"オープンイノベーション" 何から始めればいいのか?- ファーストステップ
2022/08/02
「オープンイノベーション」という言葉も広く人口に膾炙するようになりました。インターネットで検索すれば、オープンイノベーションの定義や事例、課題点などが多く掲載されています。しかし、企業の中で新規事業担当者として「スタートアップとのオープンイノベーション」というタスクにアサインされた場合、実際に業務としてどのように取り組むのかは、担当者が現場で手探りで進めていくことになりがちです。
そもそも、オープンイノベーションはその性質からして、これという決まったやり方や、正解となるスタンダード、確立されたアプローチは存在しません。まだ誰も食べたことのない料理を作るのだと考えてみれば、そのレシピを探すことに意味がないことがわかるでしょう。どんなやり方であっても、それによって新しい事業が生まれ、利益を生み出すようになれば正解になりうるといえます。
しかし、さまざまな情報を集めれば集めるほど、どういったやり方が自社に合っているのかがわからず、方向を見失い混乱することにもなりかねません。Plug and Play Japanではこれまで5年間にわたって50社以上の企業パートナーとともにオープンイノベーションを支援していきました。その中から、大手企業が新規事業に取り組んでいく上で、「まず何から始めるべきか」のいろはを紹介します。
Chiyo W. Kamino
Contents Marketing Associate
STEP1: 自社の方針とバリューを理解し、方向性を定める
「なぜやるのか」を理解する
大学選びや就職活動など人生において大きな選択をする際に自己分析が死活的に重要であるように、オープンイノベーションにおいても自社の分析とゴールの明確化が何よりも重要です。
よくあるパターンとして、新規事業担当にアサインされたものの、自社が達成したいゴールを明確にイメージできていないまま、手段が目的化してしまう落とし穴があります。なぜやるのか(WHY)
何をやるのか(WHAT)
どうやるのか(HOW)上記の3点は、どのような企画書を書くにあたっても必要なポイントですが、この中でも特に「WHY」の部分にあたります。
中長期計画における成長戦略で発表された方針にそってオープンイノベーションを推進していく際、ゴールが見えない中で単なる目先の技術探索に終始してしまうケースが見られますが、
重要なのは「なぜやるのか」という理由・根拠・動機です。自社のミッション・ビジョン・バリューに基づき、なぜオープンイノベーションをやるのか、そしてオープンイノベーション活動で何を達成したいのかを指針として言語化しましょう。
自分自身のモチベーションと整合性がとれているか
また、この時に担当者自身が感じている課題感、今後数年をかけて打ち込みたい個人的な目標も言語化し、それがオープンイノベーション活動のゴールと同じ方向を向いていることが重要です。
オープンイノベーション活動は、個人の努力では実現しません。社内横断的にさまざまな関係者を巻き込み、協力してもらうことが必要となります。農業をイメージするとわかりやすいかもしれません。何もないところから畑を開墾し、土壌を作り、種を蒔いて辛抱強く水や肥料を与え、芽を出したプロジェクトを望ましい方向へ矯正していき、病気や風水害や害虫動物のようなアクシデントから守りつつ収穫まで管理していくには、多大なコミットメントを必要とします。その際担当者がどれだけ熱量を持って根気よくオープンイノベーション活動を続けていくことができるかは、仕事を「やらされている」ものではなく、「自分ゴト化」していけるかにかかっています。ある意味で、新規事業担当者は自分自身がスタートアップのような役割を果たす必要があると言えるでしょう。
大切にしたいバリュー、実現したいビジョン、人生の1/3である仕事の時間を使って何をするかというミッションをどれだけ自分の言葉で語れるかによって、オープンイノベーション活動の協力者やアイデアの質は大きく変わってきます。「自分はなぜこれをやるのか」、「自分は何に対して熱くなれるのか」を問いかけることを怠ってはいけません。以下のような問いかけ*1を自分にしてみることをおすすめします。
1)なぜオープンイノベーションをやるのか?
2)もし新規事業が大成功したら、どういった点において自分が達成感を感じられるか?
STEP 2: 企画を練り上げる
アイデアをまとめ上げる
次に「どうやるのか」についてです。「オープンイノベーション」と一口に言っても、その方法はさまざまです。代表的なものは以下のような形式になりますが、数々の選択肢がある中で自社にとって最適な手法を、コストや期間、人員などのリソースを計算に入れたうえで絞り込んでいくことになります。
・産学連携
・プロダクトやサービスの共同開発
・ライセンスイン/アウト
・コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)
・ジョイントベンチャー
・事業提携
・ハッカソン・アイデアソン
・インキュベーションプログラム
・アクセラレータープログラムオープンイノベーションは短期間で成果が出せるものではなく、多くのトライアルを経て初めて、多くの失敗例の中から使えそうなアイデアが出てくる場合が多いです。とはいえ、無駄なコストをだらだらとかけ続けることも防がねばなりません。ある程度の期間を定め、どこに課題があり、どこにリソースを振り向けるかを念頭において企画書を作成しましょう。
情報を収集する
スタートアップとのオープンイノベーションに向けて舵を切る場合、「スタートアップ」というやや特殊な企業体の知識や前提を理解しておくことが必要です。短期間で急成長するスタートアップという企業体は、大手企業や中小企業とは異なるカルチャーや優先順位で動いていることが多く、その差異を事前に理解しておくことでコミュニケーションコストのロスが防げます。
<参考リンク>スタートアップとは何か?
- データベース
スタートアップを探索する場合、当然ですが領域や業界によって最適な検索方法は異なります。スタートアップ情報をまとめている公的・民間のデータベースで、代表的なものは以下のようなものがあります。
・Crunchbase
・Startup DB
・INITIAL
・Statista
・SUNRYSE
・大学発ベンチャーデータベース
・Playbook (Plug and Play オリジナルスタートアップデータベース)
- ケーススタディ
スタートアップ情報だけではなく、オープンイノベーションの事例も収集しましょう。同業他社・異業界の事例を探ることで、スタートアップとの協業イメージがつきやすくなります。また、逆に他社が取り組めていない領域を知ることにもつながります。
・Googleでケーススタディを検索
・PR timesで他社事例を検索電力開発株式会社と株式会社ACESとの協業事例
東京旅客鉄道株式会社 (JR東海) とResonai Inc.の協業事例
グループとPLEN Robotics株式会社との協業事例
スズキ株式会社と会話型AIを開発するSELF株式会社の協業事例
株式会社フジクラとSleep Shepherdの協業事例
- オープンイノベーション支援団体
スタートアップアクセラレーターや技術マッチングサービスなど、近年はさまざまな団体が支援を行っており、サービス内容も多岐にわたります。ウェブサイトを眺めているよりも、ニューズレターやSNSをフォローしたり、イベントに参加したりすることでスタートアップへのアプローチのきっかけをつかむことができます。
・民間アクセラレーター
・行政機関
・地方自治体
・業界団体
・大学
- メディア
最新テクノロジーやスタートアップ情報を発信しているメディアをフォローし、業界トレンドを理解します。
・NewsPicks
・BRIDGE
・WIRED
・INITIAL
・CNET Japan
・Techcrunch (英語)
STEP3: 社内に協力者を増やす
オープンイノベーション活動というと社外との連携に意識が向きがちですが、実は社内との連携の方がより重要だと言っても過言ではありません。新規事業部は既存の事業部からすると「何をやっているのかわからない」と受け取られることも多く、新規事業担当者が事業部の巻き込みに苦労するケースが散見されます。では具体的にどうやって巻き込みを行うか? これは地道に「人に会って、説得し続ける」「自分がやっていることを発信しつづける」この二つに集約されます。
新規事業は既存事業と全く関係ない角度からスタートすることも往々にしてあります。各事業部に出向いてそれぞれの課題やニーズをヒアリングする際、目の前の課題に囚われすぎて視野が狭くなることに注意しなくてはなりません。またプロジェクトを進める上でキーポイントを確認しておき、ゴールのためにどのようなアプローチが適切なのかをよく話し合っておくことが重要です。
また、事業部のニーズに基づいたスタートアップを探して紹介しても、事業部からは「面白いね」と言われて終わってしまうパターンが多いです。また、スタートアップが有する技術の精度が「そこまで高くない」と言われるパターンもあります。Not Invented Here症候群とも言われますが、開発者にとって自分がやっていることに近い製品やサービスを外部から持ってこられた場合、それに対する拒否感が湧くのはよくあることです。
社内報やイントラネットなどを活用し、新規事業の取り組みを積極的に宣伝していきましょう。小規模な発表会を行ったり、親和性の高いスタートアップを自社の担当者に引き合わせるなども効果的です。Plug and Play Japanでは、コンソーシアム型プラットフォームの強みを活かし、複数社によるアイデアソンなども実施しています。一社だけでは実現しづらい取り組みも、他社との協創という強制力をかけることで、刺激を与え新たな視点を獲得することができます。
新規事業を社内で理解してもらう際にキーとなるのが、いかに「具体的なプランに落とし込むか」「協業のイメージを描けるか」というポイントです。スタートアップの技術は発展途上であったり、これまでに具体的なトラクションがないことも多く、実績や実験結果が十分にない場合もあります。そういった場合にも、どう説得すれば事業部が納得するかを一緒に考えていく必要があります。詳しくは以下の記事をお読みください。
<参考リンク>オープンイノベーションを推進する社内の巻き込み方
STEP 4: チームを組成する
どのようなプロジェクトでも言えることですが、良いチームを作ることで効率がはるかに上がります。スタートアップとの連携を考える場合に、必要になるのは以下のようなスキル・適性を持ったメンバーです。
- 1)スタートアップのエキスパート
スタートアップとは何かを理解し、業界のさまざまなスタートアップのテクノロジーに精通している人です。スタートアップ界隈の動向に詳しく、常に新しい技術やビジネスモデルをキャッチアップしており、有望なスタートアップに対して自分から積極的にコンタクトを取っていける人です。
- 2)社内調整のエキスパート
自社のストラクチャーやパワーバランスをよく理解しており、調整に長けている人です。社内のキーパーソンを見極め適切にアプローチし、巻き込みを図っていきます。人間関係・部門間連携を円滑に進めることができ、既存事業と衝突しないようにオープンイノベーション活動の社内認知度を向上させていきます。
- 3)プロジェクトマネジメントのエキスパート
プロジェクト進行管理を適切に進める人です。ゴールに向けてマイルストーンを設定し、そこに至るまでに必要な日々のタスクを割り出し、関係者がきちんとそれらのタスクにコミットしていくように逐一管理します。1や2に繋がるキャリアとして、若手社員をこのポジションにアサインし人材育成するというやり方をとる企業も多くみられます。
- 4)商品開発のエキスパート
オープンイノベーション活動で生まれたアイデアの種を、具体的なプロダクトにまで落とし込んでいく人です。過去の成功体験に囚われることなく、新しいアイデアを積極的に取り入れつつ、適切な実用化に向けてブループリントを描くことが求められます。そのためある程度のセールス経験やマーケティング知識も必要になります。この役割は各事業部のリーダーの方に入ってもらうことが望ましいでしょう。
- 5)上記をまとめるリーダー
いわずもがな、新規事業推進のリーダーです。1〜4それぞれのスキルを少しずつ持ちながら、会社の方針とアラインメントをとりつつ、事業を進めていく視野の広さとコミュニケーションスキルに加え、困難や逆境にあっても挫けない推進力の強さが要求されます。
もちろん、1〜5は完全に独立していなければならないというわけではなく、チームのサイズによってはいくつかの役割を兼任しなければならない場合もあるかと思います。
<参考リンク>大手企業とスタートアップの架け橋として、共創を円滑にするPlug and Play Japanのサポートとは
オープンイノベーションを成功に導くには、長い視野での目標設定と、地道な仲間集めが必要となります。Plug and Play Japanでは、企業パートナーの新規事業担当者に対して、伴走サポートを行っています。ご興味のある方は、ぜひ以下のリンクからお問合せください。
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参考記事:
*1 Jules Miller and Jeremy Kagan, Corporate Accelerator, (New Jersey: John Wiley & Sons, Inc., 2021) page 98