行政と連携して社会課題解決に取り組むスタートアップ5社
2025/03/28

高齢化、人手不足、子育て支援——行政が直面する課題は年々複雑化し、従来の住民サービスでは解決が難しくなっています。そんな中、行政とスタートアップが手を組み、新たな解決策を生み出す動きが加速しています。私たちの「くらし」に直結する部分で、スタートアップはどのように社会課題の解決を目指しているのでしょうか? 本記事では、より暮らしやすい地域の構築ならびに人々のウェルビーイングの向上を目指しているスタートアップ5社と、彼らと行政との連携が生み出す可能性についてご紹介します。
Chiyo Kamino
Content Marketing Associate
1. 行政とスタートアップが連携するベネフィット——より良い社会の実現に向けて
求められる変化への対応
近年、生活スタイルの多様化と個人化が進行し、従来の共同体(家族・地域・事業体)の結びつきが弱まっています。その中で、各自治体には弱体化したコミュニティの連帯を補完する役割が求められており、高齢者ケア、防災・減災対策、子育て支援、環境対応、地域経済活性化など、多岐にわたる課題が山積しています。特に少子高齢化の進行によって社会構造そのものが変わりつつあり、行政サービスのあり方も変革を迫られています。
一方で、AIやIoTなどのデジタル技術による課題解決の手法は増えており、行政手続きの効率化だけにとどまらず、多様な領域でその活用が期待されています。しかし多くの自治体にとって、これらの技術を独自に導入し運用するのは、予算や人的リソース、専門知識などの面で現実的に難しいのが現状です。
こうした状況の中で、スタートアップと行政の連携は、新たな解決策を生み出す有効な手段となりえます。スタートアップは革新的な技術やアイデアを持ち、スピード感をもって実証実験をおこなうことができます。一方、行政は公共サービスの管理者として、スタートアップが実証実験を行うためのフィールドを提供し、住民ニーズに即した形で技術の社会実装を後押しできます。このような連携によって、より魅力的で住みやすいまちづくりが実現し、地域住民のウェルビーイング(幸福度)の向上にもつながります。
スタートアップエコシステムとしての地域社会
スタートアップにとっても、行政との協業には大きなメリットがあります。行政機関との実証実験は、信頼性の高いデータを取得する貴重な機会となり、今後の事業展開において強力な実績となります。特に、日本特有の社会課題に対応するために自治体と連携しながらソリューションを開発することで、単独では得られない大規模なデータを活用でき、将来的には国内外の市場へ展開しやすくなります。
重要なのは、このような連携を単なる実証実験で終わらせるのではなく、行政の仕組みの中に組み込む形で社会実装につなげていくことです。実証実験段階では、技術やサービスが実際に機能するかを確認することが目的ですが、次のステップとして、本格的な導入に向けた準備が不可欠です。スタートアップ側も、実証実験の成果をもってサービスを改善し、地域社会に継続的に貢献していくことを初期段階から想定したうえで実証に臨むべきでしょう。
2. 行政との連携で社会にインパクトをもたらすスタートアップ5社
それでは、実際に行政が抱える課題をスタートアップはどのように解決しているのでしょうか?以下では、私たちひとりひとりが直面する暮らしの中の生活課題に着目し、より暮らしやすい社会の実現を目指して課題解決に取り組んでいるスタートアップ5社を紹介します。
1. Kids Public:24時間365日産婦人科医・小児科医・助産師に相談できるオンライン健康医療相談サービス

地方の過疎化と少子化が進む一方、遠隔地にあっても都心部と変わらず安心して子供を産み育てられる仕組みづくりが求められています。
株式会社Kids Publicは、24時間対応可能なオンライン医療相談サービス「産婦人科オンライン・小児科オンライン」を提供しています。このサービスには現役の産婦人科医、小児科医、助産師250名以上が参画し、妊娠、出産、子育てにまつわる不安解消を目指しています。同社のミッションは小児科医である創業者が医療現場で直面した課題感に根差しており、妊娠期から生まれた子供の思春期までの成育過程において、医療アクセスの地域格差をなくす包括的な健康支援に取り組んでいます。
(画像提供:株式会社Kids Public)
これまでに鹿児島県十島村、香川県琴平町等、全国182の自治体に導入実績があり、2024年時点での累計相談数は15万件を超えています。また、厚生労働省の研究にも参加しており、自治体でサービスが提供されることで、小児科医や産婦人科医、助産師を身近に感じる住民の割合が1.5〜1.7倍に増加することが示されました。これにより、医療アクセスの格差の是正に貢献していることが示されています。また、地方部のみではなく、都市部における妊娠、出産、子育ての不安の解消、孤立予防として、神奈川県横浜市等にも導入実績があります。横浜市では、同サービスが提供されることにより、産後うつのハイリスク者が2/3に減少するというエビデンスが出ています。2024年度は東京都が実施するキングサーモンプロジェクトの一環として、八丈町においてデバイスを用いたオンラインによる小児科診療の実証実験を実施しました。
2. オモテテ:女性の身体的・心理的負担を軽減する生理用品のインフラサービス

男女を問わず働きやすく性差別のない社会を目指して行政はさまざまな取り組みをおこなっていますが、スタートアップ側からそれまでの価値観を覆すようなアイデアをもって社会を変革しようという試みもあります。
オモテテ株式会社は、「生理が自己責任」とされる社会の課題に着目し、生理用品の自己管理を不要とするインフラの構築を目指しています。同社のサービス「unfre.(アンフリ)」は、利用者が必要なときに生理用品を取得できるよう、トイレの個室内に設置する生理用品のディスペンサーのサービスを開発しています。このサービスは、ディスペンサー、生理用品取得用のアプリ、補充スタッフ用のシステムで構成されており、生理用品を持ち歩く煩わしさや突然の生理に対する不安感を軽減し、外出先での安心感を提供しています。また経済的な理由で生理用品を入手しづらい人にとっても、このサービスを活用することで外出を諦めることなく、社会参加の制限が低減できると考えられます。
(画像提供:オモテテ株式会社)
同社は2025年に東京都が実施するキングサーモンプロジェクトの一環でTokyo Innovation Baseにおける実証実験を予定しているなど、公共施設を始めとしたさまざまな施設へのサービス導入を目指しています。またアプリ内の地図機能に、生理になる人に向けたサービス、特典、拠点/施設等の情報提供を行う予定です。同時に行政が保管・交換する防災備蓄の生理用品の有効活用や、生活保護者への案内を役所の窓口でおこなうなど、より多様な生理の悩み・女性支援の課題にアプローチする方法の展開が期待されています。
3. Magic Shields:転んだときに柔らかくなる床の新素材とセンサーの導入

日本の人口全体に占める65歳以上の高齢者の割合は2024年で29.3%と過去最高となっており、平均寿命も2023年時点で女性が87.14歳、男性が81.09歳と世界的に見ても長寿を誇ります。しかし、高齢に伴う運動能力・認知能力の低下によって、生活支援や介護が必要な人は2023年時点で全国で約780万人となっています。中でも転倒からの骨折は寝たきりやその後に続く認知症の原因となりやすく、高齢者が健康で長く自力で生活を営んでいくためには、生活の中に潜む転倒のリスクを減らすことが重要です。
株式会社Magic Shieldsは、高齢者の転倒リスクを低減する新素材「ころやわ®︎」を開発し、床やマットとして提供しています。通常の歩行時には床面が硬く安定しており、利用者は快適に歩行できます。転倒時には床面が凹むことで衝撃を吸収し、骨折や頭部外傷のリスクを軽減します。この革新的な素材は、600棟以上の医療機関や福祉施設で導入されています。
(画像提供:株式会社Magic Shields)
2021年〜2022年に実施した広島県立安芸津病院・広島市立広島市民病院を含む11病院230床における検証ではころやわの上での転倒回数193回に対して骨折回数はゼロという結果を出しています。世界12カ国でも利用が始まっており、高齢化社会先進国である日本発のテクノロジーとしてグローバル市場からも注目が集まっています。
4. SHIN4NY:眠気の感知ソリューションを運転手の安全管理に活用

豊かなくらしのためには物流や交通の利便性を維持する必要がありますが、労働人口の減少にともない、地域の公共交通の担い手のなり手不足と過重労働が課題となっています。この課題に対し、長期的には地域交通課題を解決できるスマートシティをデザインしていく必要がある一方で、目の前の課題とリスクに対する短期的なソリューションを導入していくことも重要です。
SHIN4NY株式会社は、発話音声から感情を可視化するシステムや人体発出電波の計測システムの開発を行っています。同社が提供する「Sleepy Meter」は声だけ5秒で2時間以内に眠気を感じるリスクを確率的に示すデータ分析技術です。開発のきっかけは、CEOの「未然に防げるはずの事故や健康リスクを声の力で減らしたい」という思いからでした。人間の声に含まれる感情や体調の情報を活かして、より安全で安心な社会を実現できるのではないかと考えました。特に、長時間運転や夜間作業など、眠気によるヒヤリハットが重大な事故やミスに直結する現場では、事前にリスクを検知し警告する仕組みが求められています。既存のデバイスやセンサーの多くは眠気が起こってから察知するのに対し、「Sleepy Meter」は声という自然なインターフェースを活用し、誰でも簡単に将来の眠気を予測できる点に大きな価値があります。
(画像提供:SHIN4NY株式会社)
同社は2025年に首都高速道路を走るドライバー212人の眠気を計測する実証実験をおこなうなど、自分では判断しづらい眠気のリスクを可視化することで、事故の減少や働く人々の健康管理支援を目指しています。
5. MamaWell:パーソナル助産師とヘルスデータによる妊婦のオンライン伴走型健康管理サービス

近年増加している妊婦の高齢化。それに伴う妊産婦の健康管理に対するニーズも高まっています。日本国内では切迫早産や妊娠糖尿病などのハイリスク妊娠が増加しているにもかかわらず、「妊婦は安静にすべき」という考え方が依然として根強く、妊婦の適切な身体活動が十分に普及していない現状があります。
株式会社MamaWellはこの問題を解消するため、デジタルヘルスを活用したデータの可視化と「パーソナル助産師」という人的専門性を組み合わせるハイブリッド型の支援をおこなっています。ウェアラブル端末を活用して、妊婦の心拍数や活動量などのバイタルデータをリアルタイムで収集・分析。各人専属の助産師が、定期的なオンライン面談で適切な運動や生活習慣のアドバイスを提供し、妊娠合併症のリスク低減を目指します。また、24時間対応のチャットサポートを通して妊産婦の不安や疑問に対して回答し、助産師による正しい情報へのアクセスをいつでも可能にします。
(画像提供:株式会社MamaWell)
同社は2025年に東京都が実施するキングサーモンプロジェクトの一環で、渋谷区と実証実験を開始します。区内在住の妊婦及びそのパートナーを対象に、妊娠期間から産後3ヶ月までパーソナル助産師による伴走型健康管理支援を受けることによる変化を検証予定です。健康への意識の向上と行動変容率、また妊娠合併症の発症率、妊婦の体重増加量などを測定することで、パーソナル助産師による個別支援の有効性を確認します。
まとめ
「スタートアップ創出元年」と呼ばれた2022年から3年、日本各地では日々さまざまな形でスタートアップ支援がおこなわれています。その中でも、実際にスタートアップのテクノロジーの社会実装に向けた行政との実証実験は、社会にインパクトを与えたいと考えるスタートアップにとって非常に重要なフィールドとなっています。
例として東京都が主催する「キングサーモンプロジェクト」では、スタートアップのプロダクトやサービスを都政の現場で実証し、さらに海外市場への展開をサポートすることで、グローバルに活躍する課題解決型の企業を育成しています。これまでに4期にわたり計13件のプロジェクトが実施され、2024年度には新たに9社のスタートアップが採択されました。
Plug and Playではこのように官公庁や自治体をはじめとした多くの公共セクターとの取り組みをおこなっており、国内スタートアップの海外展開支援や、国内スタートアップと自治体や企業との協業における実装支援に取り組んでいます。詳しい内容にご関心のある方は、ぜひ以下よりお問い合わせください。