Startup School #1 | 事業会社との付き合い方
2021/03/08
Zak Murase
Executive Advisor, Plug and Play Japan
スタートアップが事業を成長させるために必要な要素、これはもちろん色々なものがありますが、最も重要な要素の一つであり、必要不可欠なのは顧客の獲得です。特にB2Bのビジネスの場合は大きな事業会社との案件獲得は大きな売り上げにつながるだけでなく、その顧客の名前から得られる信用など、ビジネスを大きく飛躍させる可能性を秘めています。
昨今は事業会社側も積極的にスタートアップのアイデアを求めるようになってきたので、こちらから営業しなくても先方から興味があるので話をしたいと言ってくることも珍しくなくなりました。中には問い合わせが多すぎて対応しきれないといううれしい悲鳴を上げるスタートアップもあります。
とは言え、そう簡単に全てがうまくいくケースはむしろ稀です。筆者はこれまでに多種多様な領域やステージのスタートアップと事業会社の協業を見てきましたが、失敗するケースは大抵お互いの期待値のズレが原因です。最初の段階でお互いの期待値を正しく設定し、それをきちっとコミュニケーションできていれば、お互いにリソースを無駄に浪費することなく、共通の目標に向かって進むことが可能になります。
本稿ではスタートアップが事業会社とお互いにWin-Winの関係を築いて、事業を成長させるために考えるべきポイントを解説します。
まずは自分を知る
スタートアップにとって正しい自己認識を持つことは死活問題です。特に事業会社との案件を前にして、まず自分の会社がどんなポジションにあるのかということを正しく認識し、どんな事業会社とどんな形でエンゲージするのが最適なのかを考えることが、その案件の成功への第一歩となります。誤った自己認識の元に事業会社の名前に釣られて突っ走ってしまうと、リソースに乏しいスタートアップにとっては命取りにもなりかねません。
- 事業ステージ
今ビジネスがどのステージにあるのかによって、事業会社との組み方、目的も変わってきます。まだプロダクトがMVP(Minimum Viable Product = 必要最低限の機能だけ盛り込んだプロトタイプ)の段階なのか、PMF(Product Market Fit = プロダクトが提供する価値と市場のニーズが合致している)を達成できているのか、あるいは加速的な成長を目指してチャネルを増やしていきたいステージなのか?
特にPMFを達成しているのかどうかを判断することは容易ではありませんが、これを正しく認識した上で事業会社に対して期待値を持たせることが重要です。もしまだPMFを達成していないのであれば、場合によっては現在のプロダクトとは全く違う方向に行く可能性もあるわけですから、事業会社との座組みにおいて現在提供しているプロダクトに長期にわたってコミットしなければならないようなやり方は避けなければなりません。
一方でPMFを達成していないから事業会社と組んではいけないということでもありません。事業会社側も興味があって話を聞いてくれるわけですから、正直に現在置かれている状況をシェアした上で、PMFを目指してプロダクトのバリデーションのパートナーとしてフィードバックが欲しいというやり方ももちろん可能です。重要なのはここで正しい期待値を設定することです。
- 運転資金と人的リソース
経営者であればあと資金が何ヶ月分残っているのかというのは常に意識していると思いますが、特にアーリーステージの経営者が読み間違えるのが次の資金調達にかかる時間です。資金調達にかかる時間は一般的にビジネスの競争力に反比例します。もしあなたのスタートアップが非常に競争力のある事業を展開していて急成長しているのであれば、資金調達にそれほど時間がかかることはないでしょう。ですがそんなスタートアップはほんの一握りです。これからシリーズAの調達を考えているようなスタートアップであれば、余裕を持って3ヶ月程度は見ておいた方がいいでしょう。
この3ヶ月の間、CEOは資金調達にかなりの時間を取られます。投資家との面談、フォローアップ、デューデリジェンスの対応、投資契約交渉などCEO自ら対応しなければならない事項も多岐にわたるので、本来のプロダクトと事業に集中することが困難になります。事業会社と案件を具体的に進めていく前に、いつ資金調達が必要になるのか、そしてその期間中CEOが多くの時間をそちらに割かなければならないかもしれないことを事業会社と率直にシェアした上で、先方の期待値をコントロールする必要があります。
エンジニアなど数少ない人的リソースを、事業会社との案件にどれくらい配分できるのかという点にも注意が必要です。もし共同開発などエンジニアのリソースが必須とされるような案件の場合、かかるであろうリソースの見積もりは慎重に、保守的にしておくべきです。事業会社、特に相手が大きな会社であるほどスピードが遅くなることは前提として折り込んでおいた方がいいでしょう。そうなった時に他に動いている開発にどの程度影響が出るのかなども精査した上で、事業会社に対してどんなことをどこまで約束できるのか、こちらも期待値のコントロールが重要になります。
相手を知る
事業会社がスタートアップに何を求めているのかを理解することは、比較的容易にできることのように思えますが、そう簡単な話でもありません。声をかけてきた人、あるいは直接アプローチしたり紹介してもらったりして繋がった先の人がどの部門のどういう立場の人なのかによって話は変わってきます。
大きく分けて3つのケースがあると考えていいかと思います。
- 1. 新規事業開発・イノベーション推進部門
会社によって部門の名称は様々ですが、基本的にこうした組織の目的は自社内にない新しいアイデアをスタートアップに求め、それを自社内のビジネスに取り込むことを目的としています。この場合担当者は事業部でビジネスの権限を持っているわけではないので、この担当者の思惑と、実際にビジネスを行っている事業部の思惑が一致しないことが多々あります。
こうしたチャレンジはイノベーション活動を行なっている事業会社であればほぼ確実に起こることなので、経験豊富な担当者であれば、事業部とのコミュニケーションを密に行い、スタートアップと事業部の間に立ってうまく立ち回ってくれます。
一方ここのコミュニケーションと調整がうまくできない担当者だと、なかなか物事が前に進まなくなってしまうので、実際に話を進めるにあたってはこの事業部との繋ぎに関してできるだけ詳細に担当者から話を聞いた上で、自社のリソースをかけて付き合っていくだけの見返りがあるのかどうかの判断をする必要があります。
- 2. 事業部
もし事業会社の事業部の人がアプローチしてきたのであれば、基本的にその事業部にあなたの提供するプロダクトに対するニーズがあることはほぼ間違いないので話はしやすいでしょう。ここで事前に確認しておきたいのは、その事業部がこれまでにスタートアップとどのような形で仕事をしてきたのかという経験です。
大企業とスタートアップでは仕事の進め方が違います。大企業は組織の形態からプロセスまで、基本的には既存のビジネスを進めていく上でなるべくリスクを排除し、予測可能な結果を求める方向に行くので、自然意思決定のスピードは遅くなり、コミュニケーションも形式的なものが多くなりがちです。経験豊富な事業部であれば一緒にやっていく中でそれほどサプライズはないかもしれませんが、初めてスタートアップと仕事をするような事業部の場合、なかなか話が進まず、何を考えているのかも読めずという状態に陥るケースを多数見てきました。そうした事業部と仕事をするのであれば、それなりの覚悟が必要になります。
- 3. 投資部門
最近はCVCを設立して積極的にスタートアップへの投資をしたり、あるいはCVC部門がなくても直接投資という形で投資を行う事業会社も多数あります。ほとんどの場合はスタートアップとの事業シナジーがあることを前提に投資を行いますが、中にはすぐに事業シナジーが見込めない場合でも将来の可能性として、あるいは純粋にキャピタルゲイン目的で投資をするところもあります。
まずは投資の目的をしっかりと聞き出しましょう。その上で短期的に事業部とどのようなことができるのか、また期待されるのか、さらには中長期で投資を受けることのメリット・デメリットまで考える必要があります。ここでうまい座組みを作ることができれば、事業会社が株主の一部としてコミットした形で事業を成長させていく上での強力なパートナーとなり、ビジネスの成長を加速させることも可能になります。
最後に
最後に、スタートアップに意識しておいて欲しいこと、それは「No」という勇気を持つことです。なかなか顧客の獲得がうまくいかない、売り込みをしても返事ももらえないという中で、大企業の側からアプローチが来たとなれば飛び付きたくなるのは尤もです。でもスタートアップにとって最も貴重な資源が時間であることをよく考えてください。大企業にとって、スタートアップとの協業がうまく行くかどうかは死活問題ではありません。共有する時間に対する真剣さはスタートアップのそれとは比較にならないのです。
うまく行くかどうかはやってみなければ分からない、だからどんどんやるべきだという話もあるのですが、これはどちらかというと大企業向けの理論。生きるか死ぬかで戦っているスタートアップにとって、もし話を進める前から時間を浪費してしまうのではないかという兆候が見られるのであれば、丁重にお断りするというのは正しい判断です。今あるこの貴重な時間をどう使うのが自社の成長に一番いいのか?あらためて自分自身、そして相手をよく知った上でベストな判断ができるような準備を心がけてください。