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脱クローズドイノベーションに向けた組織改革のポイント

2024/04/12

2024年2月、熊本県の小さな町が巨大工場の完成に湧いていました。半導体の受託製造で世界最大手の「TSMC」が日本に初めて大規模な製造拠点を建設。そのニュースは、1980年代に日本が覇権を握っていた半導体産業の勢力図が塗り替わったことを象徴するものでした。

この30年間で日本と世界の明暗を分けた要因のひとつに「クローズドイノベーション」があります。日本語で「自前主義」とも表現される経営スタンスですが、そこにはどのような功罪があるのでしょうか。その特徴や具体的な事例などをご紹介します。


Writer: Fukui Hideaki


[目次]

  1. クローズドイノベーションとは?
  2. オープンイノベーションへのシフト
  3. 変革を阻む壁
  4. まとめ ~トップメッセージで意識変革を~

(Photo by Lina Kivaka from Pexels

1. クローズドイノベーションとは?

現在、ビジネスシーンで盛んに叫ばれる「オープンイノベーション」に対し、系列のサプライチェーンを含む自社内のみで開発を行うことを「クローズドイノベーション」と呼びます。一般的なスキームとしては、自社R&Dで生み出した技術をベースにプロダクトを開発し、自社または系列の下請け工場などで製造する形です。

豊富な技術リソースを持つ大手メーカーを中心に、高度成長期から90年代にかけて採用されてきた開発手法で、日本の競争力を支える源泉でした。しかし市場環境の変化が複雑かつ高速化した現在では、外部との積極的な連携によるオープンイノベーションへシフトする企業が増えています。

クローズドイノベーションの手法

クローズドイノベーションが主流だった時代には、社内の企業努力によって新規プロダクトを生み出すべく、企業はさまざまなメソッドを取り入れてきました。主なメソッドとして次の3つが挙げられます。

インハウスR&D

多くのメーカーにはR&D部門があり、新規プロダクトの種を生み出すための研究を行っています。社内に研究部門を抱えることによって情報の流出を防ぎ、他社に真似できない独自技術の構築が可能となります。

この仕組みがうまく回っていたのは2000年頃までで、それを裏付けるひとつの指標が特許出願件数の推移です。2000年代初頭までトップを走っていた日本は、その後アメリカと中国に相次いで抜かれ、社内の知見のみに頼る研究からは新たな発明が生まれにくくなったことを示唆しています。

(出典:WIPO, IP Facts and Figures)

社内ハッカソン・アイデアソン

システムの解析や改良を意味する「ハック」と「マラソン」を組み合わせた造語で、エンジニアやデザイナー、プログラマーなどが一定期間集中的にアプリやシステムなどを開発するイベントを「ハッカソン」と呼びます。また、アプリやシステムに限らず幅広く事業アイデアを生み出すのが「アイデアソン」です。これらのイベントを社内で定期的に開催することで、クローズドイノベーションの創出を図ります。

日本の製造業においては、「ハッカソン」「アイデアソン」という言葉が生まれる以前から社内で発明コンテストのようなイベントを開催する文化がありました。コンテストを通じてR&Dの技術力や結束力を高め、当時はそれが競争力の源泉のひとつになっていました。

KAIZEN

大きな変革の渦中にある自動車業界において、今なお大きな存在感を示すトヨタ自動車。その競争力を長く支える取り組みとして有名なのが「KAIZEN(カイゼン)」です。製造工程はもちろん、社内業務に潜む「ムダ」を徹底的に排除することで生産価値を向上し続ける考え方です。

自社グループを含む系列のサプライチェーンにこの考えを浸透させることで、トヨタは世界的な競争力を培ってきました。内部の競争力を徹底的に磨くという意味では、この取り組みもクローズドなイノベーションと言えるでしょう。

クローズドな開発から生まれたiPhone

一見、革新的な発明が生まれにくいように思えるクローズドイノベーションですが、実は成功例もあります。その有名なものがAppleの「iPhone」です。

 

2007年にAppleが発表したiPhoneは「スマートフォン」という新しい概念を生み、全世界の人々のライフスタイルを一変させました。この開発は2004年頃に始まり、「プロジェクト・パープル(Project Purple)」の名で極秘裏に進行。当時はApple社内でも一部の開発関係者のみが知るプロジェクトで、その情報は厳重に管理されていました(*1)。

当時は先進的だったタッチスクリーンなどの技術をベースにプロダクトアウト発想で生まれたiPhoneですが、スティーブ・ジョブズの天才的なコンセプトメイキングも奏功し、結果的に世界を変える発明となったのです。

*1) MacOTAKARA「AppleInsider:Scott Forstall氏、iPhone開発プロジェクト『Purple』について語る」2012年8月5日

2. オープンイノベーションへのシフト

オープンイノベーションの誕生

2003年、当時ハーバード大学の教授だったヘンリー・チェスブロウ氏が、著書の中で「オープンイノベーション」という概念を提唱。それ以前からアメリカでは社外との積極的な連携や技術交流を通じた開発手法が広がっていましたが、この著書をきっかけにビジネス手法として定着することになります。

その後、IT大手企業の積極的な社外連携やマッチングサービスの充実もあり、オープンイノベーションは経営戦略のスタンダードとなっていきます。日本でも2010年頃から広がりを見せ、今では多くの企業がアクセラレータープログラムやCVCなどを活用したオープンイノベーションに取り組んでいます。

自前主義の限界

クローズドからオープンへのシフトの背景には、かつて多くの企業が依拠していた「自前主義」というスタンスの限界があります。グローバル競争が激化する一方で開発にスピードが求められるようになり、「自社で達成できるレベル(Can Do)」と「競争に勝つために達成すべきレベル(Must Do)」の差が拡大。単独で新たな価値を生み出すことは、時代が進むごとに難しくなっているのです。

そのような状況下で自前主義にこだわり、クローズドイノベーションを続けることには、次のようなリスクが伴います。

市場ニーズとのミスマッチ

社内および系列のサプライチェーンの中で長期にわたり開発を続けていると視野が狭くなり、「既存の技術や過去の経験から何かを生み出す」という発想に陥りやすくなります。その結果、市場のニーズよりも自社の技術活用を優先したプロダクトを生み出してしまう危険性があります。

失敗からのリカバリの難しさ

クローズドイノベーションは、オープンイノベーションに比べて開発期間や投資コストが大きくなってしまいます。その結果、万一失敗しても「これだけ時間とコストをかけたのに止めるわけにいかない」という思考に陥り、成果につながらない開発を延々と続けてしまう可能性があります。

複雑化・細分化する領域への対応の難しさ

グローバル化や技術の進歩、ライフスタイルの多様化などによって、市場に求められるものは複雑化、細分化の一途をたどっています。この状況下で自前のノウハウのみに頼る開発を続けていると、スピード、レベルともにニーズを満たせず、市場から取り残されてしまう危険があります。

クローズドイノベーションの失敗例

コピー機にこだわったゼロックス

今やビジネス文書やグラフィックデザインの閲覧に欠かせない「PDF」ファイル。その誕生は1980年代にさかのぼります。コピー機のメーカーだったゼロックスで、将来的なオフィスソリューション事業の候補に上がっていたのが「PDF(Portable Document Format)」でした。

しかし、もしPDFが本当に普及すればコピー機はおろか、紙もインクトナーへの需要も大きく減ることが予想され、当時の幹部は却下してしまいます。結果的にPDFの開発者はゼロックスを離れ、現在のAdobeを創設することになります。

自社の既存事業にこだわった結果、後に世界標準となるPDFの基盤技術を失ったゼロックスは、その反省からオープンイノベーション路線に方向転換。パロアルト研究所(PARC)を中心にさまざまな企業との共創に注力するようになりました(*2)。

スマホの明暗を分けたタッチスクリーン

2007年に登場したiPhoneが携帯電話に革命をもたらした一方、自社の路線にこだわってシェアを失ったのがNOKIAとBlackberryです。それまで世界の携帯端末市場で大きな存在感を示していた両社に共通するのは、従来の「物理ボタン」への執着でした。

両社ともにユーザーへの意識調査で「タッチスクリーンの電話は使いたくない」という声が多かったことを理由にタッチスクリーンを軽視。しかし若い世代を中心にタッチスクリーンへの潜在的ニーズは高く、結果的に両社ともiPhoneおよびその後に台頭するアンドロイド端末にシェアを奪われてしまいました。社内および自社製品ユーザーの声だけに耳を傾けた結果、市場のニーズを見誤った典型的な事例と言えるでしょう(*3)(*4)。

紙のプリントに固執したコダック

まだデジタルカメラが世になかった時代、写真フィルムの市場に君臨していたのがKODAK(コダック)です。そのコダックは1975年に世界初のデジタルカメラ試作機を開発するなど、先進的な取り組みで写真業界をリード。しかし、結果的に同社はデジタルへの対応を誤ったことで2012年に連邦破産法を申請します。

カメラがフィルムからデジタルへと移行しつつあった2000年前後、コダックでもデジタル化を見越して保存用のCDや写真共有サイトなどの事業に手を伸ばします。しかし、フィルム販売とプリントの一貫サービスで成長してきた同社は、その考え方からなかなか脱却できません。自社完結のサービスや紙へのプリントに固執し続けた結果、皮肉なことに他のデジタルサービスとの競争に破れてしまったのでした(*5)。

*2) ITmedia NEWS「『PDF』のアイデアは当初、ダメ出しを食らった? イノベーションの在り方を“失敗”から考える」2022年5月12日

*3) 東洋経済ONLINE「スマホで敗れた『ノキア』が再び復活できた理由」2019年7月14日

*4) Gigazine「Blackberryがわずか4年で市場シェアを50%から3%まで落とした理由とは」2013年8月20日

*5) JBpress「いち早くデジタル化に着手したコダックがなぜ倒産?」2021年10月9日

3. 変革を阻む壁

「これからはオープンイノベーションによって新たなビジネスを生み出す」と語気を強める企業は数多くありますが、長年にわたって染み付いてきた組織文化を変えるのは容易ではありません。そこには、どのような壁があるのでしょうか。

NIH(Not Invented Here)症候群

自社開発に力を入れてきた企業の中には、社外のすぐれた技術や発明を軽視してしまう風潮が見られることもあります。「Not Invented Here」、つまり「ここ(自社)で発明されたものではない」という理由だけで軽視し、採用しないこの風潮を「NIH症候群」と呼びます。長く自前主義の考え方に依拠してきた企業に多く見られる症状です。

経営戦略の転換

「オープンイノベーションに取り組む」とスローガンを掲げたところで、おそらく現場はどう動けばいいかわからないでしょう。効果的な変革につなげるには、具体的な戦略に落とし込むことが必要です。ここで参考になるのは、オランダの電機メーカー、フィリップスがオープンイノベーション路線を本格化した2010年に発表した「Vision 2015」という全社戦略です。この中で「2015年までに商品化のキーとなる技術の50%は外部から導入する」と明確な指標を設定。その後のヒット商品の開発へとつながっていきます(*6)。

評価システム

組織改革でしばしば悩みの種となるのが人事評価です。開発手法を変えるにあたり、何をもって「成果」とするのか、誰がその成果に貢献したのかなどの要件定義も変わってきます。この評価を巡って現場に不満が生まれると、オープンイノベーションがスムーズに進まない可能性もあります。

研究施設の立地

メーカーの研究施設は、建設コストや物流の利便性、災害リスク分散などの観点から地方に立地していることが少なくありません。このことが外部との交流を遮断し、視野が内向きになってしまう要因にもなっています。その解消のため、近年では都市部に外部との交流拠点を設ける企業も増えています。

知的財産

オープンイノベーションを進める上でボトルネックになるのが知的財産の扱いです。協業先に提供した特許技術のライセンス料を巡る認識の違いや、共同で生み出した技術を特許化する場合の権利の帰属など、契約時にしっかりと確認しておかないと後々トラブルに発展する可能性も否定できません。

*6) 星野達也「オープンイノベーションの教科書」ダイヤモンド社(2015年2月 26日第1刷発行)

4. まとめ ~トップメッセージで意識変革を~

ここまで、クローズドイノベーションの特徴や功罪、オープンイノベーションへの移行について解説してきました。自前主義からの脱却には時間と労力が必要ですが、市場の変化は待ったなしの状況です。先に紹介したフィリップスも当初は社内の反発が強く、意識改革には時間が必要でした。そこで同社は、トップの言葉として次のようなメッセージを発信します。

「他社よりも先にゴールに到達するために社外技術を活用することは恥ずかしいことではない。社外技術活用に誇りを持つ、という考え方を意識すること」(*6)

このように、経営トップ自らオープンイノベーション戦略をリードし、組織全体の意識を変えることが成功の秘訣と言えます。

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