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これからの企業成長に不可欠な「オープンイノベーション」の視点

2024/04/12

「日本の2023年の名目GDPがドイツに抜かれ、世界4位に後退」というニュースに衝撃を受けた方も多いのではないでしょうか。日本の製造業が世界を席巻し、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言わしめた時代から市場環境は大きく変化し、技術の進化とともに新たなビジネス手法も次々と生み出されてきました。その中で、日本が海外勢の隆盛を許すきっかけのひとつになった開発手法が「オープンイノベーション」です。柔軟かつスピーディな開発を可能にするオープンイノベーションについて、その意義や事例などを解説します。


Writer: Fukui Hideaki


[目次]

  1. オープンイノベーションとは何か
  2. オープンイノベーションが必要な理由
  3. クローズドイノベーションとの違い
  4. オープンイノベーションのタイプ
  5. ケーススタディ
  6. まとめ

1. オープンイノベーションとは何か

ヘンリー・チェスブロウ氏の著書

「オープンイノベーション」という言葉は、2003年に当時ハーバード大学教授だったヘンリー・チェスブロウ氏が執筆した著書『オープンイノベーション』によって広く知られるようになりました。同書の中で、著者はオープンイノベーションを次のように定義しています(*1)。

「オープンイノベーションとは、組織内部のイノベーションを促進するために、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイデアなどの資源の流出入を活用し、その結果組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすことである。」

つまり、組織内と組織外の技術、ノウハウ、リソースなどの交流を通じて、自社だけでは解決できなかった課題に突破口を見出し、イノベーション創出につなげることが「オープンイノベーション」のポイントです。

教授としてさまざまなビジネス事例を研究していたチェスブロウ氏は、自社内で研究開発をすべて行う企業よりも、外部のノウハウを組み合わせて開発する企業の方が製品の市場投入が早く、成功する可能性が高いことを発見します。その概念を説明するために生み出したのが「オープンイノベーション」という言葉でした(*2)。

それ以前から、他社のノウハウを活用して研究開発を行う例はありましたが、その手法や考え方がこの著書によって改めて定義づけられたのです。

*1) NEDO「オープンイノベーション白書 第ニ版」2018年6月

*2) TECHBLITZ「【オープンイノベーションの提唱者】世界的な経営学者が語る、日本のオープンイノベーション」2020年11月9日

オープンイノベーションの歴史

先述の通り、「オープンイノベーション」という言葉が生まれる前から、他社の技術活用や交流は行われてきました。エピソードとして有名なものは、ゼロックスのパロアルト研究所(PARC)とApple創業者のスティーブ・ジョブズではないでしょうか。PARCで生まれたマウスやグラフィック技術は若き日のジョブズを大いに刺激し、Macintoshの誕生へとつながりました。

このように、他社との技術交流によって新しい価値を生み出す動きは古くからありましたが、1990年代頃から大手企業が組織的、戦略的に社外から技術やアイデアを取り入れる動きが活発化します。GE(ゼネラル・エレクトリック)やプロクター&ギャンブル(P&G)、LEGO、フィリップスなど、世界の名だたる企業が外部リソースの活用によって業績を向上させ、2000年代に入るとマイクロソフトやGoogle、Facebook(現・Meta)などのIT大手企業がM&Aを通じたオープンイノベーションで事業を拡大していきます。

そして今や、オープンイノベーションは変化の速いVUCA時代を生き残る上で不可欠な開発手法となっています。多くの企業でオープンイノベーションを専門に担う部署が設けられ、アクセラレーションプログラムやCVC、M&Aなどさまざまな手段を通した事業開発が繰り広げられています。

日本におけるオープンイノベーション

オープンイノベーションにおいては海外に遅れを取っていると言われる日本。しかし、歴史を見れば日本人は海外の文化や技術を取り込み、それを独自に発展させることに長けているため、オープンイノベーションが得意と言えます。

明治維新後には海外の技術を取り入れて鉄道や自動車、紡績など、国の発展を支える産業基盤を築きました。戦時中の主力戦闘機として有名な「零戦」は三菱重工の航空技術に加え、国内外の技術を集めて開発された住友金属の素材(超々ジュラルミン)、民間事業者の創意工夫を促す発注方式などが奏功し、わずか5年という短期間で完成。現在もオープンイノベーションの成功モデルとして語り継がれています(*3)。

しかし、60年代の高度成長期から80年代のバブル期にかけて成功を収め、社内に膨大な技術リソースを持った日本企業は、徐々に自前主義へと舵を切ります。「社内の技術や知見をどのように生かすか」という発想に陥ってしまったのです。その間、海外ではITの波に乗って次々と革新的なプロダクトが生まれ、ビジネスの勢力図を塗り替えていきました。

日本でもリーマン・ショックが起こった2008年頃を境にオープンイノベーションが注目され始め、その仲介サービスも増加。その後、AIをはじめとする革新的な技術の登場で市場環境が劇的に変化する中、危機感を募らせた多くの企業がオープンイノベーションに取り組むようになりました。

しかし、欧米に比べるとまだまだ日本企業のオープンイノベーション実施率は低く、社内の組織・風土改革、支援体制の強化、成功モデルの創出などが求められます。

出典:NEDO「オープンイノベーション白書 第三版」2020年6月

 

*3) 防衛省「海幹校戦略研究 第12巻第1号『零式艦上戦闘機の開発背景』」2022年6月

2. オープンイノベーションが必要な理由

市場背景

現在、なぜ大手を中心に多くの企業がオープンイノベーションに取り組むのでしょうか。その理由と市場背景を3つの観点から見てみましょう。

プロダクト・ライフサイクル

デジタル技術の進化に伴い、多くの分野で研究開発のスピードが加速しています。次々に新しい商品・サービスが生み出され、1つのヒット商品が何年にもわたって売れ続けるケースは少なくなっています。このような状況下で、企業は新商品・サービスを素早く開発し続ける必要があり、社内のノウハウや技術、発想だけに頼っていては他社に遅れを取ってしまう可能性があるのです。

特にIT分野においては、AIやIoT、ブロックチェーンなどの新技術が日進月歩で進化しており、明日のビジネス環境がどのような変化を見せるのか予測するのは容易ではありません。このような変化にもスピーディに対応する上で、外部リソースの柔軟な活用が欠かせないものとなっています。

多様化する消費者ニーズ

SNSをはじめとするメディアの多様化に伴い、消費者のライフスタイルや趣向も多様化しています。そのため、多くの分野でかつての少品種大量生産を前提とした開発ではなく、多品種少量生産を前提とした開発が求められています。社内の発想に頼り、従来の開発フローを続けていては消費者の持つ潜在的なニーズや行動を正確に捉えることができず、ビジネスチャンスを失う可能性もあります。

社外の柔軟な発想やノウハウを取り入れて、刻々と変化するトレンドを逃さない体制を築く必要があります。さらに、ニーズを捉えた商品・サービスを素早く形にするためにも、外部リソースの活用は欠かせません。

グローバル競争

世界中が情報通信ネットワークで結ばれた今、あらゆる分野のビジネスが国境を超えて展開されています。それは同時に、競争相手が世界各地に点在していることを意味します。国を超えた競争に打ち勝つためには、海外企業との協業も視野に入れたオープンイノベーションに取り組む姿勢が求められます。

オープンイノベーションのメリット

大手企業がオープンイノベーションに取り組むメリットは、主に以下の4つです。

技術・ノウハウの獲得

最大のメリットのひとつが、他社が持つ技術やノウハウの獲得です。特にスタートアップが持つ斬新でユニークな技術や、大学の研究シーズなどを大手企業が活用することで、マーケットに大きなインパクトを与えるプロダクト開発につながる可能性があります。自社だけでは乗り越えられない課題のブレイクスルーや、さらなるイノベーションの誘発も期待できます。

開発コストの削減

企業は研究開発に毎年多額の予算を投入し、大手企業であれば年間数千億円を費やすことも珍しくありません(*4)。自社でゼロから開発しようとすると膨大なコストが必要になりますが、外部の研究成果を活用すれば、ある程度コストを抑えることが可能です。

スピーディな開発

研究開発には、コストに加え時間も必要です。また、何年も研究に費やした末に、ビジネスとして結実しないこともあります。ここでも、外部の研究成果を上手に活用すれば、開発期間を大きく短縮できる可能性があります。

企業文化・風土の変革

オープンイノベーションによる副産物のひとつが、社内の文化や組織風土への影響です。特に自由な発想でスピーディな意思決定ができるスタートアップとの協業は、旧態依然とした組織に風穴を開け、変革の機運につながる可能性もあります。

オープンイノベーションのデメリット

低コスト・短期間での開発を可能にするオープンイノベーションですが、デメリットもありますので注意が必要です。

知財・情報セキュリティのリスク

外部との連携においては、自社の課題や新規プロジェクトなどの情報の開示が前提となります。また、共同開発の過程で社内の機密情報を部分的に共有することもあるでしょう。それらの情報が関係者外に漏れることがないよう、十分な注意が必要です。

万一の流出を防ぐためにも、募集時にどこまで情報を開示するのか、どのタイミングでNDAを締結するかなど、事前に入念な計画を練る必要があります。本格的に共同開発やPoCなどを行うことが決まれば、知財や機密情報の扱いに関する契約を締結し、情報漏洩を確実に防ぎましょう。

費用負担・利益配分のトラブルリスク

社内のみで開発する場合は、コストはすべて自社で負担する代わりに利益もすべて自社のものになります。しかし、外部組織と連携して行う場合は、開発経費の分担や、利益の配分に関してあらかじめ合意しておかないと、後々トラブルになる可能性もあります。

業務負担の増加

オープンイノベーションに限らず、新しい相手との仕事はスムーズに進まないことも多く、業務負担が増えることが予想されます。また社内の他部署からの協力の取り付けや、上層部からの承認のために奔走するケースも出てくるでしょう。これらの業務で無理が生じないよう、必要なリソースの確保や社内調整にも目を向ける必要があります。

*4) WDB「企業の研究開発費ランキングTOP100」2023年6月

3. クローズドイノベーションとの違い

スタートアップや大学・研究機関など、外部組織との共創によって価値創造をめざすオープンイノベーションに対し、自社またはグループ内だけで行う自前主義の開発を「クローズドイノベーション」と呼びます。1980年代後半から2000年代初頭にかけて、日本企業の多くはこのクローズドイノベーションでプロダクトを開発し、ノウハウの流出を防ぐとともに利益を独占するのが主流でした。

しかし、先述のとおり市場の急速な変化やグローバル競争の激化に伴い、クローズドイノベーションには限界が訪れます。では、オープンイノベーションはクローズドイノベーションに対して、どのような利点があるのでしょうか。

このように既存事業の延長ではなく、本来の意味での非連続な「イノベーション」を期待するのであれば、オープンイノベーションの手法を選択するのが賢明と言えます。

4. オープンイノベーションのタイプ

オープンイノベーションには、外部との連携方法によって3つのタイプがあります。

 

インバウンド型(技術探索型)

インバウンド型は、技術やノウハウ、アイデアを外部組織から取り入れ、自社のリソースと組み合わせることでイノベーション創出を図るものです。自社の課題が明確な場合や、ミッシングピースを埋めたい場合などに有効です。

アウトバウンド型(技術提供型)

自社の技術・ノウハウを外部に開放することで、新たな事業アイデアにつなげるのがアウトバウンド型です。大手企業や研究機関の中には、長年の研究開発の中でビジネスに結びつかなかった研究成果が眠っていることがあります。これらのアセットを外部の視点で活用してもらうことで価値の創出を図ります。自社で保有するライセンスを提携先が使えるようにする「ライセンスアウト」もアウトバウンド型の手法のひとつです。

連携型

インバウンド型とアウトバウンド型を組み合わせ、技術、ノウハウ、アイデアを相互に提供しながら事業創出をめざすのが連携型です。複数の企業で立ち上げるジョイントベンチャーや、エンジニアがソリューションを競い合うハッカソンも連携型の一部です。

5. ケーススタディ

ここからは具体的なオープンイノベーションの成功事例を見てみましょう。

① 東芝×NearMe

エネルギー・インフラ・電子機器などを事業ドメインに持つ東芝グループは、外部との連携により自社アセットの活用やイノベーション創出をめざす「Toshiba Open Innovation Platform(TOIP)」を展開しています。その一環として2023年4月に、東京メトロ丸の内線の交通チケットと連動した周遊チケットを作る実証実験を実施。東芝はもともと駅の改札機を製造する技術を持っていましたが、QRコード対応の改札機の普及を見越し、デジタル化された乗車チケットの利活用を模索していました。

そこで同社はPlug and Play Japanのマッチングを通して、移動のシェアリングサービスを手がけるスタートアップのNearMeと提携。東芝が持つ交通チケットのオープン化プラットフォームに、NearMeの移動サービスを組み合わせたサービスを構築したことで、実証実験をスタートさせることができました。

この実験で得られる「移動」に関するデータを分析することで、東芝はより効果的なサービスの開発に取り組むとともに、新たな移動需要の創出をめざします。

参考:「一緒にやりましょう」の声がけから。東芝がスタートアップと取り組む新たな価値創造

② 東急不動産×SolarDuck

不動産大手の東急不動産は、再生可能エネルギーを含むエネルギー施設開発など、環境分野にも力を入れています。その中で、50年・100年先の都市のあるべき姿を構想した未来のまちづくり戦略として東京都が公募する「東京ベイeSGプロジェクト」に参加。オランダのSolarDuck社との協業により、東京湾上での太陽光発電および蓄電・搬送という国内初のプロジェクトに挑みました。

東急不動産は日本における土地利用や施設開発には精通していますが、再生エネルギーや発電設備に関するコア技術は持っていません。一方、オランダのスタートアップであるSolarDuck社は、オランダとノルウェーにまたがる海上で洋上浮体式太陽光発電を手がけています。Plug and Play JapanのEnergyプログラムを通して両社がつながったことでプロジェクトが実現。日本のエネルギー課題解決に向けて、新たな可能性が開かれようとしています。

参考:都市のエネルギー問題を解決する洋上太陽光発電への一歩 | 東急不動産 x SolarDuck 協業事例インタビュー

③ 電通×ファミワン×Varinos

広告大手の電通は、妊活支援サイトを運営するファミワン、産婦人科分野の遺伝子検査を手がけるVarinosとともに子宮内フローラの検査キットの開発プロジェクトに参画。大手企業とスタートアップ2社が相互にノウハウとリソースを供給し、フェムテックを一歩前進させるプロダクトが誕生しました。

3社が出会ったのはPlug and Play Japanのアクセラレータープログラムがきっかけで、電通では当時、フェムテックや妊活というテーマでの事業創出を模索していました。一方のVarinosとファミワンは手軽に子宮内フローラを検査できるキットの共同開発を進めていましたが、一般消費者向けの商品デザインやプロモーションのノウハウがありませんでした。

そこで電通は開発中の検査キットのパッケージデザインやウェブサイト、キービジュアル、コピーなどコンセプトメイキングをサポート。Varinosとファミワンのメディアへの露出やネットワーキングもサポートし、検査キットの普及だけでなく妊活や不妊治療に関する知識の啓発にも貢献しました。

3社の連携型オープンイノベーションから生まれた子宮内フローラ検査キットによって、それまでクリニックに通う必要のあった検査が自宅でできるようになりました。このキットが女性の不妊に対する不安を軽減し、妊活や不妊治療へのハードルを下げることが期待されます。将来的には「フェムテック」を女性だけのテーマにせず、社会全体の関心を高めることで課題解決につなげることをめざしています。

参考:子供を持ちたいと願うすべての人のために。スタートアップと大企業ができることとは? – Famione × Varinos × 電通

6. まとめ ~Win-Winのイノベーションに向けて~

市場環境がめまぐるしく変化するVUCA時代において、スピーディな事業開発を可能にするオープンイノベーション。そのメリットや効果的な取り組み方について解説してきました。大手企業がオープンイノベーションを成功させるポイントは、提携する相手と対等な関係性を築き、Win-Winのゴールをめざすことです。

Plug and Playではスタートアップとのマッチングや情報提供を通じて大手企業のオープンイノベーションをサポートしております。自社でアクセラレータープログラムの開催を希望される企業パートナーに対しても、必要に応じて様々なサポートを提供していますので、ご興味のある方はこちらよりお気軽にご相談ください。

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