雪印・UCC・アサヒのトップランナーが実例をもとに明かすFoodtechのオープンイノベーション「勝ち筋」と「落とし穴」- 業界大手が考える日本におけるFoodtechイノベーション戦略
2025/12/11
大企業にとってオープンイノベーションは今や必須の経営戦略ですが、その成果を最大化するための「組織のあり方」は、各社が模索を続ける難題です。イノベーション推進部門は独立させるべきか、R&D部門に内包すべきか。既存の事業部門とどう連携し、新しいアイデアを事業化へと導くのか。
本セッションでは、日本の食品・飲料業界を牽引する雪印メグミルク、UCC上島珈琲、アサヒグループジャパンの3社からオープンイノベーションを牽引する方々が登壇。各社が採用する組織形態の狙いから、スタートアップとの協業における生の「成功事例(Good Practice)」と「失敗事例(Bad Practice)」、そして各社が見据える未来のゴールまで、大企業におけるイノベーション推進のリアルな実態に迫ります。
スピーカー
- 神 太郎 氏: 雪印メグミルク株式会社 未来づくり部
- 半澤 拓 氏: UCC上島珈琲株式会社 R&D本部 チームマネージャー
- 伊地知 匠 氏: アサヒグループジャパン株式会社 FCH部 Support Unit 主任
- 梅村 将斗(モデレーター): Plug and Play Japan株式会社, Manager,Food & Beverage
記事のハイライト
食品・飲料業界を牽引する雪印メグミルク、UCC上島珈琲、アサヒグループジャパンの担当者が、オープンイノベーション推進における組織体制と実務上の課題を詳細に解説いただきました。
- 組織形態は三者三様ですが、共通の成功要因は「既存事業部との連携」に集約されます。特に、「事業部の課題・ニーズを踏まえたボールを投げる」ことが、社内連携の成否を分ける鉄則と強調されています。
- また、失敗事例として「自社アセットなき領域での挑戦は、0に何をかけても0になる」という教訓や、曖昧な「課題の抽出・言語化」がプロジェクト頓挫を招くという実態が共有されました。
- 組織形態は三者三様ですが、共通の成功要因は「既存事業部との連携」に集約されます。特に、「事業部の課題・ニーズを踏まえたボールを投げる」ことが、社内連携の成否を分ける鉄則と強調されています。
オープンイノベーションを推進する組織体制と他部署連携

梅村(モデレーター):
オープンイノベーションを推進する上で、現在の組織形態や、他部署との繋がり方について、まず皆さまにお伺いできればと思いますがいかがでしょうか。
神氏(雪印メグミルク):
私が所属する「未来づくり部」は、組織としては独立して存在しています。私自身のバックグラウンドは研究開発ですが、未来づくり部は事業部などいくつかの部署から1名ずつアサインされて出来上がった組織です。
独立はしているものの、スタートアップとの対話や技術的な評価に関しては、我々のR&D部門である研究所とかなり密接に関わっており、技術の精査などを共同で行っています。
また、既存事業部のサポートも行っており、我々が得た情報を窓口として各部署に伝え、「何か一緒にできないか」という対話や取り組みの推進も行なっています。
梅村(モデレーター):
オープンイノベーションの文脈においては、未来づくり部が窓口となり、各事業部や必要な人材にパスしていくような組織体制ということですね。UCCさんはいかがでしょうか。
半澤氏(UCC):
我々も雪印メグミルクさんと似た体制ではありますが、基本的にはR&D部門だけでスタートアップとの協業探索を進めています。
その中で、研究開発や共同研究という文脈に当てはまらない、例えば生産系、マーケティング系、営業系といった案件については、関連する事業部門にお話を繋ぎ、何らかの取り組みに繋がらないか、という形で橋渡しをしています。
梅村(モデレーター):
R&D部門が直接オープンイノベーションを見ていらっしゃると、スタートアップが持つ技術の評価などは比較的スピーディーに行える印象があります。
半澤氏(UCC):
おっしゃる通り、取り組みの開始・着手まではスピーディーです。一方で、R&D部門だけで進めていると、どうしてもマンパワーが足りない部分が出てきます。本当はもっと多くの企業とご一緒したいのですが、リソースや予算の部分を吟味しながら進める必要があり、そこが難しい点ではあります。
梅村(モデレーター):
課題としては、やはり検証が終わった後の事業部との連携、ということですね。アサヒグループさんはいかがでしょうか。
伊地知氏(アサヒ):
まず背景として、アサヒグループジャパンという会社自体が2021年に設立されました。それまではアサヒビール、アサヒ飲料、アサヒグループ食品といった事業会社が縦割りで、なかなか連携ができないという課題がありました。
私の所属部署であるFCH部は新規事業を担当しており、既存事業との連携はもちろんのこと、部署内で行っている自社開発プロジェクトとオープンイノベーションをどう連携させるか、といった点にも取り組んでいます。
我々は主にビジネスサイドですので、技術の評価については、アサヒクオリティ&イノベーションズという別の研究開発会社と連携しながら行っています。
梅村(モデレーター):
事業部ごとというよりは、事業会社ごとにセクターが分かれているのですね。アサヒグループジャパンとして新たに立ち上げる事業と、各事業会社にパスする案件は、どのように切り分けていらっしゃるのでしょうか。
伊地知氏(アサヒ):
そこの整理は、まさに行っている最中です。
基本的な考え方として、各事業会社は「新規チャネル開発」のように、既存事業の延長線上で新しい取り組みを行うことが主となります。我々アサヒグループジャパンは、そこから一歩踏み込んだ新しい商品・プロダクトの開発に取り組んでいる、という棲み分けになるかと思います。Japan Summit 2025で実施に展示している酵母ミルク「LIKE MILK」などはまさにその一例です。

オープンイノベーションの現場から学ぶ、成功要因と頓挫要因
梅村(モデレーター):
実際にオープンイノベーションを推進されている皆様から、活動の実績について伺いたいと思います。成功事例(Good Practice)、失敗事例(Bad Practice)について、可能な範囲でお伺いできますでしょうか。
半澤氏(UCC):
Good Practice としては、まだ共同研究段階のものが多く、世に出せている事例が少ない状況です。その中で最近ニュースにもさせていただいたのですが、トヨタ様の「ウーブン・シティ」にて、我々の「上島珈琲店」業態のカフェを出店し、実証実験を行っていく取り組みを始めました。
これは、R&D部門だけでなく、事業開発部門や店舗運営部門など、社内の様々な力が参画して実現できた、非常に良い事例だと考えています。やはり社内連携は本当に大事だと痛感しました。
「これは失敗だったな」と思うのは、自社に全くアセットのない領域で新しいことに取り組もうとしたケースです。結局、「0(ゼロ)に何をかけても0にしかならない」ということを痛感しました。やはり、まずは自分たちの既存事業やその強みをしっかり理解し、その上でうまく広げていくという事業開発的な考え方が大事だと感じました。

梅村(モデレーター):
トヨタ様の例は、スタートアップ連携に留まらず、大企業同士の協業や社内技術の活用といった、広義のオープンイノベーションとして非常に良い事例ですね。
続きまして、伊地知さんはいかがでしょうか。
伊地知氏(アサヒ):
Bad Practice としては、「社内の事業部にボールを取ってもらえない」という課題がありました。
私は大学まで野球をやっていたのですが、例えばダブルプレーを取りたい時、次のプレイヤーが送球しやすいボールを投げる必要があります。自分が気持ちいいボールを投げても意味がありません。
それと同じで、我々が「このスタートアップは面白い」と思い、連携の仮説を立ててボールを投げても、そのボールが相手となる事業部の課題やニーズを踏まえたものでないと、なかなかキャッチしてもらえない、ということがありました。
Good Practice としては、まずクイックウィンを作るために、特定の部門と深く関わる必要があると考え、今年の1月からアサヒビールの新規事業部と連携を始めました。
具体的には、彼らの定例ミーティングに参加させてもらい、スタートアップ連携のミーティングも共同で行うなど、「チームの一員」として一緒に動くことで、より深く課題やニーズを理解できるようになりました。その結果、直近では新規事業創出のための調査において、外部連携の事例がいくつか出てきています。
梅村(モデレーター):
社内であれ社外であれ、「いかに懐に入っていけるか」というのは、人と人との繋がりが重要なこの世界において、非常に大事なポイントですね。神さんはいかがでしょうか。
神氏(雪印メグミルク):
私たちの部署はまだ設立1年半ですので、正直なところ、GoodもBadも事例がそこまで積み上がっていません。
その中でご紹介できる Good Practice としては、日本のスタートアップである「バッカスバイオイノベーション」さんへの出資があります。これは、我々が既存事業として抱える乳酸菌などの領域をより強くしたい、というニーズと、彼らの持つバイオテクノロジーが合致しました。R&D部門と一緒に技術精査を進め、タイミングも合ったため出資に至りました。
Bad Practice は、具体的な事例ではありませんが、我々側の課題設定が曖昧だったケースです。
新規事業をやりたいという思いはあるものの、明確な課題を立てるのが難しく、漠然とした課題感のままスタートアップの方とお話を進めたことがありました。そうすると、入口は少し進んでも、その後必ず頓挫してしまいます。相手方というより、我々自身の「課題の抽出・言語化」が不足していたことが原因だと考えています。

梅村(モデレーター):
皆さまありがとうございました。三者三様のプラクティスを伺いましたが、オープンイノベーションにおいては、失敗を恐れて何もしないことが一番の失敗です。皆様のお話のように、活動を進めた結果「こういう課題が出た」「ここが我々の弱点だと分かった」という知見を得られたこと自体が、非常に重要だと感じました。
新規事業における定量的目標設定と中長期ビジョン
梅村(モデレーター):
新規事業においては、各社それぞれ「いつまでに、どれくらいの規模を」という狙いがあるかと思います。皆様が設定されているゴールについてお伺いできますでしょうか。
神氏(雪印メグミルク):
雪印メグミルクは100周年にあたり、50年先を見据えた「未来ビジョンプロジェクト」を立ち上げました。その中で経営計画として「ネクストデザイン2030」を策定し、会社全体で動いています。
我々の部署としては、2030年までに2桁億円の利益を達成できるような新たな事業を作り出すことを目標に、皆様のご協力もいただきながら進めているところです。
半澤氏(UCC):
UCCの長期的なビジョンとしては、コーヒー業界で言われる「2050年問題」(環境変動によりコーヒー豆の収穫量が半減する懸念)への対応があります。
個別の案件については、共同研究的なものが多いこともあり、まずは3年間でアウトプットを出すというロードマップを敷いて実施しています。もちろん、状況に応じて延長や中止の判断は都度行いますが、基本は3年が一つの目安です。収益化については、そのアウトプットが出てから詳細を詰めていくため、案件によりさまざまです。
伊地知氏(アサヒ):
アサヒグループでは、20年後には人口減少により国内の「胃袋の総量(市場規模)」が半分になってしまうのではないか、という強い危機感があります。
そのため、次世代の事業の柱となる事業創出を目標に掲げており、量的には10年後に1000億円規模を、どこかの領域・テーマで実現していきたいと考えています。
梅村(モデレーター):
「2030年までに2桁億円」「3年を目処にアウトプット」「10年後に1000億円」、三者三様のゴール設定を伺いました。
「同じ課題」を抱えるFoodTech業界へのメッセージ
梅村(モデレーター):
最後に皆様から会場へ一言ずつメッセージをお願いします。
伊地知氏(アサヒ):
オープンイノベーションについて、個人で取り組めることには限界があると考えています。大企業や大学などのアセットケイパビリティ(能力)をもっとオープンにし、協業しやすい環境を作っていかないと、イノベーションはなかなか推進できないと思います。我々もそうした環境づくりに貢献し、日本の明るい未来を作っていきたいです。
半澤氏(UCC):
この短い時間でも、お二人の話に「分かる」と頷くことが非常に多く、首が疲れたというのが正直な感想です。
それだけ食品・飲料企業は、扱っている商材が違っても同じような課題を抱えているのだと、この場でも実感しました。業界全体での盛り上がりや、同じ課題を抱えるメンバー同士で協働していけると良いなと思います。
神氏(雪印メグミルク):
スケールの小さい話になってしまうかもしれませんが、私は「食べる」ことは非常に大事だと思っています。美味しく食べるためには健康でなければならず、そのためにはそもそも食料が必要です。「食」は非常に幅広い産業と繋がれる領域です。ぜひ皆様と色々なことに一緒に取り組みたいと思っています。
