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世界に挑む!大学発スタートアップが変える未来

2025/12/11

近年、日本のイノベーションエコシステムにおいて、「大学発スタートアップ」が急速に存在感を増しています。特に、長期間の研究開発(R&D)を必要とするディープテック領域は、気候変動や資源問題といった地球規模の課題を解決する鍵として、その重要性が高まっています。

こうしたスタートアップが研究室を飛び出し、「世界」を舞台に戦おうとするとき、どのような戦略を持ち、どのような壁に直面するのでしょうか。

本記事では、ディープテックスタートアップの経営者であるCarbon Xtractの森山哲雄氏、MEMORY LABの畑瀬研斗氏、そして彼らを支える国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の馬場大輔氏が登壇したJapan Summit2025のセッションの模様をお届けします。「なぜ海外を目指すのか」「最初の一歩はどう踏み出すべきか」、そして「人材採用」といったリアルな課題について、本音が交わされました。

スピーカー

  • 森山 哲雄 氏: Carbon Xtract株式会社 代表取締役社長
  • 畑瀬 研斗 氏: 株式会社MEMORY LAB 代表取締役
  • 馬場 大輔 氏: 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 スタートアップ支援部 チーム長
  • 出口 正竜(モデレーター): Plug and Play Japan株式会社 Director, Government Partnership

なぜ海外か? どの国に注目しているか?

出口(モデレーター):

それでは早速、1つ目のトピックに移ります。テーマは「なぜ海外か」です。

スタートアップである森山さんと畑瀬さんには、どのような動機で海外進出をお考えになったのか、そして特にどの国に注目されているかをお話しいただきたいと思います。では、森山さんお願いします。

森山氏:

Climate Tech、すなわち地球温暖化は世界共通の社会課題です。この課題を解決できる技術、それも世界トップレベルのものを我々が持っているとなれば、やはり日本国内に留まらず、世界に進出して課題を解決していかなければならないと考えています。

まだ設立から2年半ですので、十分に海外を見られているわけではありませんが、設立1年を過ぎた頃から北米やヨーロッパを訪問し始めました。特に北米では、世界で最も注目されているCDR(Carbon Dioxide Removal:大気中からのCO2除去)のカンファレンスの運営者に対して、登壇オファーを直接投げた所「次回なら出ていいよ」と言われ、それが欧米を見て回るきっかけになりました。

今、私たちが注目しているのはヨーロッパです。特にドイツは、ものづくりの観点で日本の産業構造と非常に似ている点もあり、我々の技術をうまくヨーロッパでも転換できるのではないかと考えています。

畑瀬氏:

弊社の場合は、私自身がもともとアメリカで研究していた背景があります。「全地球上に存在する社会課題を解決する」というミッションを掲げる中で、研究や技術には国境がありません。そのため、設立当初から世界で戦うことを意識していました。

当初はPlug and Playさんにもご支援いただきながら、2〜3年前からアメリカなどでPoC(概念実証)を進めており、研究の市場規模が大きいところで戦うことを意識していました。

ただ最近は、アフリカサウジアラビアといった地域の「資源のあり方」自体に着目しています。これまでは「技術の力で課題を解決する」ことが主流でしたが、地球という括りで見た時に、企業は「有限な資源」を使って利益を生み出してきました。

しかし今後は、「有限な資源をいかに守るか」「資源自体をどう増やすか」という視点も重要になると考えています。例えばアフリカにはまだ多くの資源がありますが、そこに技術を持ち込み、資源を守ったり、適切に分配したりするアプローチも非常に重要ではないかと。

北米のように「消費してモノを作る」という考え方だけでなく、「今ある資源をどう守るか」という側面から、アフリカなどの未発展な土地に対して科学技術でどう貢献できるか、経営陣で話し合っているところです。

出口(モデレーター):

当初は北米を狙われていたと伺っていましたが、アフリカというのは180度違う方向にかじを切られた印象です。何かきっかけがあったのですか?

畑瀬氏:

まだ決めたわけではありませんが、シリコンバレーのような「消費型」のモデルの次を考えたときに、森山さんが取り組まれているようなCO2回収もそうですが、そのさらに上流、つまり「そもそも存在するものをどう最適に分配し、守っていくか」という方向に時代が向かうのではないかと仮説を立てています。それを検証しに行ってみたい、という段階ですね。

もちろん、足元のメインは変わらずアメリカやヨーロッパで、そこは引き続き攻めています。

出口(モデレーター):

確かに欧州は、環境保護や資源を残していくことが企業のミッションとして浸透している印象がありますね。では馬場さん、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)として様々なスタートアップをご支援される中で、注目の国や地域はありますか?

馬場氏:

実は登壇者間の共通キーワードとして「ドイツ」があるんです。

私は研修で、畑瀬さんはマーケット視察で、森山さんは技術の応用可能性という文脈で注目されていて。特にディープテック領域において、日本とドイツは技術的にも親和性が高く、成熟した市場として相性が良いのではないか、という話が出ていたところです。

出口(モデレーター):

補足しますと、私はミュンヘン、馬場さんはベルリンとミュンヘン、畑瀬さんはベルリンに行かれ、森山さんはモビリティの文脈で欧州、特にドイツに注目されています。

ドイツは技術面でも慣習面でも日本とシナジーが高く、ビザ発給など米国進出のハードルが上がる中で、ディープテックの「次の矢」として非常に注目すべきエコシステムだと考えています。

海外進出の「最初の一歩」

出口(モデレーター):

では2つ目の質問です。海外進出を進める上で、「最初の一歩」として、これから挑戦するスタートアップにとって有効な進め方についてアドバイスをいただけますでしょうか。

畑瀬氏:

やはり一番敷居が低いのは、ジェトロさんやPlug and Playさんのような支援機関の活用です。我々は本当に多大なるご支援をいただきながら開拓してきました。

特に海外では、日本以上に「ネットワークの文化」が重要です。誰の紹介か、どういうルートで入り込むかが非常に大事になります。例として、家族ぐるみの付き合いから信頼を得て契約に至る、といった泥臭い話もあります。

我々がPoCを取れたり、トップアクセラレーターに入れたりしたのも、そうしたご支援やご縁があったからです。

もう一つはマインドセットです。提供される支援や機会を皆と同じように受け取るのではなく、いかに熱量を持ってその機会を掴みに行くか。オポチュニティに対する捉え方を変えるだけでも、道は大きく切り開けてきたと感じます。

森山氏:

まずテンプレート的な回答をすると、(1)海外に拠点を持つか、現地に非常に詳しい社員を雇うこと、(2)日本で協業しているグローバル企業についていくこと、がよく言われる基本戦略です。

ただ、畑瀬さんがおっしゃった通り、本質は「熱意」と「信頼」です。私も元々商社の人間ですが、海外の方とビジネスをする際、日本に来てもらう事があれば、一緒に日本食を食べるところから距離を近づけていきました。一緒にご飯を食べ、お酒を飲み、信頼関係ができて初めて、新たなビジネスが広がっていく。

結局は人と人との信頼関係なので、海外展開する場合は、現地で信頼できるパートナーを作り、そこから広げていくしかないと思います。

出口(モデレーター):

ありがとうございます。公的支援など「飛び出す機会」は増えていますが、そこで得た繋がりをどうレバレッジをかけて広げていくか、ファウンダーのバイタリティが非常に重要だと感じます。

馬場さん、公的支援のプログラムも多数ありますが、支援側として「こういう使い方をしてくれると期待している」といった点はありますか?

馬場氏:

我々NEDOは、NEDOの事業や補助金などに採択された方々に対しては、より手厚く支援をさせていただいています。ヨーロッパやアメリカに連れて行くツアーもあり、ぜひ使い倒していただきたいです。

まずは我々にコンタクトして「こんなことで困っている」と話を聞かせてほしいです。直接的な解決策を毎回提供できるわけではなくても、「こういうのが使えますよ」といった一言は必ず出せます。

ぜひ気軽に頼っていただき、ステップアップのきっかけにしていただければと思います。

出口(モデレーター):

スタートアップの皆さんは、ジェトロさん、NEDOさんといった垣根を意識せず、まずはカジュアルに馬場さんを頼っていただけたらと思います。

ぶつかった壁とリソース活用

出口(モデレーター):

海外進出を進める上で、最初にぶつかった壁と、今振り返って「こういう外部リソース(公的支援、投資家、アクセラレーター等)を使えば解決できた」と思うことがあれば教えてください。

森山氏:

私はガンガン行ってしまうタイプなので、壁を壁と感じたことはあまりないのですが……ただ、一番難しいのは、ディープテックの「時間軸の長さ」を理解してもらうことです。

スタートアップとして5分でピッチをすると、「こんな世界が作れます」と話すことになりますが、「じゃあもう物はできてるんでしょ?」と聞かれてしまう。そこで「いえ、まだ5年以上かかります」と言うと、IoTやDXのような「来年できます」というテンションで来られた方々は、サーッと引いてしまいます。この時間軸を理解してもらいながら、長期目線で付き合ってもらうにはどうしたら良いか?どう自分達の海外戦略に落とし込んでいくか? これらは壁であり、まだ解決できていないポイントです。

いずれにせよ最近は、できることとできないことを正直に伝えることが非常に大事だと考えています。

畑瀬氏:

振り返ると、大きく2つの壁がありました。

1つは、グローバル・ファイナンスと「会社の登記場所」の問題です。グローバルスタートアップを作ろうと意気込んでも、日本で登記して日本のVCから出資を受けていると、将来的に本社を海外に移転する際に、関税など法務的・税務的に非常に複雑な問題が発生します。

ディープテックで多額の調達が必要な中で、最初にどこに会社を設立すべきか。これは情報を取りに行かないと誰も教えてくれず、落とし穴になり得ます。

もう1つは、もっとクリティカルな問題ですが、バックオフィス、特に法務です。海外企業とPoCを1つ結ぶにしても、契約書、特許、その他ペーパーワークが非常に煩雑で、ケースが多すぎます。これをスタートアップの限られたリソースで対応していくのは至難の業でした。

出口(モデレーター):

非常によくわかります。海外進出は事業サイドの攻めが主体になりがちで、バックオフィス側が手薄になり、後で手戻りが発生するケースは多いですね。

馬場さん、人材、特にCXOマッチングの観点では、現場でどのような課題を感じていらっしゃいますか?

馬場氏:

NEDOや産業革新投資機構(JIC)でも経営人材マッチング支援を行っています。

課題は、森山さんが求める人材と畑瀬さんが求める人材が違うように、スタートアップによって求める経営人材像が全く異なることです。また、出会い方もマッチングアプリのような形が良いのか、従来通りの「人伝手の紹介」が良いのか、さまざまです。

どういう組み合わせがうまくいくのか、あるいは失敗するのか。今、政府としても、過去の失敗事例に学んだ「バイブル」的なものを作ろうと動いています。

出口(モデレーター):

そのバイブル、ぜひ公開を楽しみにしています。

Q&Aセッション

質問者:

優秀な人材の獲得について伺います。大企業や知名度のあるベンチャーに知名度で負けてしまう中で、皆さんはどのように人材を引きつけていらっしゃるのでしょうか?

畑瀬氏:

うちは「スキルセット採用はしない」と決めています。職歴や「これができます」というハードスキルは一切見ません。ソフトスキル、つまり本当に「人として良い」方であれば採用します。

ただし、スキルフィットする人は非常に少ないので、ひたすらLinkedInを頼るのと、あとは採用エージェントです。

伸びているスタートアップの経営者からは、「採用エージェントは神様だと思え」「お客様と同じくらい接待しろ」とずっと言われてきました。良い人、カルチャーにフィットする人が見つかった時に、真っ先に自分たちに声がかかるよう、エージェントといかに仲良くしておくか。そこにかなり予算を割いています。

森山氏:

私もエージェントさんといかに自分の考えを一致させるかが鍵だと思っています。最初10社ほどと契約しましたが、最終的には2社に絞りました。

エージェントの方が「こんな小さな会社だけど、全力で尽くそう」と思ってくださる関係性を築けると、彼らも必死に優秀な人材を探してきてくれます。

ただ、うちはモノづくりなので、畑瀬さんとは少し違い、即戦力になっていただくためにスキルセットもかなり重視しています。私たちのエンジニアと私自身がエージェントと密に話し、かなりの時間をかけて面接し、「この人」という一人を採用しています。

馬場氏:

お二人の話を聞いて思ったのですが、大学発スタートアップには、時として「先生(研究者)の弟子」や「自分と同じレベルの者でないとダメだ」といった固定観念があるように感じます。お二人はそれをどう乗り越えられたのでしょうか?

森山氏:

答えは簡単で、私と一緒にやっている大学の先生が「自分は人を見る目がない」といつも言っているので、採用は私に任されています(笑)。もちろん、技術的なレベルを審査する場面では、先生にもちゃんと出てもらっています。

畑瀬氏:

うちは少しケースが違い、僕の「ありたい姿」を曲げずにやってきたので、あまり口を出されることはありません。大事にしたいカルチャーを共有できる人をまず入れ、そこからカルチャーの言語化をさらに進めていく、という繰り返しを大事にしています。

馬場氏:

NEDOでは、あえて第三者(VCなど)に入ってもらい、先生に対して客観的な意見を言ってもらうこともありますね。

あと、エージェントも「会社」ではなく、そこの「担当者」との相性やパッションがすごく大きいと思います。

ところで、お二人は面接で「パッション」をどう見抜いているんですか? 抽象的で分かりにくいと思うのですが。

森山氏:

半分冗談、半分本気ですが、「一緒に酒を飲む」しかない気がします。

うちは福岡に事務所があるので、面接に来ていただく際、本当に「この人いいな」と思ったら、夜に飲みに誘います。昼間の面接では語られなかった「秘めた夢」をそこで語ってくれることもあり、それが決め手になることもあります。

畑瀬氏:

パッションがある人には2つの側面があると思います。

1つは「覚悟」です。「条件を下げてでもこの船に乗りたい」とか、「ワーク・イズ・ライフ(仕事と人生を分けない)」という我々の考え方に共感できるか、といった点です。

もう1つは、「苦しい時に前を向ける気概」があるか。スタートアップは決まっていないことを自分で決めていかなければならない。そういう状況で前を向けるかどうかは、パッションに関わってくると思います。

まとめ

ディープテックスタートアップがグローバル市場を目指す上での、リアルな戦略と課題が浮き彫りになるセッションでした。進出先として、従来の北米市場だけでなく、欧州(特に技術親和性の高いドイツ)や、資源防衛といった新たな観点からアフリカ市場まで視野に入れるダイナミックな視点が示されました。

また、海外進出の「最初の一歩」として、支援機関の徹底活用や、飲食を共にするような泥臭い「信頼関係」の構築が重要であると語られました。一方で、ディープテック特有の「研究開発期間の長さ」がビジネス上の壁となることや、「登記場所」「法務」といったバックオフィス業務の重要性など、起業家が直面する具体的な困難も共有されました。

特に議論が白熱した「人材採用」においては、スキルセットだけでなく、「パッション」や「覚悟」といったソフトスキルをいかに見極めるか、各社の哲学が垣間見えました。本セッションで語られた生々しい実践知が、世界へ挑戦する日本のスタートアップにとって、次の一歩を踏み出すヒントとなれば幸いです。

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