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生成AIが社会に与える影響とテクノロジーの進化

2023/10/30

生成AIはどう社会に変化をもたらすのか。生成AI業界の最前線にいる2社のスタートアップ、Recursive INCとStability AI Japan K.K. とともに、AIの進化の影響を深く掘り下げました。人間とAIの共存、革新的なビジネスモデル、将来の展望、来るべき社会の形成におけるテクノロジーの役割を探りました。

(この記事は、2023年9月15日に開催されたJapan Summit Summer/Fall 2023のパネルディスカッション『生成AIはどう社会に変化をもたらすのか』に基づき構成・編集しました)


ジェリー・チー Jerry Chi

Stability AI Japan株式会社 日本代表

Jerryは、日中韓英流暢な台湾系アメリカ人で、今年の1月にStability AIの日本支社を立ち上げました。2006年にスタンフォード大学工学部を、2012年にペンシルバニア大学ウォートン校を卒業しました。これまでに彼は、Google、Supercell、スマートニュース、Indeedでアナリティクスや機械学習関連の役職を経験してきました。また、起業家としての経験を活かし、様々なスタートアップのアドバイザーを勤めてきました。Jerryのパッションは生成AI及び機械学習のクリエイティブ分野への応用です。(写真左)


ティアゴ・ラマル Tiago Ramalho

株式会社Recursive Co-founder and CEO

ルートヴィヒ・マクシミリアン大学ミュンヘンにて、理論/数理物理学 修士号、生物物理学 博士号を取得。卒業後、Google DeepMindに入社。シニアリサーチエンジニアとして、強化学習、予測モデル、自己管理型学習など、最先端プロジェクトに従事しNatureなどの国際雑誌に多数の論文を発表。その後、多国籍AIスタートアップ、コージェントラボにリードリサーチサイエンティストとして入社し、来日。情報検索&質問回答、デザイン生成モデル、OCR、NLP等、様々なプロジェクトを推進。2020年8月、株式会社Recursiveを共同創業し代表取締役に就任。(写真右)


濱田 理沙 Risa Hamada

Plug and Play Japan株式会社 Ventures Analyst

コネチカット州出身。早稲田大学国際教養学部卒業後、住友商事にてエネルギー分野の新規事業開発/プロジェクト管理に従事。2019年にPlug and Play JapanのInsurtechチームへProgram Managerとして入社。アクセラレータープログラムを通じたスタートアップ支援を経験。2021年よりPlug and Play Venturesに参画。主な関心領域はFemtech、Insurtech、Health Promotion、Beautytech等。


生成AIと既存のAIモデルとの違い

ーー生成AIはいま最も注目されているトピックの一つです。お二人は生成AIに対する社会の反応と影響をどのように見ていますか?

Jerry:

テクノロジーは非常に急激な進化と拡大を遂げています。当社が昨年リリースした画像生成AI「Stable Diffusion」は急速に市場に浸透しました。オープンソースコミュニティは画像生成AIのさまざまなバリエーションを開発し、幅広いツールやアプリに組み込みました。

これまで、AIは主に数値予測やスパムの判定などに利用されてきました。しかし生成AIは新しいものを創造し、人間がアイデアを考えるのを手助けすることができます。また、既存のAIではできなかった方法で文書、画像、音声、動画などを作成できます。生成AIは生産性と創造性の観点で、社会に非常に大きな影響を与えるものと言えるでしょう。

Tiago:

生成AIの誕生によってビジネスの現場での会話も大きく変わりました。これまで、「プロジェクトの実現には何千ものデータセットを収集する必要がある」とクライアントに伝えると、経営陣に笑われたものです。しかし今では生成AIを使用することで、こういったタスクをゼロショットで実行できます。ゼロショットとは、特定のデータセットのためにモデルをトレーニングする必要がないことを意味します。

今はデータへのアクセスさえあれば、モデルを導入し、プロンプト・エンジニアリングを行うことができます。これはゼロからモデルをトレーニングするよりも遥かに簡単です。そしてデータパイプラインを取得し、構造化されていないドキュメントからデータを抽出します。しかし、多くの企業では、データが、コンピュータに適したJSONなどの構造化されたフォーマットではなく、人間が読み取り利用するために作成されており、導入の妨げとなっています。

大規模言語モデルを使用することによって、非構造化データから構造化データへの変換が簡単にできるようになりました。これはさまざまなオートメーションを促進し、これまで存在しなかった多くの機会を可能にしたと言えます。

生成AI分野におけるスタートアップの可能性

ーー生成AI開発者として成功しておられるお二人の視点から見て、生成AI分野に参入するスタートアップの成長機会はどこにあると思いますか?

Jerry:

 今はさまざまな機会があると思います。私たちがやっているように基盤モデルのトレーニングに多くの資金を投じるのはほとんどのスタートアップにとって厳しいと思いますが、多くのスタートアップは利用可能な基盤モデルを用いてアプリやサービスを構築しています。それらの一部はAPIを介して利用可能ですし、一部は独自のサーバーに入れ込めるダウンロード可能なモデルです。

これらのモデルができることと、企業や政府による導入ニーズの間には大きなギャップが存在しています。なので、モデルを使用しやすくしたり、わかりやすいインターフェースを提供したりするだけでも、元のモデル以上の価値を提供することができるのではないでしょうか。

ーーアプリケーション界隈における競争は熾烈です。各スタートアップは競合よりも優れたソリューションを提供するためには、アプリケーションを構築する際に、どのように他社と差別化を図っていく必要があるでしょうか?

Jerry:

差別化要素の一つは速さです。新しいモデルの登場に非常に敏感であることが重要です。日本においてはアメリカで起きているトレンドを注視しておき、それを日本に適用することが、単純で効果的な戦略だと思います。

もう一つの方法は、事業を進めていく中で特定のデータへのアクセスを得ることです。たとえば、当社は「AudioSparx」という映画や広告に音楽などのオーディオデータを提供する会社と提携しました。その会社の持つデータに基づいた音楽・サウンド生成モデルの構築に成功し、そのデータに対する生成AIを構築する独占権を現在交渉中です。自社が独自の知的財産を持って、そのデータに合わせてモデルをカスタマイズできる場合、それを参入障壁にできるかもしれません。

Tiago:

生成AIはカッコよく見える技術ではありますが、最終的にはいかにビジネス価値を生み出すかが重要です。自社が提供できる独自の価値となるニッチを見つけることが、事業を売り込んでいくには必要です。小規模なスタートアップにとっては、商業的に知られたモデルを基に構築し、大手企業が直面している特定かつニッチな問題を解決することに注力すべきでしょう。

OpenAIのようなAPIモデルに関する課題として、データ漏洩のリスクがあげられます。保証があったとしても、データを海外のサーバーに送ることに消極的な企業がが多く、そのような顧客に対しては、オープンソースのソリューションに頼ることも必要だと考えます。

また、もう一つの課題は従業員のトレーニングです。AIによる業務自動化を担当している人々には、新たなスキルを身につけてもらわなければなりません。そのため多くの組織は、既存の人材に対して新しいテクノロジーを使用できるよう、リスキリングを行おうとしています。新たな技術の習得を支援するスタートアップには、成長の機会があると思います。

最適なAIモデルの選び方

ーーLLM(Large Language Model: 大規模言語モデル)を選ぶ際に、どのような点を考慮すべきでしょうか?

Jerry:

要件、コスト、そしてスピードのバランスを考慮する必要があります。各LLMはそれぞれ、異なるトークンあたりのコストと学習速度を持っています。オープンモデルは自社サーバーで使用できますが、クローズドモデルはそれができないという点も問題になり得ます。また、特定の用途に偏っているモデルもあります。何にでもChatGPTを使う人もいますが、特定の用途のためには、より小型でハイスピードな別のモデルを使用して同じような結果を得ることができる場合もあります。

Tiago:

ジェリーの意見に同意します。GPT-4の価格は一見手頃な値段に思えるかもしれませんが、用途にもとづいて算出すると、かなりのコストになる場合があります。より低コストで、パラメーターの数も少なく、出力に適したモデルが他にあるかもしれません。

企業だけでなく、多くの人々がAIのセキュリティについて心配しています。私はオープンソースモデルを持つことが安全性を保つ方法の一つだと考えています。誰もがオープンソースにアクセスできれば、個人が自分の価値に合致するモデルを開発し、訓練できるからです。人間はさまざまな価値観を持っているのですから、異なる価値観を持った複数のAIを開発して、そこから妥協点を見出してはどうでしょうか? ゲーム理論の観点からすると、全てをOpen AIが独占するよりも、その方が安定した結果をもたらすと考えられます。

シンギュラリティはいつ?

ーーここからはオーディエンスからの質問に移りたいと思います。シンギュラリティ(技術的特異点)はいつ来ると思いますか?20年後、それとももうすぐでしょうか?

Tiago:

これまで私たちはAIにおいて、いわゆる「冬の時代」と「ブーム」とを何度か経験してきました。ある時点では急速に技術が進歩し、別の時点ではなかなか進歩しないことがありました。しかしこれが普通です。新しい技術は、一度ブレークスルーがあると人々がその技術を活発に利用して進展が非常に速くなり、その後は鈍化します。これは一般的な科学の進歩の過程です。

いま私たちはLLMが急成長している段階にいます。これが持続するのか、以前のサイクルのようになるのかは分かりません。現在の盛り上がりがどれくらい続くのか、この新しい技術が次の指数関数的成長のサイクルを呼び起こすのかがわからないため、シンギュラリティがいつ起こるかを予測するのは難しいです。

Jerry:

あえて具体的な時期を言うなら、2030年ごろでしょうね。ただ、2年前に同じ質問をされていたら、2045年と答えていたと思います。多くの専門家は過去2年間で予測を修正せざるを得なくなりました。現在のパラダイムで技術的特異点に達することができるかどうか?Transformerアーキテクチャに基づいて大規模モデルをトレーニングし続ける既存のアプローチを拡大する形でしょうか、それともスパイキングニューラルネットワークのような全く異なるアプローチでしょうか?

現時点の方向性でシンギュラリティを達成できる可能性は無視できないと思います。なぜなら、学習させていないことを実行できるなど、AIにおける知性の兆候は既に多く見られているからです。異なるAIモデルをユニークな方法で組み合わせることにより、これまで考えられなかった結果が生成されたりします。非常にワクワクしますね。

ビッグテック vs スタートアップ

ーー生成AIの分野において、いわゆる「ビッグテック」と呼ばれる巨大IT企業とスタートアップのどちらが勝つと思いますか?

Jerry:

ビッグテックはうまく行くと思います。ただ、大企業にはできないけれどスタートアップにはできることもたくさんあります。スタートアップはリスクを取れますが、ビッグテックの一部はリスク回避的でした。それがOpenAIに遅れをとった要因です。また、一部の企業はビッグテックと直接競合しているか、自分たちのアイデアを奪われることを恐れるため、ビッグテックと連携することに消極的です。その代わりに、より中立的で、柔軟で、スピーディで、自分たちのニーズに合わせてカスタマイズしてくれるスタートアップと協力することを選ぶ可能性があります。スタートアップは自分たちのニッチを見つけることで、独自の価値を提供できると思います。

Tiago:

産業規模は巨大であり、ビッグテックはITインフラにおいて非常に有利な立場にあります。彼らは大量の半導体チップを調達したり、独自のチップを設計したりすることができるからです。

インフラに関しては、ビッグテックが市場で強固な優位を維持する可能性が高いでしょう。しかし、問題解決に焦点を当てたアプリケーションに関しては、スタートアップの方がはるかに機動的であることが多いです。ゴールドラッシュの時にも、つると鍬を売る人もいれば、実際に金を掘り当てる人もいました。スタートアップは金を見つける存在だと思います。

人々は仕事を失うのか?

ーーAI技術の発展によって、人々は仕事を失うと思いますか?

Jerry:

日本は法的にも文化的にもアメリカより解雇が難しいため、影響は比較的少なく済んでいますが、既に一部の人々は仕事を失っています。新しい技術が導入されると、労働市場には変化が生じるものです。重要なのは、より面白くて将来性のある新しい仕事が出てくるかどうかです。私はAIを活用できる人向けの新しい仕事がたくさんできると思っています。また、AIのおかげでより創造的な仕事をする人や、より良いアプリやゲーム、サービスを構築する人など、間接的に恩恵を受ける人々がこれからたくさんでてくると信じています。新しい仕事の誕生と、労働市場構造の変化を非常に楽しみにしています。

Tiago:

AIから回答を得るためには、何かを入力しなければなりません。人間こそが物事を前に進め、創造的な解決策を考え出し、状況を理解し、実行する方法を判断する存在です。私はこれから、人間が今まで以上に必要とされると思います。私たちは皆、より人間らしいコミュニケーションと高度な問題解決戦略に集中するようになるでしょう。

生成AIの活用方法

ーー今後生成AIを異なる業界でどのように加速させていく予定ですか? 

Jerry:

より多様性があり、優れたモデルを作成することに注力しています。当社について、多くの人は画像生成モデルのStable Diffusionのことしか知らないかもしれません。しかし、当社は英語と日本語の言語モデルも作成しています。また、画像から日本語のテキストを生成するモデルや、音楽や音声の生成モデルもリリースしています。マーケティング、ゲーム、デザインなどの場面で幅広く応用されていくと思います。ターゲットにしている業界が多すぎるかもしれませんが、これらのAIの可能性に非常に期待しています。

Tiago:

私たちはAIモデルを用いて、どのようにビジネスにおける課題を解決していくかに注目しています。私たちの仕事の大部分は、AIどころかソフトウェアさえ使ったことがない人々と話して、彼らに現実を見せ、この世界に引きずり込むことです。ワークフローにおいてはテクノロジーの導入を妨げる非常に複雑で深い問題が常にあるので、生成AIを導入することはより多くの自動化を実現することに役立ちます。AIがこれらの問題を解決できると示すことは、ますます多くの企業が技術を導入し始めるきっかけになると思っています。

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