海外のスタートアップエコシステムの成功要因とはーベルリンとシリコンバレーから学んだこと
2023/05/16
Plug and Playでは、日本のスタートアップとともにベルリンとシリコンバレーを視察するプログラムを実施しました。このレポートでは、ヨーロッパとアメリカでスタートアップエコシステムの中核となっている都市の特徴に焦点を当て、それぞれが発展している背景要素についてレポートします。
Writer: Keita Ito
Program Manager, Government Partnerships
- [目次]
- はじめに:海外視察プロジェクトの概要
- ベルリン:分野特化型エコシステムと英語の共通語化
- シリコンバレー:相互扶助と自主性で成り立つGiveの文化
- おわりに:日本と海外のスタートアップエコシステムの差異と課題
1. はじめに:海外視察プロジェクトの概要
Plug and Play Japanでは独立行政法人日本貿易振興機構茨城貿易情報センター(以下JETRO茨城)から「スタートアップ向け海外ネットワーク拡大支援」業務を受託し、日本のスタートアップ10社の海外展開を支援するための視察プログラムを2023年1月から2月にわたって実施しました。事前ヒアリングや現地でのイノベーション施設との連携、ネットワーキング支援を通して、新たなビジネスチャンスの創出や海外進出のきっかけとなる人脈形成の機会を提供しました。
2. ベルリン:分野特化型エコシステムと英語の共通語化
(ベルリンのスタートアップエコシステムに関するセミナーの様子)
ベルリンは、ヨーロッパで最も活気あるスタートアップエコシステムの一つとして知られています。今回の視察では、以下のスタートアップ支援施設を訪問しました。
2つのキャンパスに70カ国以上から集まった3,500人を超えるメンバーを抱える。オフィス利用に加えオンライン専用メンバーシップも提供。メンバーは、年間400件を超える教育・交流イベント、メンタープログラム、ネットワーキングなどを利用できる。また、Google for StartupsやMcKinsey & Companyと提携している。
欧州最大のプロトタイピングスペース。コワーキングスペース、メーカースペース、イノベーションワークスペース、個室オフィスなどを備え、アイデアを現実化するためのプロトタイピング機械などのインフラを提供する。ハードテクノロジーコミュニティ、スタートアッププログラム、ワークショップなどのサービスを有する。
AIと機械学習に特化したイノベーションハブ。スタートアップ、起業家、研究者などを対象にさまざまなプログラムやイベントが開催され、参加者はAIや機械学習の最新トレンドについて学んだり、他の専門家とのネットワークを構築したりする機会を得る。AIと機械学習分野におけるイノベーションとアントレプレナーシップの拠点である。
旧ガスタンクをリノベーションしたオフィスに加え、周辺の市街地を再生可能エネルギーシフトに向けた実験場として開発している。エネルギー供給やモビリティのテストプラットフォームといった数々の研究プロジェクトにより、再生可能エネルギーの実現可能性が証明されている。イベント、施設ツアー、企業訪問などを通じて、環境保護や持続可能性についての情報ハブとしての機能を拡大している。
MEMSやマイクロエレクトロニクスなど、超小型電子技術に特化した研究所。これらの分野の研究開発を行うとともに、企業と連携して技術やノウハウの移転も行っている。マイクロエレクトロニクスシステムに関する専門知識と、産官学との強力なパートナーシップで知られており、技術・工学分野の多くのスタートアップと協働している。
これらの施設は、それぞれの注力分野において、スタートアップの事業成長やプロダクト開発に必要な支援を提供しています。注力支援分野が明確であることで、その産業のステークホルダーが集まってくる環境が整っています。スタートアップはどの施設に入居すべきか判断でき、投資家や大手企業は特定分野のスタートアップにアクセスしやすくなっています。
(IZMの見学)
さらに、公的機関でも支援分野を明確にしていることが伺えました。ドイツのスタートアップエコシステムは首都一極集中型ではなく、モビリティはシュトゥットガルト、インシュアテックはミュンヘンなど、地域ごとに注力分野が分かれています。スタートアップの本社が多く置かれているのはノルトライン=ヴェストファーレン州(ドイツのスタートアップ全体の18.5%)とベルリン(同17.1%)です。
Germany Trade & Invest(以下、GTAI)は、対外貿易と投資拠点の誘致を促進するドイツ連邦共和国の経済振興機関です。Berlin Partnerは、ベルリンを拠点とする経済開発機関で、スタートアップの情報を収集し「Startup Map Berlin」を提供するほか、市としてスタートアップを5つの産業クラスターに分けて推進するなどの施策を実行しています。これらの支援機関による政策はEU全体として推進されており、国別の特色および国内地域別の特色を明確にして立案実行しようとする思想が窺えました。
また、ベルリンのスタートアップエコシステムが発達している理由の一つとして、就労人口の90%が英語を話すことも挙げられるでしょう。訪問したすべての施設で英語が共通語となっており、担当者と直接英語でやり取りできる環境が、ドイツ外の企業からの信頼を得ることに寄与していると実感しました。近年のスタートアップエコシステムの発展により、グローバルな企業や人材が集まってきたため、ベルリンで英語を使用することの重要度が更に高まっていると現地の政府関係者からも聞きました。日本でも英語話者の比率を上げることが、グローバルな競争力を強化する上で重要であることが痛感されました。
視察団は日本に興味がある投資家や大手企業が集まるピッチイベントに加え、ベルリンのアクセラレーターが主催するデモデイや、自然言語処理と気候変動をテーマとしたイベントに参加しました。現地のスタートアップのピッチや起業家のパネルディスカッションを聞き、ネットワーキングする機会を通して、海外展開に向けたヒントを得ることができました。
(Motion Labにて)
3. シリコンバレー:相互扶助と自主性で成り立つ ”Give” の文化
世界各国でスタートアップエコシステムが勃興する中でも、シリコンバレーはStartup Genome社が発表するGlobal Startup Ecosystem Rankingで2021年に続き1位を獲得しています。本プログラムではPlug and Playの本社を中心に、日本の研究開発型スタートアップ5社からなる視察団の支援を実施しました。
(Plug and Play本社前にて、Plug and Play社員と視察団)
参加スタートアップにとって特に有意義だったのは、約60名の大手企業やスタートアップ、投資家、メンター、学生などが参加したピッチイベントでした。登壇したスタートアップを紹介してほしいというリクエストがMCに殺到するほど、現地の関心を引くことができ、日本の研究開発型スタートアップの技術力の高さが注目を集めました。
ネットワーキングでは、起業家コミュニティが非常に活発であることが印象的でした。初対面の人同士でも積極的にネットワーキングが行われ、お互いに人を紹介しあっていました。このような「Giveの文化(助け合いの精神)」が根付いていることが、シリコンバレーが世界でもトップクラスのスタートアップエコシステムとなった理由の一つでしょう。
また「Giveの文化」の別の形として、現地の日本人起業家を招いてレクチャーを行いました。同社の実例から、資金調達ラウンドの判断ポイントや、見込み顧客へのアプローチ方法、人材をどう確保するかなど、シリコンバレーでの事業展開における現実的なアドバイスが提供されました。ベイエリアで成功している若手経営者との会話は、日本では聞くことが難しい起業家の生の声を聞くことができる機会となりました。
さらに、日本企業のアメリカ進出を支援する専門家による、各分野に特化したメンタリングもおこなわれました。日本のスタートアップがグローバル展開する上で直面する問題として、言語や文化の壁が挙げられます。アメリカ市場で受け入れられるためには、現地のマインドセットを獲得することが非常に重要だというアドバイスがなされました。また、メンターより参加企業に対してVCや潜在顧客、必要な人材などシリコンバレーのネットワークが惜しみなく紹介されたこともメンタリングの大きな成果でした。
4. おわりに:日本と海外のスタートアップの差異と課題
日本がスタートアップをグローバルな視点から育成していくためには、ベルリンやシリコンバレーのエコシステムから学ぶことが必要です。しかし日本と海外では、いくつかの差異と課題があります。
エコシステムの醸成
ベルリンとシリコンバレーのスタートアップエコシステムでは、牽引役を果たしている主体がそれぞれ異なります。ベルリンでは、政府が注力する産業分野が明確になっており、各産業のステークホルダーが集まりやすい環境が整備されています。一方、シリコンバレーには相互扶助に基づく「Giveの文化」が根付いており、投資家やメンター個々人からのサポートにより強固なエコシステムが出来上がっています。政府主導のアプローチは、国や地域の経済戦略に合わせた産業クラスターを形成し、大手企業や大学といったステークホルダーを巻き込むことが重要です。個々人のサポートによるアプローチは、アイデアやノウハウを共有し、共に成長を目指すコミュニティづくりが重要です。日本においては、どちらか一方のアプローチだけではなく、官民両方からのエコシステム醸成が有効だと言えるでしょう。人材育成
日本と海外のスタートアップに共通する課題として人材不足が挙げられます。特に日本では、グローバル市場に対応できる人材の採用が難しいといわれています。人材ネットワークを構築し、リモートワークの導入や海外拠点の設立支援など、柔軟な人材活用策を模索する必要があります。
ベルリンとシリコンバレーの発展には、市場の大きさや成長性に恵まれている背景もありますが、グローバルな人材の集積により、起業段階から世界展開を視野に入れたビジネスモデルが構築されやすくなっていることが主な要因に挙げられます。日本のスタートアップも、海外展開に向けたビジネスモデルの構築やグローバルな視野でのマーケット戦略が必要です。日本の教育機関にはそのような人材を育成することが求められます。スタートアップにとって海外展開は大きなチャレンジですが、海外市場には多くのビジネスチャンスが眠っていることは確かです。Plug and Playのプラットフォームには、世界50箇所以上の拠点で530社以上の企業パートナーが参画しており、2022年単体で2,400社以上のスタートアップを支援しています。Plug and Play Japanはこのようなグローバルネットワークを活かし、今後も海外展開に関する情報やネットワーキング機会をスタートアップに対して提供してまいります。