ディープテックとは?イノベーションの未来を牽引する日本のスタートアップ6社
2024/07/12
ディープテックは、技術革新の最前線を走る分野であり、社会に革命をもたらす可能性を秘めています。この記事では、ディープテックの概要と主要な領域について説明するとともに、日本のディープテック分野のスタートアップ6社を紹介します。
[目次]
- ディープテックとは何か?
- ディープテックが注目される理由
2-1. グローバルトレンド
2-2. 日本におけるディープテック - ディープテックの主要分野とスタートアップ
3-1. 新素材
3-2. バイオテクノロジー
3-3. 次世代コンピューティング、AI
3-4. 航空宇宙、モビリティ、ロボティクス
3-5. エネルギー - ディープテック事業を成功させるためのポイント
4-1.「死の谷」を超えるための資金の確保
4-2. ラボスケールから市場までの橋渡し
4-3. 経営人材の確保 - ディープテックスタートアップの可能性
(Cover Image by Gergő from Pexels)
Writer: Chiyo W. Kamino
1. ディープテックとは何か?
ディープテックとは、地球温暖化や食料問題などの人類の重要課題を根本的に解決するための、科学・工学に深く根ざした革新的技術のことを指します。従来の技術開発が主に応用研究や短期的な商業化を重視していたのに対し、ディープテックは基礎研究や発見から始まり、長期的な視野で持続可能な解決策を提供することを目指しています。ディープテックは特定の技術領域を示すものではありませんが、例として人工知能やバイオテクノロジー、ロボティクス、量子コンピューター、新素材等が挙げられ、ハードウェア要素を多く含むことも特徴です。
『ディープテック』という言葉は、「Deep(深い)」と「Technology(技術)」を組み合わせた造語です。正確な起源は明確ではありませんが、2000年代後半から2010年代初頭にかけて、ベンチャーキャピタルやテクノロジー業界で徐々に使われ始めました。2010年代に入ると、ベンチャーキャピタルの中には、従来のソフトウェアやインターネット関連のスタートアップではなく、物理学や生物学、化学といった分野の技術に投資する動きが見られるようになりました。これにより、「ディープテック」という用語が投資コミュニティ内で広まりました。
2. ディープテックが注目される理由
グローバルなトレンド
ソフトウェアによるビジネスモデル構築が中心である従来型スタートアップの事業と比較して、ディープテックは一般的に開発・量産・拡販において費用と時間を要する傾向があると言われる領域です。その一方で、商用化に成功した場合の社会的なインパクトが大きいため、近年投資対象として注目が高まっています。
ディープテックの世界市場規模は、2024年2月時点で6億9,400万ドルとされており、2034年までに38億5,710万ドル[*1]に達すると予測されています。また近年多くのディープテックスタートアップが世界中で生まれており、5年前と比べてベンチャーキャピタルや事業会社からの投資額も増加傾向にあります[*2]。
日本におけるディープテック
日本にとって、ディープテックは世界を牽引しうる可能性を秘めています。ディープテックはその基盤となる技術が比較的普遍的であることから、プロダクトの価値が国や言語や文化の違いによる影響を受けにくく、グローバル市場を舞台に事業展開をしやすい領域でもあります。
加えて日本の大学・研究機関や大手企業には数多くの有望な研究開発シーズが存在しており、世界を変えるディープテックの創出環境として高い潜在性が期待されます。これを受け、国内でも「スタートアップ5ヵ年計画」の支援策として、NEDOがディープテックスタートアップ支援事業に1,000億円の予算を投じる[*3]など、ディープテックへの投資が増えつつあります。
3. ディープテックの主要分野とスタートアップ
ディープテックの分野は多岐にわたっており、複数の分野にまたがるテクノロジーも存在します。以下では、その中から主要なディープテック分野を紹介します。
1. 新素材
ナノテクノロジーや先端材料科学の進歩により、高性能かつ環境に優しい素材が開発されています。新素材は、従来の素材にはない特性を持つことが多く、その特性が新しい技術や製品の開発を可能にします。例えば、軽量かつ強度が高い、耐熱性や導電性が優れている、リサイクルしやすい、生分解性があるなどの特性が挙げられます。代表的なものとしてはグラフェン、カーボンナノチューブ、ナノ材料、メタマテリアルなどがあり、これら新素材の開発は、エレクトロニクス、自動車、航空宇宙、エネルギー、医療など、多岐にわたる産業に変革をもたらすことが期待されています。
- [この分野の注目スタートアップ]
- Topologic
先端材料に関する研究は日々進化しており、強度、熱伝導性、電気伝導性、耐久性など、既存の材料よりも優れた性能を持つ新素材の開発が進んでいます。マテリアルサイエンスにおいて近年注目されている物質の一つに「トポロジカル物質」があり、2016年にノーベル物理学賞が贈られました。トポロジカル物質は、従来の物質では見られない電子構造等に起因する特異な性質を示す物質であり、半導体や電子デバイスへの応用が期待されています。
東京大学発のスタートアップTopoLogic株式会社は、「トポロジカル物質」を活用した熱電変換デバイス(熱流センサ、化学センサ、熱電発電、熱輸送等)の開発およびメモリ素子への応用を目指しています。半導体や絶縁体、磁石にはない機能を持つトポロジカル物質の特性により、従来の材料では成し得なかったエネルギーの可視化と省エネルギー化が可能となります。
2. バイオテクノロジー
遺伝子編集技術CRISPRをはじめとするバイオテクノロジーは、医療、農業、環境保護など多岐にわたる分野で応用されています。医療分野では再生医療やバイオ医薬品の開発による新しい治療法の発展があげられます。農業分野では作物や家畜の品種改良など、生産性向上と食料安全保障に貢献しています。環境保護分野では、バイオリメディエーションと呼ばれる生物の力を活用した環境浄化の研究が進められています。生物が本来持っている力を引き出し、生命活動に直結する分野を変革していくバイオテクノロジーは、持続可能な社会の実現に向けた大きな一歩となるでしょう。
- [この分野の注目スタートアップ]
- ファーメランタ
合成生物学の世界的な市場規模は、2030年までに553億7110万米ドル(約7兆4,000億円)に達すると言われており、資源枯渇に対する有望な手段として医療、農業、環境保護、エネルギー生産などのさまざまな分野への応用が期待されています。医薬品、化粧品、食品などにおける植物成分の活用が進む一方で、植物から抽出される原料は、供給力やコストの不安定性から、市場参入が難しいという課題があります。
ファーメランタ株式会社は、合成生物学を利用した独自の遺伝子導入技術により、植物由来の化学物質をスケーラブルかつ安価に製造できる微生物生産プロセスを開発しています。有用希少成分の製造・販売、また、物質生産菌株の構築サービスを提供するプラットフォームを通して、持続可能なサプライチェーンの確立を目指しています。
- digzyme
酵素は化学反応を引き起こす触媒として、食品・化学品・日用品など人類の歴史上さまざまな分野で活用されてきました。中でも化学品開発において、元々生物が持っている酵素を利用しておこなう物質生産(バイオプロセス)は地球環境に対する負荷が少ないため、近年その活用ニーズが大きく高まっています。
株式会社 digzymeは新規の酵素遺伝子や反応経路が探索可能なプラットフォーム「digzyme Moonlight」を展開している東京工業大学発のバイオインフォマティクススタートアップです。同社は酵素の持つ「Moonlighting」と呼ばれる機能に着目し、生体内の本来とは異なる複数の用途に使用可能な反応を持つ酵素とその反応経路を遺伝子解析を使って見つけ出します。化合物生産・分解において、環境負荷の低い選択肢を効率よく提案することを可能にします。
3. 次世代コンピューティング・AI
次世代コンピューティングは、従来のコンピュータでは解決できない複雑な問題を解く能力を持つ新しい計算パラダイムを指します。次世代コンピューティングの主な分野には、量子コンピューティング、ニューロモルフィックコンピューティング、DNAコンピューティング、光コンピューティングなどがあります。例として量子コンピュータは、材料科学、暗号解読、金融モデリングなどの分野における応用が期待されています。またAIは、医療診断の精度向上、自動運転車の開発、製造業における効率化などの分野で応用されています。特に近年は自然言語処理と大規模言語モデル(LLM)を活用した生成AIの大きな進展が見られます。
- [この分野の注目スタートアップ]
- A*Quantum
2016年に米IBMが「IBM Quantum Experience」を開始し、2019年にはマイクロソフト、Amazonと次々に量子コンピュータの性能にアクセスできるサービスが発表されました。今後益々量子コンピュータの活用が期待されています。
株式会社エー・スター・クォンタムは、「量子計算に基づき、従来の科学では解決困難な社会的課題を最適化することにより人類の進化に貢献する」というビジョンのもと、物流分野及び広告分野の組み合わせ問題を解くための研究開発を中心に、量子コンピュータソフトウェア開発を行っています。
4. 航空宇宙、モビリティ、ロボティクス
航空宇宙分野では、スペースXやブルーオリジンなどの企業が新しい宇宙探査の可能性を切り開いています。ロケットの再利用技術や低コストの衛星打ち上げが進展し、宇宙へのアクセスがこれまでよりも身近なものになりつつあります。モビリティの分野では、自動運転車や電動車両、都市交通システムの革新が進んでいます。ロボティクス分野では、単なる産業用機械に留まらず、高度なセンサー技術やAIを搭載したロボットが、より複雑で繊細な作業をこなすことができるようになり、製造業から家庭、医療現場まで幅広い応用が進んでいます。
- [この分野の注目スタートアップ]
- ElevationSpace
世界的な宇宙産業市場は2019年時点で約41.7兆円になり、2040年には120兆円になると予測されています。また国内においては、内閣府が「宇宙産業ビジョン2030」を発表し宇宙ビジネスを注力領域の1つとして捉えているほか、現在約7兆円の国内宇宙ビジネス規模は2050年までに約32兆円まで拡大する見込みが示されており、宇宙ビジネス領域における競争は激化しています。
株式会社ElevationSpaceは、宇宙の微小重力環境を活かし宇宙機器試験や、たんぱく質結晶化、半導体製造など、宇宙実験や製造等を行うことができる小型宇宙利用・回収プラットフォーム「ELS-R」を提供しています。将来的には宇宙建築事業や人や物資を宇宙に運ぶ輸送事業なども展開していき、最終的には宇宙空間に人が生活できる環境を創ることで未来を豊かにしていきたいというビジョンを掲げています。
5. エネルギー
エネルギー分野においてディープテックは、新しいエネルギー源の開発、エネルギーの効率的な生産・供給・利用、持続可能なエネルギーシステムの構築に貢献しています。新しいエネルギー元としては核融合を利用した発電システム、ペロブスカイト太陽電池、水素などがあげられます。エネルギー貯蔵においてはリチウムイオン電池、全固体電池、フロー電池などの電池技術が進歩しています。また脱炭素社会に向けて、二酸化炭素を捕捉し再利用する技術(CCU)の商業化が急がれています。クリーンエネルギーのコストダウンと普及にディープテックは重要な役割を果たしています。
- [この分野の注目スタートアップ]
- Helical Fusion
核融合は、石油や天然ガスなどの地下資源の消費を削減できるため、クリーンエネルギーとして早期の社会実装が期待されています。二酸化炭素や高レベル放射性廃棄物を排出することなく、また天候や地球規模の気候変動の影響を受けることなく、安定的なエネルギーの供給を可能にします。
日本では、DNAに似た二重らせん構造の超伝導らせんコイルを用いて高温プラズマを安定的に閉じ込める「ヘリカル方式」が発明され、研究が重ねられてきました。株式会社Helical Fusionは、このヘリカル方式での核融合炉(フュージョンリアクター)の社会実装を目的として立ち上げられた、核融合科学研究所出身の研究者達をコアとするスタートアップです。「核融合エネルギーを実装した持続可能な世界を実現する」をミッションに掲げ、現代社会が抱えるエネルギー問題を解決し、恒久的に持続可能な世界を実現することを目指しています。
4. ディープテック事業を成功させるためのポイント
ディープテックは複雑な分野であり、ディープテック・エコシステムから多くのスタートアップを生み出し成長させていくためには、ディープテックに特有の課題を認識しておく必要があります。
「死の谷」を超えるための資金の確保
ディープテック分野のスタートアップは、基礎研究から商業化までのプロセスが長く複雑であり、市場に出るまでのリスクが高い(いわゆる「死の谷」と呼ばれる期間が長い)と見なされています。一般的なベンチャーキャピタルファンドの償還期限は通常10年間ですが、ディープテックの技術が社会実装され利益を出すまでにかかる時間はその期間に収まらないケースが多くあります。特にバイオテクノロジーやAIの分野では、技術的ブレイクスルーに対する倫理的な問題が発生した場合に、市場展開するための法規制整備に時間が取られるリスクが存在します。技術の開発と普及にあたっては、研究を進展させると同時に規制に対する働きかけを進めていくことも必要となります。
またディープテックは研究開発に多額の資金を要することも特徴として挙げられます。技術の再現性の難しさに加え、一回あたりのPoCにかかるコストも嵩みます。ハードウェアを製作する必要があるケースが多いことも特徴です。短期的なリターンを期待する投資家は、ソフトウェア系のスタートアップに較べて投資に際して慎重になりがちなため、「マイルストーンまでどの程度時間がかかるか」「今すぐ投資すべき理由は何か」と納得させることがポイントです。
ラボスケールから市場までの橋渡し
ディープテックスタートアップの持つ別の特徴として、実験段階から量産化まで拡大する部分がボトルネックとなりがちです。
ディープテックスタートアップの商品は研究開発ベースの技術であり、設立直後はラボレベルの技術シーズに留まっているケースがほとんどです。それらの技術シーズを商品化・事業化するためには、量産化レベルまでスケールアップする必要がありますが、そこにはギャップが存在しています。ラボでは成功していた技術であったとしても、量産に必要な規模まで拡大した際の再現性が実現できなかったり、スケールアップの規模に企業としての体制が追いつくことができなかったりといった要因で成長が止まってしまうケースが多く見られます。
また、ディープテックスタートアップは、コア技術をさまざまなアプリケーションへ商品として応用することで利益を回収するビジネスモデルが多いため、一つの業界や用途に限らず、海外を含めた多様な業界・企業に対する販路の構築が必要となります。
上記のような量産体制や販売チャネルを自社だけで確立できるスタートアップは限られるため、ミドルステージ以降は、量産化ノウハウを持つ人材をチームに加える、製造技術や販路を持つ大手企業のパートナーを複数社見つける、といったことが市場で成功するための重要な要素となります。
経営人材の確保
高度な専門知識を必要とあるディープテックにおいては、人材の確保が大きな課題となります。研究開発を進めつつビジネスを伸展させていくために、CTOに加えてCEOが必要です。1人の人が両方の役割を兼任する場合もありますが、長期的には2人でそれぞれ専任する形が望ましいでしょう。また、経営者人材とスタートアップをマッチングさせるサーチファンドやEIR(客員起業家)制度を利用するという形もあります。近年では東京都がサーチファンドを設立したほか[*4]、内閣府も経営人材と地域企業のマッチングを行うサービスを提供しており[*5]、このような制度を活用することも高度人材を必要とするディープテックスタートアップにとっては有効な手段となりえます。
7. まとめ:ディープテックスタートアップの可能性
ディープテックは、地球温暖化や食料問題などの人類にとって重要な社会課題を根本的に解決できる可能性を秘めています。
しかし技術を社会実装し課題解決を実現させるまで、ディープテックスタートアップが独力で成長することは難しく、量産や拡販において大手企業との連携が重要となります。新規事業やオープンイノベーションを企図する大手企業からしても、ディープテックはそれらに取り組みやすく、チャンスの多い領域です。
また、ディープテックは言語や商習慣等に影響される部分が少なく国の壁を超えやすいため、日本からグローバルに活躍するスタートアップが生まれうる土壌があります。日本の大学や研究機関や大手企業には多くのディープテックシーズが眠っており、その発展を支える強い大手企業の数もまた多くあります。このような条件を活かしてディープテックを育てていくことが、日本の国際的競争力を再興する一手となると考えられます。
Plug and Playでは、国内外の大手企業、研究機関、政府といったステークホルダーとともに、ディープテックを成長させるエコシステムを構築しています。多くの優れたディープテックスタートアップと出会えるPlug and Playのイノベーション・プラットフォームをぜひご活用ください。
参考資料
*1) Future Market Insights, Deep Tech Market Outlook (2024 to 2034)
https://www.futuremarketinsights.com/reports/deep-tech-market
*2) Boston Consulting Group, An Investor’s Guide to Deep Tech, 2023/11/21
https://www.bcg.com/publications/2023/deep-tech-investing
*3) NEDOイノベーション推進部 ディープテック・スタートアップ支援事業
について(2023年4月14日版)
https://www.nedo.go.jp/content/100959647.pdf
*4) 東京都 サーチファンドを設立 運営事業者を募集 2024/5/13
https://www.metro.tokyo.lg.jp/tosei/hodohappyo/press/2024/05/15/06.html
*5) 内閣府 プロフェッショナル人材事業
https://www.pro-jinzai.go.jp/