアンス統括部 Chief Investment Officer
- 木村 将之 氏: 株式会社ベンチャークライアント 代表取締役CEO
- 中馬 和彦 氏: 株式会社みずほフィナンシャルグループ 執行役員 CBDO
- 内木 遼(モデレーター): Plug and Play Japan株式会社 執行役員 COO
大企業におけるオープンイノベーションの成功要因
内木(モデレーター):
まず中馬さんにお伺いしたいのですが、長らく日本のオープンイノベーション界のトップランナーとしてご活躍されてきた中で、前職KDDIでの成功要因は何だったのでしょうか。また、その経験を現在のみずほフィナンシャルグループで、どのように再現性のある形で活かしていらっしゃいますか。
中馬氏:
大企業のイノベーションにはさまざまなやり方があると思いますが、私が最も気にしていたのは「とにかく先読み」です。世の中の動きに先んじるためには、いかに外部のトレンドをタイムリーに取り込めるかが鍵になります。
そのために、世の中の動きを幅広く捉えるための「網」を張ることを徹底しました。具体的には、CVCを通じて世界中のスタートアップに数多くマイノリティ投資を行ったり、あらゆる業界の大企業の方々にお集まりいただき、業界横断的に課題やニーズを把握したりといったアプローチです。これにより結果的に未来を先読みし、メタバースやWeb3のような領域から、直近のローソンのようなリテール事業まで、幅広い事業を「群戦略」のように創出してきました。
今、みずほに移り、金融というコンテクストではありますが、基本的には同じメソッドを適用しようとしています。金融機関はスタートアップへの融資などを通じて、実は多くの企業と既に関係があります。LP投資も世界中に数多く行っています。しかし、これらはまだフィナンシャルな関係に留まっており、世の中の動きを読むための「レーダー」としては活用されていませんでした。この既存のネットワークを再構築し、アップデートすることで、比較的早くイノベーションを立ち上げられるのではないかと感じています。

内木(モデレーター):
なるほど。通信業界で培われたモデルを、金融のビジネスモデルにもうまく適用できるということですね。
中馬氏:
はい。オープンイノベーションは外部と組んで新しいものをいち早く作っていく手法です。事業への関与の仕方は通信と金融で多少異なりますが、基本的なやり方は同じで良いと考えています。
内木(モデレーター):
外部から技術やビジネスモデルを取り込むという点では、木村さんが手掛ける「ベンチャークライアントモデル」の真髄がそこにあるかと思います。どのような取り組みで、どんな成功事例があるのか、ご紹介いただけますか。
木村氏:
ベンチャークライアントモデルは「成果を出すこと」に特化したイノベーション手法で、5つのステップから成り立っています。
- 課題の特定: まず、取り組むべきテーマ(ネタ)が本当に価値あるものか、慎重に見極めます。
- スタートアップ選定: 次に、その課題を解決できる「世界で一番良い」スタートアップを選び出します。
- PoC(概念実証): すぐに複雑な交渉に入るのではなく、まずはシンプルにそのスタートアップの技術を使ってみます。
- パイロット導入: 限定的な範囲で試して、結果が良ければ本格導入を検討します。
- 本格導入
このプロセスは再現性が非常に高いのが特徴です。元々はBMW社で生まれた手法で、彼らもコネクテッド、自動運転、シェアリング、EVといった自動車業界の大変革期に、自社だけでは対応しきれない課題をスタートアップとの協業で解決するためにこの手法を編み出しました。
日本では、富士通様、沖電気様、日鉄ソリューションズ様、そしてあおぞら銀行様など、約10社でこのモデルの導入をお手伝いしています。「自社の課題解決」と「スタートアップの成長」を両立させ、大企業もスタートアップも幸せになるイノベーションの世界観を作れたらと考えています。
内木(モデレーター):
そのメソッドは、現在関わっていらっしゃるSOMPOグループではどのように運用されているのでしょうか?
木村氏:
SOMPOグループとは10年前から、シリコンバレーのラボ立ち上げに外部から携わってきました。イノベーションで有名なSOMPOですが、実は苦労した時期もあります。かつて、積極的にスタートアップのソリューションを導入したものの、本社が抱える本質的な課題とフィットせず、PoC(概念実証)を大量に実施するだけの期間がありました。
これを解決するために導入したのが「課題ドリブン」という考え方です。つまり、「自社の課題をしっかり解決できる、意義のあるスタートアップと組むべきだ」ということです。現在、私はシリコンバレーラボのメンバーにもなり、現地の優れたスタートアップを「スタートアップ起点」ではなく、この「課題ドリブン」のアプローチ、つまりベンチャークライアントモデルを用いて日本に繋いでいく役割を担っています。
M&A、協業、投資の使い分け
内木(モデレーター):
では瓜生さんにお伺いします。M&Aのスペシャリストでいらっしゃいますが、NECの全社戦略の中で、M&Aはどのように位置づけられているのでしょうか?
瓜生氏:
私は比較的大規模なM&Aを中心に手掛けてきたので、今日のイノベーションというテーマにどこまでフィットするか分かりませんが、NECでは大規模と小規模の両方のアプローチを取っています。
大規模なもので言うと、NECという会社に大きなインパクトを与えるような重要技術を外部から獲得する必要があるという議論が各事業部で行われています。しかし、現場は日々の業務に追われがちです。そこに我々が入り、「この技術を獲得すれば、事業はもっと大きく伸びるのではないか」と働きかけるのが一つの役割です。結局、課題やニーズが明確でなければM&Aはできません。それをクリアにした上で、どんな会社が候補になるのか、本当に買収がベストな選択なのかを突き詰めていきます。
もう一つが、先ほど「先見」という話がありましたが、NECでは「NEC X」という組織をシリコンバレーに構え、インキュベーション活動を行っています。これは課題を特定して突き進むのとは真逆のアプローチです。現地の起業家たちに集まってもらい、NECの技術も活用しながら、我々が伴走して新しい会社を立ち上げていきます。自分たちだけで分かることには限界があるという認識のもと、より広い視野を持つ起業家たちと一緒にまず事業をスタートさせ、成長した暁にはNECに取り込んでいきたい、という目的で取り組んでいます。

内木(モデレーター):
「課題/ニーズドリブン」と、ある種の「セレンディピティ」を狙う、網を張るアプローチの両面ですね。これは中馬さんのお話にも通じますね。
中馬氏:
そうですね。結局、自前主義でやっていて限界が来ているからこそ、こうしたアプローチが必要になるわけです。グローバルのトップ企業がM&Aで成長している現実の中で、我々がグローバルで勝つためには、同じような速度感で新しいものを取り込んでいかなければならない。これはもう大命題だと思います。
「世界一のスタートアップ」の見つけ方
内木(モデレーター):
皆さんのお話に共通していたのが「課題ドリブン」と、それに刺さる「世界で一番良い」スタートアップを見つけてくるという点ですが、この「目利き」は非常に苦労される点だと思います。どのように工夫されているのでしょうか。
木村氏:
スタートアップの情報は、今や透明性が非常に高くなっています。超ステルスな企業を除けば、専門のデータベースにほとんどの情報が載っています。ですから、まずは自分たちの課題を特定し、その上でデータベースから世界中の関連スタートアップをリストアップし、比較検討します。
ただし、データベースだけで完結しない部分もあります。それは、まだ世に出ていない、現場に眠っている本当に良い情報です。我々の場合は、シリコンバレーの現地ラボが一流のネットワークに入り込み、そこから探索して情報を補完するという形で補っています。
中馬氏:
僕は探したことがないんです。「探さない」ポリシーでして。オープンイノベーションは自分たちに“ない”ものを求める活動ですよね。でも「探す」という行為は、自分の物差しで探しているから、結局自分の身の丈を超えるものは見つからないんですよ。
だから僕は「出会う」という感覚を大事にしています。領域は決めません。世の中でエキサイティングで盛り上がっているものがあれば、とりあえず会ってみる。面白い人がいれば、世界中に似たようなことをやっている人が必ずいるので、徹底的に比較する。気になったらまず一社にマイノリティ出資をして、インサイダーとして中から見てみる。そこが面白ければ、さらにその周辺にもう一つ投資してみる。点だった星屑が、少しずつ光を増して星座になっていくように、全体像が大きく見えてきたところで「じゃあ、ここを事業にしよう」と決める。そういう「受け身」のアプローチです。
木村氏:
中馬さんと私のアプローチは、聞いている方には違うように聞こえるかもしれませんが、実は同じことをやっています。ベンチャークライアントモデルの最初のステップは「大きなネタを掴む(課題の特定)」ですが、多くの企業で問題になるのが「良い課題が出てこない」ことなんです。改善が得意な日本では、どうしても目の前の小さな課題になりがちです。
そこで我々が補完的に行っているのが「インテリジェンス活動」です。これは、世界中のスタートアップを俯瞰して「面白い領域はどこか」「大きな事業ネタはどこにあるか」を特定する活動です。それで領域を決めたら、改めて深く掘り下げていく。ですから、アプローチは違えど、やっていることは中馬さんと同じだと思います。

中馬氏:
大企業の新規事業提案でよくあるのが、どこかのコンサルが作った資料をそのまま発表しているようなケースです。新規事業は不確実性が高いのに、「とりあえずヘルスケア」といった安易な選択をする企業も多い。それではうまくいくはずがありません。いかに手数を打ち、自分たちならではの道を複数見つけられるかが非常に重要です。
瓜生氏:
お二人の話を聞いて痛感するのは、やはり「世界の広い課題を見に行く」ことの重要性ですね。我々がそれをしっかりできているかというと、考えさせられる部分はあります。ただ、我々が大事にしているのは「まず使ってみる」ということです。M&Aにせよ協業にせよ、最終的にお客様に提供するのは我々です。自分たちで使ってみて「これは最高だ」と思えないものは、絶対に提供できません。買収などの判断の前には、必ずこのステップを踏むようにしています。
イノベーションを「事業の柱」に育てるには
内木(モデレーター):
日本のスタートアップや大企業の新規事業は、なかなかスケールしないという課題感があります。オープンイノベーションを、どうすれば本当に「事業の柱」に育てていけるのでしょうか
中馬氏:
新規事業というと、「スタートアップに会う → PoCをやる → CVCで投資する → M&A」という一本道を考えがちですが、このパターンで成功した話を私はあまり知りません。
特定のスタートアップ1社との協業やM&Aだけで、大企業における「事業」と呼べる規模にはなりません。そうではなく、「この領域で事業を創る」と決めたら、その領域に対して複数の弾を最低でも2〜3社、できれば5社程度打ち込み、その総和をもって事業を立ち上げるという考え方が必要です。だから私は最近、「事業開発」ではなく「事業領域開発」と呼ぶようにしています。
木村氏:
おっしゃる通りです。ベンチャークライアントモデルでも、新規事業を創出する際は、足りないピース(ミッシングピース)を外部から補うという考え方をします。iPhoneが良い例で、ハードウェアの基幹部品は自社や既存サプライヤーで作り込み、顔認証やワイヤレス充電といった差別化技術をスタートアップの買収で補っています。本業を加速させたり、明確な差別化に繋がる技術を外部から取り込む、というパターンが新規事業では多く見られます。
瓜生氏:
中馬さんのお話の繰り返しになりますが、1社だけ買収してきても何も変わりません。もう少し長い目で見て、どのピースをどうはめ込んでいくのか、という全体像を考える必要があります。当然、相手がいる話なので、優先順位をつけながら、戦略的に複数のピースを組み合わせていくことになります。
内木(モデレーター):
スタートアップとの協業から、M&Aのような大きな事業に繋げていくにはどうすれば良いのでしょうか?
中馬氏:
小さな会社を複数買収して大きくする「ロールアップ」も一つの手ですが、やはり事業の核となる、ある程度大きなサイズの「センターピン」は必要です。
ただ、きっかけを与えるのはスタートアップだと思っています。面白い技術や新しいアイデアの種火は彼らが持っています。我々大企業がゼロから考えてうまくいくことなんてほとんどありません。まずは彼らを応援しながらマーケットへの理解を深め、どのタイミングで、何を武器にその市場を獲りに行くか、という大きな戦略をデザインする。全くの素人が未経験の市場に参入するのは無謀です。自分たちにとっては新規でも、世の中では既存の市場であるならば、そこにいるプレイヤーを巻き込んでいくことも含めて、トータルで戦略を考えるべきです。
未来のイノベーションに向けて
内木(モデレーター):
最後に、今後5年、10年先を見据えた時、日本で大きなイノベーションを起こすためには、どのようなアプローチが必要だとお考えですか?
中馬氏:
私はKDDIからみずほに移り、外からアドバイスしていた時と中で実践する時の違いを痛感しました。それは「OSが違う」ということです。私が持ち込んだアプリケーションである手法は普遍的なものかもしれませんが、OSが違えばアプリは動きません。
会社ごとにカルチャーや人事・評価制度といった固有の「OS」があります。外部から新しい分子、つまりスタートアップや人材を取り込むということは、彼らが共存できるOSになっているかどうかが問われます。今、大企業のイノベーションに最も必要なのは、多様な環境に対応できるOSへのアップデートだと思います。
木村氏:
OSの話が出たので、私はプロセス的な話をします。重要なのは「領域の選定」と「ネタの選別」です。ある会社で「これが課題だ」と140個のテーマが挙がってきましたが、経済性・緊急性・実現可能性という3つの軸で精査した結果、残ったのはたったの2件でした。つまり、元々成功するはずのない138個のテーマにリソースを割こうとしていたわけです。
インパクトが出やすい領域をインテリジェンス活動で見つけ出し、その上で取り組むべきネタを徹底的に選別する。このプロセスを強くお勧めしたいです。
瓜生氏:
OS、プロセスと来たので、私は最後は精神論かなと。結局、「成長したい」という飽くなき欲求がなければ何も始まりません。その強い意志があれば、OSもプロセスも変わっていくはずです。「絶対に売上を成長させる。事業に関わる人を増やす。そしてその人たちを幸せにするんだ」という固い決意があれば、イノベーションは必ず成功すると信じています。
内木(モデレーター):
皆様、熱いお話をありがとうございました。
