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意思決定を速めてイノベーションを成功に導く「社内ベンチャー」とは?

2024/06/24

大手企業でイノベーション創出が進みにくいのはなぜか?そのメカニズムを説いた『イノベーションのジレンマ』の中で著者のクレイトン・クリステンセンは、既存事業とは異なる組織・環境で破壊的イノベーションに取り組むことの重要性を指摘しています。これを実践する手段のひとつに「社内ベンチャー」があります。幅広い業界で活用が進む社内ベンチャーのメリットとデメリット、成功に導くためのポイントを解説します。

[目次]
1. 社内ベンチャーとは?
2. 社内ベンチャーのメリット
3. 社内ベンチャーを成功させるポイント
4. 社内ベンチャーの事例

 


Hideaki Fukui

Writer


1. 社内ベンチャーとは?

スピーディーな事業開発に向けて

社内ベンチャーとは読んで字のごとく、社内にいながらベンチャー企業のように新規事業開発を行うチームまたは取り組みのことです。かつてないスピードで新商品やサービスの開発を迫られる中、既存事業との両立の難しさや意思決定フローの複雑さなどが障壁となり、大手企業の多くは新規事業開発に困難を抱えています。この状況に対し、一定の独立した権限を持たせることで事業開発のスピードをスタートアップ並みに加速するのが社内ベンチャーの目的です。また、新規事業への機運を高め、チャレンジ精神旺盛な企業文化を育む目的もあります。

社内ベンチャーには、新規事業の専門部署として組織化するパターンと、既存の組織編制は変えず有志によるプロジェクトチームを作るパターンがあります。また、トップダウンで組織化するケースや、部署横断の勉強会などから派生するケース、社内のビジネスコンテストから生まれるケースなど、企業によって様々なパターンが見られます。

子会社との違い

類似する手法として、傘下に子会社を作る方法があります。独立した権限を持たせて経営の自由度を上げる点では社内ベンチャーと似ていますが、子会社は親会社およびその株主の意向に意思決定を左右される側面があります。また、別法人を設立する手間とコストも必要になります。

 

事業開発の初期段階で、柔軟かつ素早い動きが必要な場面では社内ベンチャーの方が適していると言えます。開発した事業が軌道に乗り、収益化の目途が見えたら、さらなるスケールを見越して子会社化を検討するのが良いでしょう。近年では、社内で育成した事業テーマを独立したスタートアップとして切り出すカーブアウトといった手法も注目されています。

社内ベンチャーのステップ

社内ベンチャーのスタートからゴールまでのステップは企業により多様なパターンがありますが、概ね以下のようなステップで事業開発を進めます。

2. 社内ベンチャーのメリット

では、社内ベンチャーには具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか。企業と社員、それぞれに対するメリットを見てみましょう。

企業へのメリット

新たな収益源の創出

社内ベンチャーから生まれた新規事業が軌道に乗れば、将来的に新たな収益の柱となる可能性があります。第二・第三の収益の柱を作っておくことで、市場環境の変化に負けない強固な経営基盤を築くことができます。

 

組織風土の改革

社内ベンチャーのような新しい取り組みは、社内でイノベーション創出への機運を高める効果があります。それまで安定志向が漂っていた組織にチャレンジ精神が生まれ、会社全体にポジティブな文化が浸透するきっかけになります。

 

リソースの有効活用

企業は人材や資金、技術・ノウハウなどのリソースの活用方法を常に模索しています。社内ベンチャーはヒト・モノ・カネのすべてを使って新規事業開発に特化する取り組みなので、リソース活用という点では非常に有効な手段と言えます。

 

企業イメージの向上

社内ベンチャーへの取り組みは「イノベーション創出に積極的な企業」というイメージをアピールする好材料となります。「挑戦機会の多い会社」という企業イメージは、人材獲得においても有利にはたらくでしょう。

社員へのメリット

思い切った挑戦のチャンス

起業とは異なり、社内ベンチャーは会社のリソースを使って新規事業開発に取り組むため、失敗を恐れずに思い切った挑戦をすることができます。事業アイデアを持つ社員にとっては、その実現にチャレンジする大きなチャンスとなります。

 

新たな視点や経験値の獲得

新規事業開発の過程では想定外の壁にぶつかったり、社外連携によって新しい視点や考え方に触れたり、既存事業とは異なる経験を積むことができます。それらの経験によってビジネススキルやソフトスキルを高めることができます。

 

イノベーション人材としての成長

積極的なリスクテイクやスピーディーな意思決定など、ベンチャー企業に通じる動き方を経験する中で、事業開発に必要なスキルやマインドが身に付き、いわゆる「イノベーション人材」として成長することができます。

3. 社内ベンチャー成功のポイント

メリットの多い社内ベンチャーですが、その効果を最大化して成功へ導くには、いくつかのポイントを押さえておく必要があります。

適切な人材のアサイン

適切な人材のアサインは、社内ベンチャーの成功に直結します。社内ベンチャーは新規事業開発であり、リーダーシップ、クリエイティビティ、リスク管理能力など、多様なスキルセットが求められます。明確なビジョンと推進力を持ちリーダーシップを発揮できる人材がいることで、チームのモチベーションが保たれ、プロジェクトを成功に導くことができます。

また社内ベンチャーを拡大していくためには、チーム内外のコミュニケーションが重要です。適切な人材は、企業文化と価値観を理解し、それに基づいて行動することができます。新規事業開発には迅速かつ適切な意思決定を行う能力を持っており、変化する状況や新しい挑戦に対して柔軟に適応することができます。

KPIと撤退基準の明確化

既存事業と異なり、新規事業開発にはパフォーマンスを測る明確な指標がありません。従来の「結果がすべて」という評価制度を社内ベンチャーに当てはめてしまうと、メンバーの挑戦意欲を削いでしまう可能性もあります。提案やチャレンジのプロセスも評価するためのイノベーション指標の設計や、失敗も成果のひとつと捉えて挑戦そのものを評価する文化の醸成が必要です。

また社内ベンチャーは会社の後ろ盾がある分、スタートアップに見られるような「生きるか死ぬか」という危機感が生まれにくい側面もあります。場合によっては、応募した社員の興味本位での活動に終わってしまう可能性も否定できません。担当者の興味ややる気も重要ではありますが、成果が出ない状態が続くと既存事業も圧迫してしまうため、どこかで見切りをつける必要があります。

失敗を許容する姿勢を基本としつつも「〇年以内に〇本の事業をプロジェクト化する」などのノルマ設定や、撤退の基準となる指標をあらかじめ決めておくことも必要です。撤退基準を決めておくことで迅速な意思決定が可能となり、より成功確率の高い新規事業にリソースを集中させることができます。

最小限かつ適切な経営陣の関与

社内ベンチャーも組織の一部門のため、その活動は会社全体の方針や経営陣の意向に左右されます。過去に大きな成功を収めてきた企業の場合、自社のプロダクトや技術への誇りが高く、新規事業にそれらのアセットとのシナジーを求められる場合もあります。過度に経営陣が介入してしまうとアイデアの幅が狭まったりスピードが失われたりするリスクがあるため、最小限の関与に留めるような承認フローの設計が必要です。

一方で新規事業が既存事業と市場を食い合ってしまうカニバリゼーションを避けることも必要です。そのためには活動をブラックボックス化させず、経営陣が社内ベンチャーに関する情報を把握しておく体制も必要です。自由な開発環境と適切な経営管理のバランスを心がけましょう。

4. 社内ベンチャーの事例

社内ベンチャーを生み出す仕組み

積水化学工業「C.O.B.U.アクセラレーター」

「VISION 2030」の中で2030年にビジネス規模の倍増を掲げる積水化学工業は、新規事業創出のための社内ビジネスコンテスト「C.O.B.U.アクセラレーター」を2022年に開始。これはグループ内26,000人の社員を対象にビジネスプランを募集し、採択したプランの事業化をめざすものです。初年度には200件超の応募があり、そこから3件を採択。仮説検証を経て最終的に1件に絞って事業化する予定です(*1)(*2)。

 

NTTドコモ「docomo STARTUP

通信大手のNTTドコモでは、新規事業創出プログラム「docomo STARTUP」を運営。ドコモグループの社員全員が参加可能で、人材育成プログラムの「COLLEGE」、新規事業創出コンテストの「CHALLENGE」、資金調達および成長支援プログラムの「GROWTH」の3ステップでビジネス開発を促進しています

社内ベンチャー発の新事業

駅探

大手電機メーカーの東芝は、古くから社内ベンチャー制度に力を入れてきた会社です。その事例として有名なのが、2003年に設立された株式会社駅探で、電車の乗り換え案内や時刻表検索などのデジタルサービスを手がけています。同社の前身は東芝のIP事業推進室内で生まれた社内ベンチャーで、その後の事業拡大に伴って分社化されました。

 

複合現実製作所

先述の「docomo STARTUP」から生まれた成功事例のひとつが建築業向けのXRソリューション開発を手がける複合現実製作所で、社内ベンチャーからスピンオフした事例です(*3)。5Gをはじめ、ドコモグループが持つ通信技術とのシナジーを生かしながらスピーディーなサービス開発を可能にしている点で、社内ベンチャーのメリットが生かされた好例といえるでしょう。

Plug and Playでは、大手企業とスタートアップとの協業を促すさまざまな支援サービスを提供しています。優秀なスタートアップとのマッチングはもちろん、社内ベンチャーの組成やメンタリング、新規事業創出のためのワークショップといった実践的なプログラムもご用意しています。さらに、グローバルネットワークを活用した海外スタートアップとのマッチング支援も可能です。ご興味のある方は、こちらよりお気軽にご相談ください。

参考:

*1) Biz/Zine「アイデアを集め事業化する“仕組み”の裏側」2024年3月4日

*2) PR TIMES STORY「積水化学が新規事業創出の社内ビジネスコンテストを開催『HiPro Direct』を使ったプロ人材の活用方法とは」2023年9月15日

*3) NTT docomoXRサービスの企画開発をする新会社『株式会社複合現実製作所』を設立202084

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