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大手企業が経営戦略を必要とする背景とは?

2024/04/16

パンデミック、気候変動、デジタルトランスフォーメーション、地政学的緊張といったグローバル・地域レベルでの変革・不確実性が増す近年、企業の持続的な成長を促す上で経営戦略の策定は極めて重要な要素となります。本記事では、1. 経営戦略の定義、2. 戦略を策定する必要性、3. 経営戦略の複層的構造、4. 戦略策定と実施方法、そして、5. 大手企業における経営戦略の事例を紹介し、経営戦略が現在企業に必要とされている背景、有用性、立案フローについて考察します。

(Photo by Vlada Karpovich)


Writer: Haruhito Suzuki

Marketing & Communications Intern


1. 経営戦略とはー定義とその目的

まず、経営戦略を定義するにあたって「戦略」について理解する必要があります。

元来、「戦略」とは安全保障・軍事領域より芽生えた言葉です。高橋彬雄によると戦略とは、組織が最終的に実現したい状態である「目的」、それを達成するのに必要となる具体的な行動・ツールを明確化した「手段」、そして複数の手段を組み合わせてそれらをどのように実行するかを示す「方法」、の3ファクターを体系的・論理的に組み合わせた長期的ロードマップであるとしています*1

多くの企業も1970年代以降、競争環境(市場)での利潤追求、市場環境に即した組織改革、新たな事業方向性を示すアプローチとして経営戦略の策定を積極的に行っています。その定義自体は多岐に渡るものの、大枠として経営戦略は「企業が組織とそのステークホルダーに価値を創造し、市場で競争上の優位性を獲得するために追求する戦略的取り組み」と捉えることができます。企業が競争環境の中で自身にとって望ましい状態を達成し、それに即した経営目標・目的の設定、有限である経営リソースの分配、必要となる企業体制の確立を実現する上で、そのロードマップとなる経営戦略の策定は重要なアプローチでしょう。

2. 現代において経営戦略が必要となる背景

企業の全体的な経営目的・目標設定とその達成手段・方法を明確化する経営戦略は、なぜ現在多くの企業において必要とされているのでしょうか?

経営戦略が必要とされる背景には3つからなる社会・競争環境変化の要因が挙げられます。

ITC・AI技術の進歩

第一に、ITC・AIの顕著な発展といった技術の急速な進歩は、Society 5.0に代表されるサイバー空間とフィジカル空間の高度な融合を促進し、新たな形での経済発展と社会課題の解決を可能とさせることが期待されています。従来的には、IT技術やAIの導入を積極視していなかった企業も、自社製品・ソリューションのデジタル化への適応が求められることが予想されるため、技術変革のスピードに即した組織改編や新規事業の立ち上げなどが必要となるでしょう。

社会・環境課題の顕著化

第二に、持続可能な社会の実現や地球温暖化に代表される環境問題への取り組みといった新たな社会課題への対応も企業が念頭に置かなければならない経営要素の一つです。特に、近年では環境・社会・ガバナンスの頭文字を取ったESGへの投資とコミットメントが企業の社会課題への貢献度を示す方策となります。同時に、経営リスクの低減と企業ブランド向上のツールとしても重要な意味合いを持ちます。よって社会が一体となって取り組んでいる社会・環境課題への取り組みを企業の経営理念・目的に反映することが近年重要視されていると言えます。

グローバルな地政学リスクの存在

第三に、急速なグローバル化に伴う市場環境の変化、ウクライナ戦争に代表される地域的な紛争・政情不安の経済的影響波及、そして米中間での大国間競争の再来による経済デカップリングの顕著化といった地政学的リスクは企業が勘案しなければならないファクターです。特に、海外の製造拠点やサプライチェーン網を有している企業にとって、今後5〜10年スパンにおける地政学的リスクの分析とその影響を踏まえた経営戦略の立案は、極めて重要なリスクヘッジの方策となるでしょう。

このように、急速な技術的な変革、社会課題への適応、そしてグローバルな地政学リスクへ対応をする上でも、企業の競争優位性と事業価値の創造を確立する経営戦略は必要不可欠となるロードマップであると考えられます。複雑かつ不確実性が高い競争環境において利益を追求し、急速な変化を遂げる市場に即した企業・組織変革を促す一大要素として経営戦略はその役割が期待されています。

3. 経営戦略における各戦略レベルの解説

安全保障における戦略論にて論じられている通り、戦略は異なるレベルから成る複層構造的性質を持つことが多いです。高橋が指摘するように、戦略には最終的に達成すべき目標とその達成手段・方法を明示した「上位戦略」と、上位戦略に付随する問題の解決、あるいは上位手段・方法を実現可能とさせる上で必要となる複数の「下位戦略」の設定による複層的な戦略レベルのチェーン構築が必要となります*2。

経営戦略も複層的な構造を有し、主に3つの戦略レベル:1. 全体戦略、2. 事業戦略、3. 機能別戦略から形成されるとされます。

1. 全体戦略(企業・全社戦略)

言葉の通り、全体戦略とは企業が全社的かつ長期的な視点から自身が策定すべき目標と方向性を定める戦略です。企業が志す使命・価値観を表明する「経営理念」の策定と反映を一義的な軸とし、企業全体としての成長目標の設定、注力する事業領域の選択、それらに伴う事業ポートフォリオの形成、そして目標達成をする上で必要となる経営資源の分配を規定するものが全体戦略の概要となります。特に、市場進出戦略や事業統合戦略といった、組織全体の方針を決定する企業の上位戦略が本レベルに該当するでしょう。

2. 事業戦略

全体戦略の下に位置するのが事業戦略です。具体的には、全体戦略で企業が選択した個別の事業領域において、競合他社との競争優位性と変化が激しい市場環境での利益追求を確立する戦略が本レベルに該当します。各事業において具体的な手法・方法は異なりますが、顧客と市場分析に基づいたプロダクト・サービスの創出と提供、それに伴う効果的な市場・顧客戦略の策定などの要素が事業戦略を立案・実施する上で勘案する必要があります。

3. 機能別戦略

事業戦略のさらに下位に位置するのが企業が冠する各部門の最適化に焦点をあてた機能別戦略です。営業、人事、開発、マーケティング、人事といった各機能組織が全体・事業戦略において策定された目標を達成する上で必要となる個別具体的な目標、取るべき戦術、アプローチを提示した戦略が該当します。

このように、企業における経営戦略は3つのレベルからヒエラルキー構造を形成していると認識することができます。企業全体の目標・方向性を示した上位戦略である全体戦略と、それを達成する上で必要となる事業戦略・機能別戦略が下位戦略として立案・実施されることにより、企業は市場における競争優位性と自身・ステークホルダーへの価値創造が可能となります。

4. 経営戦略の策定と実践

では、実際に企業が経営戦略を策定し、それを実践するにあたってどのようなアプローチが必要となるのでしょうか?経営戦略の策定・実践は大枠として以下の6つの手順:1. 目標設定、2. 環境分析、3. 戦略立案、4. 戦略の選定、5. 実行とモニタリング、6. 評価と改善、に分類することができます。

1. 目標設定

まず、経営戦略の策定において必要となるのが企業が長期的に達成すべき目的・目標と経営理念・ビジョンの設定です。特に、企業の行動指針と創出したい価値を明確化する経営理念・ビジョンの設定は全体戦略を策定する上で重要な要素となります。これに付随する形で、企業の長期的な成長目標、達成すべき利益・市場シェアの目標を設定し上位戦略の策定を行います。

2. 環境分析

次に、市場、顧客ニーズや特定の競争環境における事業成功要因の分析・導きを主眼とした「外部環境分析」、そして事業を成功させる上で企業が実践すべき経営資源の分配や自社が持つ強み・弱み、能力数値を把握する「内部分析」を行います。特に、環境分析においては、外部・内部要因を多角的に検証・評価することが重要となるため、SWOT・PESTEL分析などのフレームワークを用いることが一般的です。

3. 戦略立案

第三に、環境分析の結果を踏まえた各種具体的な戦略の立案が必要になります。上位戦略策定時に設定された企業目標の達成に寄与する複数・具体的な下位目標とそれに伴い選択する必要がある戦術、予算、リソース配分、タイムラインなどを定めていくことが重要です。ポーターの競争戦略(低コスト、差別化、集中)やアンソフの成長マトリックス(市場浸透、市場開発、製品開発、多角化)などのフレームワークを活用し、1. 企業の上位目標、2. 環境分析で紐解いた事業成功要因に適合した競争・成長戦略等を策定するプロセスが有用となります。

4. 戦略の選定

戦略立案の次に必要となるプロセスが戦略選定です。立案された戦略オプションにて必要となるリソース、想定される結果、そして戦略の実行可能性を評価し、実践すべき経営戦略を選定していきます。

5. 戦略の実行とモニタリング

次に、選定した戦略の実行と、その進捗・成果を定期的にモニタリングする段階に移行します。特に、実行された戦略の経過と成果をモニタリングするにあたって、KPIや報酬評価制度といった中期目標達成を評価する制度の整備が重要となります。これら各種評価制度を用いることによって戦略の効果を把握することが出来るとともに、必要な微調整・修正を適宜実施することが可能となります。

6. 戦略の評価と改善

最後の段階で必要となるのは、実行した戦略がもたらした結果の評価と改善策の提案です。特に、戦略立案時に想定した結果が導き出せなかった場合はその原因解明とそれに基づく改善策の立案、実行、評価をまた同じプロセスで実施する必要があります。

5. 大手企業による経営戦略の事例

では、実際企業において、どのような経営戦略が取り組みとして行われているのでしょうか?以下では、Plug and Play Japan パートナー企業3社における経営戦略をご紹介します。

日産自動車株式会社

日産では「NISSAN NEXT 2030」という長期ビジョンを発表しています。この上位戦略ではグローバル事業の拡大を軸とし、1. モビリティの電動化推進、2. ICT技術や先端エネルギー技術の実装、3. 持続可能なモビリティエコシステム形成を主要目標とします。またその下には中期的な事業改造計画である「NISSAN NEXT」が設けられており、2020年 – 2023年末の期間きおける持続的な成長と安定的な収益確保のアプローチを具体的に示しています。

積水化学工業株式会社

積水化学においても長期ビジョンとなる「Vision 2030」、そして中期戦略となる新中期経営計画「Drive 2022」が発表されています。Vision2030では「Innovation for Earth」ビジョンステートメントが設定され、1. サステナブルな社会の実現と、2. 未来に続く安心の創出を、最上位の目標としています。その下に戦略の方向性・収益目標、目標達成の上で注力すべき事業領域、そして達成方法として有すべき組織能力がヒエラルキー構造で設定されており、どのようなアプローチで積水化学がVision 2030を実行していくのかを詳細に把握することができます。

株式会社アイシン

アイシンにおける経営戦略として、2030年までに自社が目指す姿とそれを達成する上で必要となる事業成長戦略を盛り込んだ「2025年中期計画」があります。本計画では、中期経営目標として事業ポートフォリオの入れ替え、既存製品の収益性向上、成長領域へのリソーセスシフトといった注力事業・事業方向性を挙げるとともに、売上高5兆円、営業利益3,000億円以上、営業利益率6%以上など、数字での具体的な達成目標を掲げています。

まとめ

このように、経営戦略は多領域における変化と不確実性が増す現代において、企業の持続的な成長、注力事業の方向性、そして競争優位性を確保する上で必要な経営プロセス・ツールであるでしょう。また、経営戦略の複層的構造とその策定・実践フローを正確に把握することによって、効果的かつ検証可能な戦略を企業が有することになります。実際、多くの企業が変化を遂げる市場・社会環境、技術発展、そして競争環境の複雑化に適合と優位性を確保する上で複層的な経営戦略の実践に乗り出しています。

世界で50,000社以上のスタートアップとコネクションを持つPlug and Playでは、スタートアップとのマッチングやイノベーション戦略策定などを通じて大手企業のオープンイノベーションをサポートしております。ご興味のある方はこちらよりお気軽にご相談ください。

参考文献

*1 高橋彬雄、「現代戦略論」、並木書房、2023年、Pp 18-20.

*2  高橋、「現代戦略論」、Pp 22-24.

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