チャレンジし続ける組織を作る「イノベーションマネジメント」とは?
2024/04/19
「生き残りと成長のためにイノベーションを起こす!」そんなスローガンで社員の奮起を促している経営者も多いのではないでしょうか。しかし、いざ動き出そうとしても具体的な手法がわからなかったり、既存事業との両立が難しくてトーンダウンしてしまうケースは少なくありません。そこで求められるのが、この動きを着実に前進させ、成果へ結びつけるための管理手法である「イノベーションマネジメント」です。その概要や効果的な取り組み方、具体的な手法について解説します。
[目次]
1. イノベーションマネジメントとは?
2. なぜイノベーションマネジメントが重要なのか
3. イノベーションマネジメントのプロセス
4. イノベーションマネジメントで重視すべきポイント
5. イノベーションマネジメントの基準〈ISO56002〉
6. まとめ ~イノベーションカルチャーの醸成~
Writer: Hideaki Fukui
1.イノベーションマネジメントとは?
「イノベーション」とは技術革新だけを意味するのではなく、新しい市場を生み出す“非連続”の価値創出を指すのが一般的です。これを生み出すには社内外から幅広く技術やアイデアを集め、壁打ちや実証実験を重ねながら事業化していく作業が必要です。そのためのリソースの確保が必要なだけでなく、失敗を恐れずにチャレンジするために組織風土の改革なども求められます。
これら一連の組織改革およびイノベーション創出のための経営管理全般を「イノベーションマネジメント」と呼びます。ここには先述の通り社員の意識や企業文化の改革、組織編制、人材育成、予算や進捗の管理フロー構築、評価制度の設計など多くの作業が含まれます。
既存事業を続けながら新しいビジネスやプロダクトを生み出すには、想像を超える苦難を乗り越える必要があります。「最初は盛り上がっていたけど、すぐにトーンダウンしてしまった」と多くの企業が頭を抱えるのも無理はありません。しかし、適切なマネジメント環境があれば、継続的にイノベーション創出に取り組む組織を築くことができるのです。
2.なぜイノベーションマネジメントが重要なのか
ではなぜ、イノベーションを“マネジメント”する必要があるのでしょうか。その背景にはビジネス環境の大きな変化があります。複雑かつ変化の激しいVUCAと呼ばれる時代において、企業が既存事業のみに頼って生き残るのは難しくなっています。さらに、人口減少によって労働力の確保が難しくなる中、少ないリソースでより付加価値の高い事業を生み出すことが求められています。
このような状況の中、継続的にイノベーションを生み出せるような組織基盤を持つことは企業が生き残るための必須条件となりつつあります。以上の背景を踏まえ、イノベーションマネジメントが必要な理由を見てみましょう。
社員の意識を変える
日々の業務に追われている社員にとって「会社がなぜイノベーション創出に取り組む必要があるのか」を理解するのは難しいのが現状です。既存事業のリソースを圧迫しかねない取り組みではあるものの、社員の協力なしには成功する確率も低くなってしまいます。トップメッセージとしてイノベーションの必要性を社員に浸透させ、意識改革を促すためにも、組織的な取り組みとしてマネジメントすることが必要です。
属人化を防ぐ
組織として取り組むメリットのひとつは、人が入れ替わっても同じ成果を生み出し続けられることです。一人のエリート人材だけが属人的にイノベーションを生み出すのではなく、継続的かつシステマチックに生み出すための体制やマニュアルフローが必要です。
障壁を取り除く
既存事業への影響や部署間の利害対立など、社内にはイノベーション創出の障壁となる要素が数多くあります。これらを取り除き、確実に成果につなげるためにも、組織としての制度設計とそのマネジメントが必要なのです。
3.イノベーションマネジメントのプロセス
では実際にどのようなプロセスでイノベーションマネジメントに着手すればよいのでしょうか。具体的なステップに沿って解説します。
組織の全体設計
まずはどのような体制でイノベーション創出に取り組むのか、全体の組織図を考える必要があります。多くの場合、社長直轄で専門の部署を作ることになると思いますが、関わるメンバーを専任にするのか、既存事業と兼任で取り組むのかなども考慮する必要があります。いずれにしても、既存事業との両立が可能な組織設計にしなければなりません。
リーダーシップ
組織の設計と併せて考えないといけないのが、リーダーシップを取るメンバーです。失敗を恐れずにチャレンジできる大胆さの一方で、適切なコスト管理やリソース配分ができるバランス感覚を持った人材をアサインする必要があります。外部からエキスパートを入れる選択肢もありますが、その場合は既存の社員との相性も考慮する必要があります。こちらも既存事業にマイナスの影響が出ないよう、慎重に検討しましょう。
戦略策定・計画立案
体制が整ったら、大まかな取り組みの方向性を決める必要があります。なぜイノベーションに取り組むのか、社内のコア技術をどのように生かすのか、イノベーションを通じて社会をどのように変えるのか、意見を出し合ってビジョンを描き、社内の期待感を高めましょう。同時に、いつまでにどのような成果を出すのか、大まかなタイムラインとKPIの設定も行います。
オペレーション
計画が定まったら、いよいよスタートです。戦略に沿って市場のニーズや課題を幅広くリサーチし、事業アイデアをできるだけ多く集めるとともに、その実現性や市場性について検討を進めます。オープンイノベーションに取り組む場合は、社内アクセラやリバースピッチなどを通じてシナジーを生み出せそうなスタートアップを探します。リーダーシップチームは、これらの進捗を管理し、定期的に経営陣の合意も得ながらKPI達成に向けてプロジェクトを進めましょう。
パフォーマンス評価
イノベーションマネジメントにおいて忘れてはならないのが、評価指標の設計です。イノベーション創出においては「結果がすべて」という従来の思考は通用しません。アウトプットだけでなく、プロセスやインプットも評価し、メンバーのモチベーションを下げないイノベーション指標を設計する必要があります。
PDCAによる改善
イノベーション創出において重要なことは、速く多くの失敗を積み重ねて、そこから改善策を生み出し次のアクションにつなげること。このPDCAサイクルを回すためのフローもイノベーションマネジメントの重要な要素です。予算の範囲内で小さな実証実験をくり返し、実現性や市場性の確度を高めていきましょう。
4.イノベーションマネジメントで重視すべきポイント
実際にイノベーションマネジメントを推進する上では、どのような点に注意すればよいのでしょうか。
戦略策定・リソース配分
イノベーションには、既存のプロダクトを進化させる「持続的イノベーション」と、産業や市場に革命を起こすような「破壊的イノベーション」という2つのタイプがあります。またその手段においても、自社内だけで取り組む「クローズドイノベーション」と、外部組織と連携する「オープンイノベーション」に分かれます。
自社がマネジメントしやすいイノベーションの形を検討し、めざすべきゴールまでの道筋を共有するための戦略に落とし込むことが重要です。それを基に、ヒト・モノ・カネの最適な配分を検討することが求められます。
アイデア創出・アイデア選定
新しいアイデアが生まれなければ、イノベーションは起こりません。戦略に沿って、できるだけ多くのアイデアが生まれるような仕組みを構築する必要があります。自社のアセットや連携する外部パートナーとのシナジーなど、大まかな指針を示した上で定期的にワークショップなどを開催し、アイデアの種を集めましょう。また、その選定にあたっては実現性、市場性、収益性などを考慮し、経営トップの合意に基づいて進めることが重要です。
プロジェクトマネジメント
採用したアイデアの事業化にあたっては、ある程度リスクを抑えながらもスピード感をもって進める必要があります。そのため、小さな実証実験を繰り返すアジャイル的な考え方で事業開発に取り組むことが重要です。プロセス検証のポイントや意思決定のスピードが既存事業とは大きく変わってくるため、メンバーの意識改革が成否を左右します。
他部署やチーム外メンバーとのコラボレーション
イノベーションチームに対して、既存事業で定常業務に取り組む人や組織などのリソース全体を「パフォーマンスエンジン」と呼びます。パフォーマンスエンジンはイノベーション創出に必要な原資を生み出す存在でもあるため、そのリソースを圧迫することがないよう注意が必要です。一方で両者は完全に別組織として切り離すのではなく、必要に応じて技術やアイデアを補完し合うような関係づくりも重要です。
リスクマネジメント
成功する起業家に共通する意思決定の法則をまとめた「エフェクチュエーション」のひとつに「許容可能な損失」というものがあります(*1)。イノベーション創出に取り組む上でリスクテイクが必要なのは言うまでもありませんが、適切なリスクマネジメントも忘れてはなりません。
イノベーションにおけるリスク計算は難しく、許容値を決める明確なメソッドはありません。従って、こまめな検証と撤退の基準を経営トップ合意の下で決めておくことが重要です。また、外部から技術を取り入れるオープンイノベーションの手法を取ることもリスク軽減には有効です。
5.イノベーションマネジメントの基準〈ISO56002〉
世界各地でイノベーション創出の必要性が叫ばれる一方、多くの企業が成功モデルの構築に苦労していることを受け、ISO(国際標準化機構)では2013年に国際規格の設計に着手。6年の歳月を経て、2019年に産業史上初のイノベーション・マネジメントシステム国際規格「ISO56002」が発行されました。
その中の「【8】活動」という項目においては、イノベーション活動を以下の5段階の「非線形(non-liner)」の活動と定義し、それぞれの関係性を示しています。
1.機会の特定
2.コンセプトの創造
3.コンセプトの検証
4.ソリューションの開発
5.ソリューションの導入
規格の発行を受け、経済産業省が主催する「イノベーション100委員会」では規格に沿ったイノベーション創出を促す手引書として「日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針~イノベーション・マネジメントシステムのガイダンス規格(ISO56002)を踏まえた手引書~」を作成しました(*2)。
「なぜイノベーションに取り組むのか」「どのように続けるのか」など経営者が持つべき7つの「問い」を立て、それぞれにリンクする12の行動指針を策定。戦略やビジョンの描き方、組織編制の考え方、文化・風土改革への取り組み方などを事例も交えて紹介しています。詳しい内容については手引書をご覧ください。
6.まとめ ~イノベーションカルチャーの醸成~
組織的にイノベーションを生み出すためのマネジメントについて解説してきましたが、成否を左右するのはやはり「人」であり「文化」です。リスクを恐れずにチャレンジし、失敗から学ぶことを奨励するようなイノベーションカルチャーを生むことが成功の鍵と言えるでしょう。
加えて、外部との連携を通じて新たな技術や視点を取り入れる「オープンイノベーション」の考え方も重要です。スピーディでリスクを抑えた事業開発を可能にするためにも、オープンイノベーションを前提としたマネジメント計画を策定しましょう。
Plug and Playではこれまでにグローバルで500社以上の大手企業のイノベーション創出を支援するとともに、35,000社を超えるスタートアップとのネットワークを通じて大手企業とスタートアップとのマッチングをサポートしております。ご興味のある方はこちらよりお気軽にご相談ください。
[参考資料]
*1) グロービス経営大学院「MBA用語集:エフェクチュエーション」
*2) 経済産業省 イノベーション100委員会「日本企業における価値創造マネジメントに関する行動指針」2019年10月