この製品が持つ価値をわかってくれる人と出会いたい - iCorNet研究所
2022/11/09
日本人の死因の第2位を占めるのが心疾患。その中でもっとも多い死因が心不全である。心不全悪化の最大の要因となっている進行性の拡大(=心臓リモデリング現象)を防止する心臓サポートネットを開発しているのが、名古屋大学医学部心臓外科特任教授でもある秋田利明氏が率いるiCorNet研究所だ。心不全患者毎に設計・製造されたメッシュ状の袋を心臓にかぶせて心臓の拡大を防ぐというこの医療機器を、14年間研究・開発してきた秋田氏。大学発スタートアップという立場から、製品を世に出すことへの強い意気込みを語ってくれた。
(本記事は2020年5月にPlug and Play Japan公式noteで公開した記事です)
Chiyo Kamino
Communication Associate, Kyoto
- ーーiCorNetという製品のアイデアはどこから始まったのですか?
私は心臓外科医として名古屋赤十字第一病院で働いていましたが、名古屋大学心臓外科に新しい教授が就任し、母校の名古屋大学に戻って欲しいという要請を受けました。大学に戻って自分の研究テーマとしてどういう研究をしようと模索しているうちに、重症心不全に伴う心臓リモデリングに対してメッシュ状の袋を心臓に被せて治療する「Acorn CorCap」という製品を知り、とても興味を持ちました。同じ時期に新聞記事で「島精機社のコンピューター制御編み機機器は三次元形状のものを無縫製つまり縫わずに編める」という事を知りました。その技術を使えば、患者さんの心臓画像から製品を設計して手術の時にいちいち縫わなくてもすむのではないかと考えました。そういうことで始めたのがこの製品開発のとっかかりですね。
- ーー研究から起業に至ったきっかけを教えてください。
実は、10年あまりこの研究を一緒にやってきて製品化まで取り組んでくれると期待していた愛知県の製造販売企業が撤退してしまった、というのがあるんです。基礎研究段階からいざ臨床応用の段階になってきた時に、埋め込みデバイスは荷が重いということになって。埋め込み型医療機器を扱っている大手企業数社にも提案してみたのですが、リスクの高い埋め込みデバイスなので、なかなか良いお返事がもらえなかった。それなら自分でやるしかないか、ということで会社をつくって、職務発明で出願していた特許をすべて引き取ったという経緯です。ただ、当初数百万円と言われた特許費用が、1400万円までふくらんでしまったので、けっこう大変でした。最初に私が700万円、一緒に共同研究を行ってきたもう一つのパートナー企業が300万円出したんですけど、それでは全然足りなくて、もう一回出資をして、合計2000万円にしてなんとかしのぎました。そのあとにニッセイ・キャピタルから1.5億円の出資をいただきました。それまでにも国の研究費を4億円以上頂いていたので、なんとかものにしないといけないなという思いでやってきた感じですね。
- ーー特許費用が増えてしまった原因とは何だったんですか?
金沢医科大学在職中にJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)の支援を受けていたのですけども、JSTの支援というのは、大学であればいいんですが、企業に譲渡するときにはその支援された分を返還しなくてはならなかったんですね。その計算が抜けていたというのがひとつ。あと、大学から譲渡を受けた段階で特許が成立していたわけではなくて、出願はしたけれども、まだほとんどが成立していないという状況でした。たいがい特許というのは1回くらい拒絶査定を食らいます。アメリカ、ヨーロッパ、中国の特許庁からの拒絶査定に対応している間に費用がどんどん嵩んでいったのが理由です。
- ーーそれは大変でしたね。
大変でした(苦笑)。
- ーー起業されてから直面された課題は。
課題だらけですよ。自分はアカデミアで生きてきた人間なので、全く経営に関する知識がなかったのでそれは当然。まず会社経営の面としては、ニッセイ・キャピタルが資金を出す時の条件というのが、IPOを目指すという契約だったんですけれども、IPOに対する認識が非常に甘かった。IPOを目指すための知識が全くないまま契約をしてしまったので大変でした。あとは研究開発の方も、臨床研究法というのが一昨年導入されて、その法律の下での倫理審査委員会を通すのがとても大変でした。ドキュメンテーションが治験並みに大量で、一年くらいかかりました。
- ーーニッセイ・キャピタルやPlug and Playのプログラムに参加して、得られたものなどはありますか。
いろいろなピッチイベントに出させていただいて、資金を集めるというのはどういうことなのかがようやく理解できた、というのが良かったかなと思っています。あとは、去年外資系医療機器メーカーの元代表取締役の方に入っていただいて、その人が入ってからいろんなことがスムーズに回り始めたのかなと感じています。それとIPOに向けてVCから「CFOをちゃんと入れろ」と言われ、大手監査法人に30年くらいいた会計士に入ってもらいました。そういう意味では、スタートアップですけども、とてもいい人材に恵まれたと思っています。
- ーー協業先として一番は医療機器メーカーだと思いますが、他にこういったところと組みたいとかいう希望はあるのでしょうか。
心臓サポートネットの方は製販企業が一社決まってきて、今後共同で医師主導に進めていこうとなっています。あと欲しいのは、薬事の専門家ですかね。その次のステップとしては、除細動機能を持ったネット電極の開発なんですけれども、そこに関しては心臓ネットだけでなくリード線の製造が必要なので、コードをつくっておられるメーカーさんなどを探しています。さきほどもパートナーの方々とずいぶんディスカッションしました。
- ーー今回のPatchでは、中部地方から唯一の採択となりましたが、愛知県という場所もiCorNet研究所のユニークさの一つかと思います。愛知のスタートアップ事情はいかがですか。
情報が圧倒的に足りないです。スタートアップ企業も東京と比較すると圧倒的に少ないし、それを支援する仕組みも少ない。ただ補助金はけっこうあります。愛知県の場合、自動車などのものづくり、あと繊維などの工業製品などへの支援は充実しています。新あいち創造支援事業というのがあって、弊社としては2年続けてご支援いただいています。実は一昨日、成果発表ということで、愛知県庁でプレスリリースもしていただきましたし。ただやっぱり、ピッチとか、VC関係はまだ弱いですね。
- ーースタートアップとして働いていて、楽しいことは?
自分の努力が実際に形になり、世の中のためになる製品になっていく、というところが一番です。ただ、医療デバイスなのでいい加減なものはつくれないので、そこの厳しさはあります。あとはやっぱり、「これだけ頑張っているんだから、最後にはむくわれないとつらいな」と思っているのはありますね(笑)。
- ーー確かに、かなり長くかかわっておられますよね。
アイデアを思いついたのは2006年くらい。2007年からは金沢医科大学の教授になって、2016年まで金沢医大にいて大学院生を使いながら研究をやってきました。2016年から名古屋大学に戻ってこの研究に専念しています。専念できるという意味では非常に良かったんですけれども、すべて自分の責任だし金銭的な心配ももちろんしなくちゃいけないし、そういうところは辛いですよね。これはどこのスタートアップも一緒だとは思いますけれども。
- ーーどんな未来を作りたいと考えておられますか。
良い製品で多くの患者さんが救いたい、というのがひとつ。あと会社として、働いている人たちが幸せになるとか、価値観を共有できるとか、そういうふうになればいいなと思っています。幸い今は非常に良い人たちに恵まれているので、仲間と一緒にいい製品を作って、いい会社にしていければと思っています。価値観を共有するというのが一番大切かなと思っています。
- ーー共有したい価値観とは何ですか。
この製品を一日も早く世に出そうということ、この製品の価値をお互いに信じているということですね。医療機器というのは、製品ができたらそれをそのまま続けていくわけじゃなくて、常に改良しつづけていかなくてはいけない。ずっとその連続ですね。