農業バリューチェーンを改革する世界のアグリテックスタートアップ6社
2024/12/19
農業のバリューチェーンを変えるイノベーションとして、「アグリテック」と呼ばれる多様なテクノロジーが世界の農場で普及しつつあります。本記事では、バリューチェーンの各フェーズにおけるアグリテックの主要なソリューションとともに、注目すべきグローバルなスタートアップを6社紹介します。
(本記事は Plug and Play APACの記事をもとに翻訳・加筆修正しています)
(Photo by Keagan Henman on Unsplash)
Writer: Chiyo Kamino
Content Marketing Associate
アグリテックとは
1. アグリテックの定義
アグリテック(AgriTech)とは、「Agriculture(農業)」と「Technology(テクノロジー)」を組み合わせた用語です。日本では「アグテック」または「スマート農業」とも呼ばれており、効率的で持続可能な農業を実現するためのデジタル技術全般を指しています。アグリテックの主な領域としては、作物管理、収量予測、農作業の自動化、気候変動対策などがあげられます。アグリテックを導入することによって、これまで人間の知覚や経験によって担われていた判断や予測や取引をデータ主導型のシステムに置き換え、労働力やコストを削減できます。また、アグリテックを利用した農業資源(日光・土壌・水源)の最適化は、環境負荷軽減にもつながることから、世界的な食糧問題の解決方法のひとつとしても期待されています。
2. 農業バリューチェーンにおける変革の必要性
農業の生産効率向上は、地球規模での食糧安全保障、経済成長、そして環境維持の3つの面で重要です。世界人口が増加傾向にある中、より少ない資源でより多くの食糧を環境負荷を抑えつつ生産することが求められています。中でも、昨今の急激な気候変動に伴い、農家では栽培計画の見直しや育種の変更など、前例のない状況への対応が喫緊の課題となっています。
さらにアグリテックは、単に農業生産の最適化にとどまらず、流通や消費のあり方を根本から変革しつつあります。 以下では、アグリテックが影響を与えているバリューチェーンの各フェーズについて詳しく見ていきます。
農業バリューチェーンにおけるアグリテック
1. 生産管理
農業の中心である生産現場では、アグリテックの導入により農作業や生産方法そのものに大きな変化が起こっています。データとロボティクスを融合させることで、世界各地で農家はより効率的な作業を実現できるようになってきました。これは、伝統的な農法から、データ主導の精密農法への大きな転換と言えるでしょう。
生産管理フェーズにおけるアグリテックは、IoT(モノのインターネット)とデータ分析を活用して農作物の生産を最適化するソリューションが多くを占めます。「精密農業」と呼ばれるこのアプローチにより、農業資源のより精緻、かつ効率的な管理が可能になります。
- 衛星画像
空から畑を一望できる衛星技術により、作物の生長状態を把握し、問題のあるエリアを検知し、どこに手入れをすべきか判断することができます。リソース配分を最適化でき、生産コストと環境への影響が低減されます。またドローンを組み合わせることにより、詳細な地表データの取得や特定エリアの管理も可能になります。
- 自動ロボット
植え付けから収穫まで、幅広い機械や設備が自動化され、労働力を削減し生産性を向上させています。GPSやAI機能を備えたこれらの機械は、正確に作業を行うことはもちろん、リアルタイムデータを取得することで、作業計画の柔軟な調整を可能にします。
- [この分野の注目スタートアップ]
Aria(インドネシア)
Ariaは、Aria Agriculture Indonesiaは、IoTとビッグデータを活用し、農作物の収穫量と品質向上を目指すスタートアップです。同社は、ドローンを用いた農薬散布や肥料施用、農地の地図作成を行い、作物の栄養状態を解析するデジタルアグロノミスト機能を備えたIoT統合プラットフォームを提供しています。このプラットフォームでは、ビジュアル化されたデータをもとに実用的な情報を得られ、生産性の向上に寄与しています。
Mertani(インドネシア)
Mertaniは、IoT、センサー技術、ビッグデータ分析、そしてオートメーションを活用した精密農業のソリューションを提供しています。同社の主力製品「Airiプラットフォーム」は、従来の手作業によるデータ収集の非効率性を解決するため、土壌の状態(湿度、温度、光の強度、栄養状態など)をリアルタイムで収集・分析し、クラウド上で管理者に情報を提供します。さらに、水位を計測する自動灌漑システムにより、最適な水分供給を可能にします。
同社は主に農業企業を対象に、ハードウェア(センサー)とソフトウェア(データ分析・管理ツール)を組み合わせたB2Bモデルを展開しています。Mertaniの強みは、電力やインターネット環境が限定的な地方でも機能するIoT技術と、現場知識を統合したソリューションにあります。
2. サステナビリティ推進
世界的にサステナビリティ目標の達成が叫ばれる中、環境負荷の大きい従来型農業に替えて、再生型農業(リジェネラティブ農業)をはじめとする二酸化炭素排出量を削減するさまざまなソリューションが導入されています。再生型農業は、農業生態系全体の状態を改善し、土壌保全、持続可能性、生物多様性を向上させる手法として注目されています。
- AIと機械学習
AIは、気象条件、土壌の状態、過去の作物の生育状況といった膨大なデータを分析し、作物の生育に関する情報を提供します。また病害の発生を予測し、植え付け時期を推奨し、散水スケジュールを最適化することで、より効率的な農業経営を実現します。さらに、AIを活用したスマート農業では、リソースの最適配分や収量の最大化が可能となり、農家の利益向上にも貢献しています。
- IoTとデータ分析
データ分析ツールにより、農家は自らの経営から貴重な洞察を得ることができます。農作物の成長を追跡し、植物の健康状態を管理し、非効率な部分を特定することで、農家は生産プロセスを微調整し、より良い収穫を得ることも可能になります。また、リアルタイムのデータモニタリングにより、迅速な意思決定が可能となり、天候変動や市場の需要変化への対応力も向上します。
- [この分野の注目スタートアップ]
Transitry(シンガポール)
Transitryは、衛星技術を活用したデジタルMRV*(Measurement, Reporting and Verification:温室効果ガス排出量の測定・報告・検証)プラットフォームを提供しています。炭素排出量を可視化し、そのデータにもとづいてNbS(Nature based Solution:自然を基盤とした解決策)を提案し、持続可能な気候変動対策を可能にしています。企業や投資家向けにカーボンクレジットのライフサイクル管理やESGデータの分析を提供しており、気候変動に取り組むプロジェクトを効率化するB2Bサービスを展開しています。
Finres(フランス)
Finresは、気候データとAIを駆使した高度なアグロエコノミックモデルを提供しています。この技術は、天候予測、作物収量のモデリング、気候リスクの評価を可能にし、農家が気候変動に適応するためのデータを提供します。気候変動に伴う異常気象や高温化のリスクが高まる中、気候リスク評価と分析ツールを提供する同社のソリューションは、金融機関や保険会社の農業部門の投資決定担当者から注目されています。
3. サプライチェーン最適化
アグリテックが得意とする効率化は畑にとどまらず、収穫された作物が消費者に届くまでのサプライチェーン全体に及びます。リアルタイム追跡とトレーサビリティは現代のサプライチェーンに不可欠な要素となっており、農場から食卓までの行程における透明性を強化し、食品メーカーや消費者に安心を提供しています。
- トレーサビリティ
センサー、GPS技術、IoTデバイスを収穫された作物に組み込み、輸送中の農産物の位置、状態、取り扱いをモニタリングします。 リアルタイムモニタリングにより、製品が正確かつ丁寧に扱われていることが保証されます。 この機能は、製品の品質と鮮度を維持し、高品質な農産物を消費者に届ける上で不可欠な役割を果たします。消費者は、食品が生産地から食卓に並ぶまでの過程を安心して追跡することができます。 この透明性は、食品の安全性を証明するだけでなく、「購入する製品の原産地や品質管理状態を知りたい」という消費者のニーズに応えるものでもあります。
- 仲介業者の排除
アグリテックは、デジタルプラットフォームの普及を通じて、市場の拡大と農産物売買の変革を促しています。これにより、仲介業者の必要性が減少し、農家はオンライン市場を介して消費者、卸売業者、小売業者など、より幅広いネットワークに直接リーチできるようになりました。 これにより、新しい市場への参入やサプライチェーンの中断リスクの軽減、さらには従来の方法では難しかった取引先との交渉が可能になるなど、経済的なメリットが拡大する機会となっています。また、消費者も、地元や海外を問わずに多種多様な製品を生産者から直接購入できるようになり、コスト削減や取引の効率化が図られています。
- [この分野の注目スタートアップ]
ucrop.it (アルゼンチン)
ucrop.itは、農業サプライチェーンを透明化し、食料生産プロセス全体にわたる持続可能性を担保するプラットフォームです。同社は生産者が登録した作物の栽培情報を、ブロックチェーン技術を活用して暗号化し、農作物のライフサイクルデータとして記録します。この仕組みにより、生産過程の透明化が図られ、環境に配慮した農業を実践している証拠をを機密性高くバイヤーや消費者に提供することが可能です。
また、uCrop.itは、農家と食品メーカーやバイヤーを結びつけるマーケットプレイス型のモデルを採用しており、農家は持続可能性を示すデータを共有することで、バイヤーは環境に優しい農作物を選択できます。これにより、農家は持続可能性に貢献している証拠を示すことでプレミアム価格や補助金などのインセンティブを受け取れるほか、食品メーカーにとってもESGに対応する上で導入しやすいソリューションとなっています。
Agrellus(アメリカ)
Agrellusは、農業資材の効率的な調達を支援するオンラインプラットフォームを提供するスタートアップです。同社は肥料、種子、農薬などの価格を比較できるマーケットプレイスを展開し、農家と供給業者を直接つなぐことで、取引の透明性と信頼性を高めています。これにより、農家は地理的制約を超えて幅広い商品ラインアップから最適な商品を選択し、コスト削減を実現できます。一方で、供給業者にとっては新たな顧客基盤の拡大につながります。また、同社の価格比較機能や多様な資材カテゴリーの取り扱いが農家の利便性を向上させるとともに、コミュニティネットワークを形成し、農業分野のデジタル化を促進しています。収益モデルとしては取引ごとの手数料を採用しており、効率的かつ持続可能な取引プラットフォームとして成長を続けています。
Plug and Playが持つグローバルなスタートアップネットワーク
農家にとって、従来型農業からデータ主導型農業への移行には、未だに疑念や不安が伴っています。また、小規模農家にとっては初期導入コストの負担も懸念材料です。一方で、アグリテックのメリットが知られるにつれ、これらの障壁は解消されつつあり、多様なスタートアップが農業生産を変革しつつあります。
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