オープンイノベーションの手段としてのCVC
2024/01/12
CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)は新規事業創出のための手段として、多くの事業会社が設立・運営しています。この記事では、Plug and Playの企業パートナーのCVCを例として挙げつつ、国内外の事業会社でどのようなCVC投資が行われているのかについて考察します。
Chiyo Kamino
Content Marketing Associate
CVCとは
コーポレート・ベンチャー・キャピタル(Corporate Venture Capital:CVC)は、企業が自社の資本を活用してベンチャー企業やスタートアップに投資することを指します。独立した投資会社やファンドから提供される資金とは異なり、企業自体が直接行う投資です。自社の事業領域や関連産業において新たな市場へ進出し、事業を拡大するための手段として活用されています。また、投資を通じてスタートアップとの戦略的なパートナーシップを構築し、市場で競争力を強化することを通じて、親企業自体の成長を促進します。
CVCの起源
CVCというスキーム自体の歴史は「ベンチャー企業」という言葉が生まれるよりも古く、1914年のデュポンによるゼネラルモーターズ(以下GM)への出資にその原型を見ることができます。第一次世界大戦の開戦により自動車産業へのニーズが高まることを予見したデュポンは、当時まだ創業6年目のスタートアップであったGMに投資し、莫大な利益を得ました。また財務的なリターンを得ただけではなく、自動車に使用されるレザーやプラスチック、塗料などデュポンが持つ製品のイノベーションのきっかけともなりました。
CVCとVCの違い
「スタートアップに投資し、その成長を支援する」という点でCVCとVCの機能は同じですが、両者はいくつかの点で異なります。以下は、CVCとVCの主な違いです。
出資主体
前提として、CVCは企業が自社の資本を利用して投資をおこないます。VCは独立した投資会社やファンドが複数のパートナー企業から資金を集め、それを資本として投資します。
目的
CVCは、投資先のスタートアップの支援を通して技術や市場へのアクセスを向上させ、自社のイノベーションを促進することを目的にしています(詳しくは後述します)。そのため、投資先スタートアップに対して新規事業開拓や既存事業とのシナジーによる売上増大など戦略的な目標を持つことが一般的です。一方、VCは純粋に財務的な利益を回収することを主な目的としています。
投資先の選定
CVCは自社事業や戦略に合致するスタートアップに戦略的に投資するため、投資先となるスタートアップの分野を限定することがあります。多くのVCはCVCほど対象を細かく限定しておらず、多様な分野からスタートアップを投資対象として検討します。
投資傾向
成長が見込めるスタートアップからパートナーとして選んでもらう必要があります。そのため、スタートアップに対しても積極的にアプローチし、自社のブランドを高めていこうとする傾向にあります。一方でCVCは投資できるスタートアップの数が限られるため、おのずと保守的な投資傾向になります。
提供するサポート
CVCはスタートアップの成長が自社の戦略に大きく関わってくるため、資金以外にも多くのサポートを提供します。スタートアップとの共同研究や技術開発、設備やサプライチェーンといったハードウェアの提供、そして業界内での知見やブランド力を生かしたマーケティングや事業展開支援といった形で人的・時間的コストをかけ、スタートアップを伴走するケースが多いです。他方VCは多くのスタートアップを支援してきた経験から、経営戦略に対するアドバイスや必要なネットワークの紹介といった形でサポートします。
時間軸
CVCは長期的な視野で、企業のイノベーションや成長に寄与することが期待されます。そのため投資を回収するまでに期限を定めていなかったり、10年程度の長いスパンをおいたりしていることが一般的です。一方VCは利益を最大化することが主要な目的であるため、短期間でスタートアップを成長させて上場やM&Aなどの形でEXITさせる必要があります。そのため、通常は5~7年での回収を期待するケースが多いです。
人材と組織構造
CVCはその形態上、大手企業内でチームを組成するあるいは関連会社として立ち上げるケースが多いです。そのため関連するステークホルダーが多く、決定まで時間がかかることも多くあります。また担当者が、必ずしもスタートアップ投資に関して知見や経験を持っているとは限りません。他方VCは基本的に、大きくても50人程度までの少数精鋭の会社であり、投資のエキスパートが揃っているため、決定はスピーディにおこなわれます。
これらの違いからも分かるように、CVCとVCはそれぞれ異なる立場から投資を行っており、スタートアップは自社の成長にとってどのようなサポートが必要なのかを見定めたうえで出資を受け入れることが必要です。
CVCの目的
CVCは新しい技術やアイデアを持つスタートアップに投資することで、企業自体の技術革新を推進します。主な目的としては「財務リターン」と「戦略リターン」に分けられます。
財務リターン(Financial Return)
財務リターンは、企業がCVCを通じて投資した資金に対する金融的な収益を指します。スタートアップが成長し、成功することで、企業は投資した資本に対する株式の評価上昇分や利益分配を受けることが期待されます。財務リターンは通常、投資先企業の評価が上昇し、その評価を現金化することで得られます。
戦略リターン(Strategic Return)
戦略リターンは、CVCが自社の戦略的目標に対してもたらす非財務的な利益や価値を指します。投資先のスタートアップとの提携や協業による新しいビジネスモデルの獲得や技術力の向上、市場シェアの拡大、イノベーションの促進などが主な例としてあげられます。戦略リターンは、企業の競争力の向上という目標の達成に貢献するものです。上述したように、CVCと一般のVCの投資の大きな違いの一つがこの戦略リターンと言えます。
CVCの成功は通常、これらの財務リターンと戦略リターンのバランスを取ることにあります。投資が財務的に収益性が高いだけでなく、企業の戦略的な目標にも合致している場合、総合的な価値が生まれます。逆に、財務的な成功があっても、戦略的な目標に沿っていない場合、企業価値の最大化が阻害される可能性があります。どちらか一方のみに目的を絞ったケースよりも、財務リターンと戦略リターン両方の観点から投資を検討するハイブリッド型が主流であると言えるでしょう。例えば、PwC Japanグループの「CVC実態調査 2019」(*1)によれば、財務リターンと、それ以外の戦略的な投資目的の両方に期待する割合が58%を占めています。
CVCとM&Aとの違い
CVCとM&A(合併および買収)は、企業が他の企業へ資金を提供し自社の規模を拡大するという点で似ていますが、目的や影響の及ぶ範囲が以下のような点で異なります。
投資と所有権
CVC: 企業はスタートアップに対して資金を提供し、株式を取得しますが、支配的なポジションを持つことは通常ありません。
M&A: 企業は対象企業の全体または大部分を買収し、完全な所有権を獲得します。
構造と関係性
CVC: 主に技術や市場へのアクセスを向上させ、イノベーションを推進するために行われます。出資先の企業を子会社化する場合もありますが、多くは別会社として扱われます。
M&A: 主に企業全体を拡大し、成長戦略を実現するために行われます。買収先の企業は、合併する企業の一部として統合されます。
リスクと影響範囲
CVC: 投資先のスタートアップは独立して経営されるため、成功または失敗した場合、出資元であるCVCへの影響は限定的です。
M&A: 対象企業を完全に取得するため、統合の成功は合併する企業の経営に直接影響を与え、同時にリスクも高まります。
これらの違いからも分かるように、CVCはM&Aにくらべてリスクを比較的少なく抑えつつ、成長企業への投資を通じて自社の事業拡大に繋げることができる手法だと言えます。
CVCの推移
グローバルでは1990年代からCVCが設立されるようになりました。 2010年代に入り、オープンイノベーションの重要性が叫ばれるようになるにつれ、日本でもさまざまな企業によるCVCが設立されました。
当時はIT・通信や金融業界の大手企業が設立するCVCが先陣を切っていましたが、2010年代後半からは製造業やサービス業・運輸業など、CVCを設立する大手企業の業界も、それらの投資分野も多様化しました(*2)。2021年にはCVCとVCを合わせたスタートアップ投資額は国内で独立系VCをしのぎ、45%を占めるまでになりました(*3)。CVCファンドの規模としては110億円以下のものが多く、全体の半数以上を占めています(*4)。
日本のCVC投資事例
前述のように、日本ではIT・通信や金融業界の大手企業がCVCを設立するケースが主流でした。
IT・通信の代表的なCVCとしては、「Z Venture Capital」や「楽天キャピタル」、「NTTドコモ・ベンチャーズ」、「GMOベンチャーパートナーズ」などがあります。また、金融系では「三菱UFJキャピタル」や「みずほキャピタル」、「SMBCベンチャーキャピタル」、「SBIインベストメント」などがあります。なお、CB Insightsの「State of CVC 2022 Report」によると、世界のCVC投資数トップ10に日本のCVCが4社入っており、それはすべてこれらの金融系CVCです(*6)。
以下ではPlug and Playの企業パートナーの中から、CVCを運営している企業と実際に行われた投資実績を紹介します。
積水化学工業
積水化学は「レジデンシャル」「アドバンストライフライン」「イノベーティブモビリティ」「ライフサイエンス」の4分野において関連するスタートアップへの投資を2015年からスタートさせています。例としては、サプライチェーントレーサビリティシステムを開発するオランダのスタートアップCircularise(サーキュラライズ)と2023年12月に締結した資本業務提携契約があります。2050年にサーキュラーエコノミー(資源循環型経済システム)を実現するという同社の戦略に沿った提携といえます。
(参考:資源循環トレーサビリティシステムを開発する「Circularise B.V.」との資本業務提携について)
島津製作所:Shimadzu Future Innovation Fund
島津製作所は2023年4月に50億円規模のCVCファンドを設立しました。「ヘルスケア」「GX(グリーントランスフォーメーション)」「マテリアル」「インダストリー」といった新中期経営計画で注力している領域が投資対象です。すでに数社の投資実績があり、同年11月には、画像処理技術をコアとした製造業向けシステムを開発するスタートアップ、RUTILEA(ルテリア)に出資しました。
(参考:CVCファンド「Shimadzu Future Innovation Fund」ゼロコードAIのRUTILEAに出資)
農林中央金庫:農林中金イノベーションファンド
農林中金は、イノベーションを通じた社会課題解決に取組むスタートアップ企業の支援とオープンイノベーション促進を目的として2020年3月にCVC事業を開始。「サステナブル」と「農林水産」と「くらし」にかかわる課題解決とゆたかな社会の実現をめざしています。同CVCは金融機関のアプリ向けに利用者の CO2 排出量データを提供するConnect Earth(コネクトアース)に2023年4月出資をおこないました。金融機関の利用者にCO2排出量を認識させ、行動変容をうながすことを目的としています。
海外のCVC投資事例
世界的に見ても、CVCによる投資は活発に行われています。現代における海外事例としてはJohnson & Johnsonが1973年にCVCを立ち上げており、現在も「Johnson & Johnson Innovation」として継続しています。近年ではIKEAによる「Ingka Group」、広州汽車(GAC Group)などが大型の投資をおこない注目されています(*7)。以下では、グローバルでのPlug and Playの企業パートナーによるCVCの事例を紹介します。
Airbus: Airbus Ventures
AirbusのCVCはシリコンバレーとパリ、東京にオフィスを持ち、航空宇宙やクリーンテック分野のスタートアップへ積極的に投資しています。2023年にはスペーステックのスタートアップ、Helicity Spaceに投資しました。電気をプラズマ加熱に効率的に変換する独自技術により、核融合条件を達成し、推力を生成する技術を宇宙で実用化することを目指しています。
(参考:Helicity Space– Why We Invested)
Novartis: Novartis Venture Fund
Novartisの投資分野は主に新規治療薬とプラットフォームの開発です。北米、欧州、イスラエルで約7億5,000万米ドルを運用しており、投資額は1社あたり最大3,000万米ドルです。ステージにとらわれず、バイオテクノロジー/バイオファーマのライフサイエンス企業に投資しています。ポートフォリオの中には、2023年NASDAQに上場したOculisが挙げられます。
(参考:OCULIS ANNOUNCES US PUBLIC LISTING ON NASDAQ)
CaixaBank, Ingenico, Global Payment: Zone2Boost
スペインの大手銀行CaixaBankとフランスのクレジットカード会社Ingenico、アメリカのクレジットカード決済会社Global Paymentの3社はコンソーシアムを結成し、欧州のフィンテックやリテールテック分野のスタートアップに投資するファンドを立ち上げました。2023年6月にはESG会計ソフトウェアのOmnevueに投資しています。
CVCの有用性
アイデアから事業計画を立ち上げ、人員を配置し、プロダクトを磨き上げて市場に投入し、利益を出すようにするまでには長い時間とリソースが必要になります。また、自社ですべての新規事業開発をゼロから行う場合、失敗した際のリカバリーが難しいというリスクもあります。CVCは自社にない技術を持つスタートアップを複数同時に育て、比較的少ないコストで多くのビジネスアイデアを試すことができるという意味で、新規事業開発の有効な手段と言えるでしょう。
- 出典:
*1) PwC. 「企業はコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)に何を期待するべきか CVC実態調査2019」2019/10/19
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/tmt-cvc.html
*2) FIRST CVC. 「Japan CVC Survey 2022調査レポート」p3. 2023/2/16
https://www.firstcvc.jp/japan-cvc-survey-2022
*3) Forbes Japan「スタートアップ投資の45%占めるCVC 団体発足し取り組む特有の課題」2023/1/18
*4) 一般社団法人日本ベンチャーキャピタル教会. 「我が国のコーポレートベンチャリング・ディベロップメントに関する調査研究 ~CVC・スタートアップ M&A 活動実態調査ならびに国際比較~」. 2019
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/H30FY/000148.pdf
*5) INITIAL 「Japan Startup Finance 2022」p71. 2023/1/31
https://initial.inc/enterprise/resources/japanstartupfinance2022
*6) CB Insights「State of CVC 2022 Report」2023/1/26
https://www.cbinsights.com/research/report/corporate-venture-capital-trends-2022/
*7) Global Corporate Venturing. 「The 10 biggest CVC deals of 2022 and what they tell us」. 2022/12/28
https://globalventuring.com/corporate/10-biggest-cvc-deals-of-2022/