医療が足りていない場所を「満たす」存在でありたい - MITAS Medical
2022/07/13
遠隔眼科診療デバイスを提供している株式会社MITAS Medical(以下、MITAS Medical(ミタスメディカル)。目の表面の状態をスマホのカメラで読み取って、画像を眼科医へ転送できるポータブルな細隙灯顕微鏡は、専門医のいない地方における診断の迅速化や疾病予防につながることが期待されています。臨床医から起業家へと転身した北直史氏は、自身が経験した医療現場での「見落とされがちな患者」について語ってくれました。
Chiyo Kamino
Communication Associate, Kyoto
日本でも、まだ医療の届いていない場所がある
ーー起業のきっかけを教えていただけますか。
僕は眼科医として12年目なんですけど、1年目は東大の大学病院にいて、2年目から北海道の函館の病院に勤務していました。そこでの1年目の冬に、一人のおばあさんが病院にやってこられました。そのおばあさんは3日間眼の痛みを我慢されていて、隣の家の方に説得されて病院へ連れてこられたんです。診察してみると、その方は急性緑内障発作という眼の緊急疾患を患っていました。急性緑内障発作は1~2日間放置すると失明してしまうことも多い病気で、その患者さんは残念なことに私のところへきた時には両目とも既に失明してしまっていたんです。
あとで「なぜ3日間も我慢していたんですか?」と聞くと、実はその患者さんは函館から少し離れた山あいの村の方で、痛みが出たその日に地元の診療所を受診していたんです。でもそこで診察を担当した総合診療医の先生も専門器具がない中で診察されているので難しい環境だと思うのですが、「眼の痛みが続くようなら眼科を受診すべき」と言われ、季節が冬ということもあり、その患者さんは家に帰って我慢してしまったと。その経験から、日本でも眼科医にリーチできずに失明する人はいるんだという事実を知りました。僕たち眼科医であれば、もしそこで患者さんの眼の画像を見ることができていれば、その場ですぐに病院に行くように指示することができたんじゃないかと思ったんです。そこで眼科医と一般のお医者さんとを結び付けるような仕組みが作れれば、このおばあさんのような患者さんを救えるのではないかと考えるようになったのが、起業を決意した一番大きなきっかけですね。
あともう一つ別のきっかけもあります。僕が務めていた病院は地方都市にあったんですが、眼科医が8人くらいいるような大きな病院で、普通の眼科医はなかなかできない往診も積極的に行っていました。往診は寝たきりの患者さんたちのお家や施設・病院に眼科医が出向いて診察をするというもので、僕は2年間その担当をしていました。函館市内だけでもたくさんの寝たきりの患者さんがいて、往診がないと厳しいという状態でした。もし往診がなければ、眼科医に行くために多くの人々が多大な労力を使うことになるので、彼らは眼科医に見てもらえることにすごく感謝してくれて。眼科医も他の科のお医者さんと同じでやはりすごく忙しいので、目の前にいる患者さんには気を配れるのですが、病院に来られない患者さんにまで気を配るのはなかなか難しいんです。地方はもちろんですが、都会にもそういう患者さんって結構いるんだなあと気づきました。この二つが自分が解決したいと思った課題ですね。それらについて考えているうちに、このようなサービスを作ろうという考えに至りました。
眼科医から起業家へ。人を巻き込んで新しいアイディアを説明していく難しさ
ーーデバイスの開発はどのようにされたのですか。
コンセプトの段階で、スマートフォンにつけるならどのようなデバイスが良いかと考えて、3Dプリンティングで作ってみました。うちのメンバーの関係者に3Dプリンティングを専門に研究している学生が偶然いて。私が設計図を書いて、実際作ってみて練り直していくと、基本コンセプトは十分実現可能と判断しました。その後、特許をとって普段からデバイスや遠隔診断について相談にのってもらっていた東大眼科の主任教授に、一緒に作るのにどこかいい企業がないか相談し紹介してもらったのが、今共同開発しているタカギセイコーという会社です。タカギセイコーは日本含め世界70カ国で細隙灯顕微鏡(眼科診療に必須の検査器具)を展開している会社で、アメリカでは3位のシェアを持っています。彼らとともに複数のプロトタイプを作って、今の形に落ち着いたという感じですね。
ーー起業してからのチャレンジにはどのようなものがありますか。
一般的な眼科医の仕事は目の前の患者さんを治療して治ってくれればハッピーなので、基本的には患者さんが納得してくれるよう説明して治療を一緒におこなっていく。なので意思決定に関わる人は比較的少なくスムーズに進むことがほとんどです。起業して思った1番の大変さは、自分のアイデアを周囲の人に説明して巻き込んで進めていくことの必要さです。開発に限らず、なにをするにも人を巻き込んでいかないと進められないことが多いですね。例えば一緒に共同開発してくれるメーカーさんも興味津々だったのですが、そんな製品を見たことがなかったので、どのようなものをつくっていくのか、彼らの社内を巻き込むことからスタートしました。1年くらいでスピードが上がって行き試作品の制作にこぎつけたのですが、ずっと眼科医をしていて自分が起業するとは夢にも思ってもいなかったし、巻き込むことに限らず足りないスキルも多くあったので、グロービス(経営大学院)に通ったりもしつつ、いろいろな人に助けてもらいながら進んできています。まだまだ巻き込みを含めて自身に足りていないところが多いなと思いつつ、反省しながら少しでもよくなるように改善できるよう努力していますが、元々ポジティブな性格なので、それは良かったと思っています。
ーーFocus Weekが始まって、Plug and Playに期待することなどはありますか。
今はコロナ前後で始めている国内プロジェクトもいくつかあり、第一号案件が必要なので、Plug and Playにいる間に、コネクションを活用してプロジェクトを走らせたいと思っています。
失明する人を減らしたい、世界のどこにいても。
ーーモンゴルで実証実験をされたというのもMITAS Medicalのユニークさと思いますが、そもそもなぜモンゴルだったんですか?
モンゴルは日本と比較すると国土が4倍くらい広くて、遊牧民も多いんです。そして人口密度が世界一低い国なんですね。国土の面積を眼科医の数で割って、”一人の眼科医がカバーする必要のある面積”を出したんですね。するとアフリカ以外では、モンゴルが”一人の眼科医がカバーする必要のある面積”が一番広い国だったんです。なので遠隔診断のニーズがあると思ったんです。アフリカだと1つの国に眼科医が2人しかいないとかもあるので、そこはさすがに除外しました。
実際にモンゴルに行って話を聞くと、120人いる眼科医のほとんどが首都に集まっていて、北海道くらいの面積の各県に眼科医は1人か2人しかいないんですね。ある県では、一番近い診療所まで300kmくらいあって道路も整備されていないので、片道6時間ほどかけていくしかないという環境でした。患者さんは6時間かけるかあきらめるしかないので、モンゴルは実は失明率が非常に高い国なんです。先ほどの急性緑内障発作って、田舎の眼の良い人に多い病気で、都会には少ないんですね。モンゴルはやはり眼の良い人が多く、それで失明している人も多いそうです。なので遠隔診断のニーズが高そうという予想が確信に変わりました。
モンゴルには国立医科大学が1つしかないんですけど、そこの教授に会わせてもらった時に、通された部屋にモンゴル全土の地図が貼ってありました。その地図にはモンゴル国内で眼科医がいる場所にピンが刺してあるんですね。それを見せながらその教授は、モンゴルには眼科医がいないところがある、だからモンゴルにはあなたたちのシステムは必要だと言っていただけました。ニーズの存在を確認してからは、特にニーズの高い県を選んで導入を始めました。教授からは本当によくサポートしていただき「次の県にはいついくんだ?」ってよく言われています(笑)。
ーー動物にも使えるそうですね。
はい、どの動物にも眼の病気があって。犬や猫にも白内障など眼の病気はあり、私たちのデバイスで多くの病気をみることができます。将来的にその分野でも事業拡大していければいいなと思っています。
ーー投資もしくはパートナーシップを検討している企業に対して知ってほしい課題は何でしょうか。
僕らはまだプレシリーズAの段階でプロダクトマーケットフィットを模索している状態です。一番フィットする所に集中したいと思っています。
眼の問題というテーマは普遍的で日本でも世界でも大きな課題があり、よく「日本からいくんですか、世界からいくんですか」という質問もいただきます。まずは海外から始めて国内にも展開したいと思っています。ただ、将来的には日本でも世界のどこにいても、適切な医療に簡単にリーチできる世界を作りたいと考えています。なので、そういう部分を理解してくれる企業に投資して欲しいと思っていますね。
ーーありがとうございました。
(写真提供:MITAS Medical)