フィンテックのニューノーマルとなりつつあるESG投資
2023/07/14
(本記事はPlug and Play Tech CenterのCorporate partnerships, Tinotenda Muradzikwaの記事を翻訳し、一部補足したものです)
ESG投資は、過去数年間で大きく成長しました。これは、気候変動、環境破壊、社会的不平等、差別などの深刻な問題に対処しようとする投資家、企業、政府、およびさまざまなステークホルダーからの投資によるものです。Statistaによると、2021年に資産家・運用者がESG投資を行う理由として、「ブランドと評判」「外部ステークホルダーの要求」「長期的リターンの向上」の3つが上位を占めています。この記事では、ESG投資の概要を説明するとともに、ESG投資分野のアプリケーションを提供するスタートアップを紹介します。
ESG投資とは?
ESG投資とは、投資家が非財務的要素、すなわち環境、社会、ガバナンスを投資分析プロセスの一部として適用し、重大なリスクと成長機会を特定するものです。ESGソリューションでは、主に環境要素に焦点が当てられています。
パリ協定の締結以降、世界のクライメートテック(気候テック)投資額は急増しており、2021年のVC資金調達額は2016年の5倍に達しています。ヨーロッパは、世界的に見てもクライメートテックの成長率が最も高い地域であり、投資の伸びも世界平均を上回ります。2016年から2021年の間に、クライメートテックへの投資額の世界平均が4.9倍に増えたのに対して、ヨーロッパにおける同領域への投資額は7.0倍の伸びを見せました。Net Zero Insightsによると、2022年第3四半期までに、クライメートテック関連の組織に付与された資本は全世界で590億ドルに達するであろうといいます。この金額は、欧州と北米における世界のベンチャー資金調達の19%を占めています。また欧州のクライメートテック分野での資金調達額は、2022年10月に過去最高を記録しました。
ESG投資のトレンド
市場
2019年以降、欧州の投資家が数十億ユーロを注ぎ込み続けていることから、サステナブル投資の選択肢は増加傾向にあります。欧州の投資家は、これまでに少なくとも1,200億ユーロをサステナブル資産に投資してきています。投資家は、スタートアップがESGポリシーとその実践をどのようにスコアリングしているかに、ますます関心を寄せています。ミレニアル世代のミリオネアの49%は、社会的要因に基づいて投資を行っているといわれています。
もう一つの興味深い事実は、消費者の意識も変化していることです。世界の消費者の46%が、好きなブランドよりも環境に配慮した製品を選ぶと回答しています。また、労働者の行動も変化しており、ミレニアル世代の67%が環境への目的意識を持ち、社会的インパクトを与えられる企業でを勤務先として選びたいとしています。
ESG報告における透明性
情報量とその透明性が求められるインターネットが普及した現代において、裏づけのない「ESG適合」認証は、投資家にとって好ましいとは見なされません。近年、ESG業界はグリーンウォッシング(見せかけだけの環境配慮)していると揶揄されるようになりました。投資家は、企業がESGの原則に沿った行動を実際にとっているかどうか、明確な情報を求め始めています。
一部の例外を除き、ESG指標は一般的に義務付けられている財務報告書の一部ではありません。しかし企業は、年次報告書や個別のサステナビリティレポートで、これらの要素がビジネスにとっていかに重要なものかを示すため、開示することが増えています。投資家は、企業がどのように二酸化炭素排出量を削減し、多様で包括的な雇用を実現しているかなど、具体的な報告を求めています。彼らの投資資金がどのように世界をより良い場所に変えているかを知りたいのです。
Greenomyなどのスタートアップは、 企業、アセットマネージャー、中小企業が事業のサステナビリティを測定、報告、改善するためのサポートをしています。しかし、高品質で緻密なESGデータの作成と収集は、未だこの業界における空白部分であり、スタートアップはこの問題に対処する必要があります。Minimumは、サステナビリティ報告を実現するもう一つのスタートアップです。同社は、スコープ1、スコープ2、スコープ 3の炭素排出量を総合的に測定し、ネットゼロ戦略を計画・実行し、サステナビリティ報告や認証基準を達成できるようサポートします。
ESG企業とイノベーション
サステナビリティの重要性が高まる中、ESG関連のイノベーションを取り巻く主なトレンドを見ていくことは非常に重要です。ESG企業や商品は、金融機関が社内のリソースのギャップを埋め、ESGの機能を拡張するのに役立ちます。
- 企業のESG報告用ソフトウェア
テクノロジーを駆使した企業報告用スタートアップの基本機能は、次のとおりです。(a) 会計データによるデータ収集、(b) 報告の効率化、(c) カーボンフットプリントの管理・改善の3つです。
Plan Aはこの分野で定評のあるESG報告ソフトウェアであり、コンプライアンスに準拠した法的確実性と認証取得に重きを置いています。規制当局、株主、顧客から企業に対してESGデータの報告や戦略的なサステナビリティ目標を設定するよう圧力が高まる中、このような最新技術を持つ企業はESGデータの報告だけでなく企業の炭素排出量削減戦略の支援にも力を入れるようになっています。Clarity AIなどのESG企業は、高度なエンドツーエンドのサステナビリティのユースケース(分析、ポートフォリオ作成、シミュレーションなど)をカバーするワンストップのESG報告ソフトウェアを提供しています。
- 投資ポートフォリオのためのESGデータプロバイダー
機関投資家は、ESGの観点から企業を評価し、その結果に基づいてポートフォリオを構成するよう、ますます強く求められています。Fingreen、Util、AccernなどのESGデータプロバイダーは、金融機関やアセットマネージャーに、ESGの指標によって金融資産をスクリーニングできるポートフォリオスクリーニングツールを提供しています。
- 市場センチメント分析ツール
金融機関にとって、ESGのマーケット・シグナルはますます重要になってきています。マーケットセンチメント分析ツールは、何千ものデータやニュースソースを集約し、市場で変化するESGのシグナルを見つけ出します。Sentifiのような企業向けソフトウェアは、リアルタイムで投資家に「ESG」に関連したイベントを知らせ、資産に大きな価格変動をもたらすかを教えてくれ、ESGポートフォリオからの削除を推奨する可能性もあります。Climate Xは、気候変動の影響に対する企業の適応力を高めるために、気候リスク管理ソリューションを提供しています。このソリューションは、数十年後に発生するであろう気象現象の確率とその影響度を資産レベルで数値化することによって実現されています。
- 顧客コミュニケーション・ソフトウェア
ESGポートフォリオや商品を構築する金融機関は、サステナビリティに関心のある顧客と関わり、コミュニケーションをとるための新しい方法を見つける必要があります。このような分野でのイノベーションは、他のESG商品に比べて大きく遅れており、個人投資家は従来の資産管理会社から十分なサービスを受けられていません。Matterは、ポートフォリオ分析とインパクト・レポートのツールを提供し、消費者に投資を理解してもらうことで、この問題に対処しようとしているスタートアップです。一方Tumeloは、デジタルプラットフォームを通じて個人株主が企業の意思決定に投票することで、投資にポジティブな影響を与えられるように支援しています。また、Doconomyのようなスタートアップは、クライアントによって生成される取引ごとのインパクトを算出し、銀行や投資アプリを使って顧客とコミュニケーションを行っています。
- 個人投資家のためのインパクト投資アプリ
投資の「アプリ化」は、非常に細分化されたニッチな投資領域を生み出し、個人投資家にとって大きなブームとなりました。最も注目すべきは、インパクト投資とも呼ばれる社会的責任投資(SRI)です。Clim8のようなアプリは、持続可能な未来を作るために気候変動の対策に取り組む分野のみに投資を集中さています。
ESG投資の今後
Morningstarのデータによると、2022年の上半期だけで、環境・社会・ガバナンス分野の投資信託とETF(上場投資信託)は、およそ1,200億ドルの資金を誘致しています。また、ESGのファンドはボラティリティが低い一方で、株主資本利益率が高く、長期的な運用に適している傾向があります。
このような背景から、世界のESG資産は2025年までに53兆ドルを超え、予想総資産額140.5兆ドルの3分の1以上を占める勢いとなっています。またドイツ銀行が発表した予測によると、ESG投資はさらに成長し、2030年には100兆ドルを突破すると予想されています。
このことから、ESG投資はより多くの資金と投資家を惹きつけ、非常に有望な投資先であると結論づけられます。COVID-19のパンデミック後に投資はさらに盛んになると考えられます。銀行を含む企業は、事業の目標を設定する中で、ESGをより重視する必要があります。一部の金融機関はすでに持続可能な金融への積極的な投資資金の投入を表明しています。例えば、ゴールドマン・サックスは2030年までに7,500億ドルを持続可能な金融に充当することを表明、現在目標達成まで3分の1のところまで来ています。バンク・オブ・アメリカは3,000億ドルを持続可能な投資に充てることを表明しました。一方、シティグループは、2030年までに1兆ドルを持続可能な金融に充てることを約束しています。
今後30年間で、30兆ドルの富がベビーブーマー世代からミレニアル世代の子供たちに移転すると言われています。これにより、ESG企業の商品に対する需要を増加させるだけでなく、サステナビリティに対する期待も同様に高まります。金融サービス事業者は、エンドユーザーに対して、ポートフォリオの環境および社会的影響に関するより多くの情報とデータの提供を求められるようになるでしょう。伝統的な金融機関が競争に打ち勝つためには、顧客との新たな関わり方を見つけなければなりません。金融機関は、差別化された投資機会を提供し、社会的意識の高い若年層にアプローチするためのコミュニケーションツールを開発する必要があると言えます。