なぜ“スタートアップエコシステム” の形成・活性化が重要なのか
2022/06/03
かつてシリコンバレーでは「スタートアップはガレージから生まれる」と言われたほど、パソコンさえあれば誰でも起業できると考えられていました。しかし近年は、スタートアップを多く生み出し、大きく育てていくためには「スタートアップ・エコシステム」と呼ばれる多様な組織や人が関わる環境が必要だと考えられています。この記事では、スタートアップ・エコシステムが必要である理由と、日本におけるスタートアップ・エコシステムの現状と課題を考察します。
(Cover Photo by Pixabay from Pexels)
[目次]
- スタートアップエコシステムとは何か?
- 日本におけるスタートアップエコシステムの事例
- 日本のスタートアップエコシステムの発展に必要なこと
(2022/6/3 公開 2024/3/5 一部修正)
そもそもスタートアップエコシステムとは何か?
そもそも「スタートアップエコシステム」とは一体どんなものなのでしょうか。
スタートアップエコシステムの発展度合いを測る共通基準のフレームワークを提供しているStartup Commonsによると、「スタートアップエコシステム」とは「ある場所(物理的・仮想的)に集まる人々や、あらゆるステージのスタートアップ、さまざまな種類の組織が新しいスタートアップ企業を生み出すシステムとして相互作用することによって形成されるものである」とされています。「エコシステム」とはもともと、多様な動植物が集まり、循環しながら生命を育んでいく「生態系」を意味します。スタートアップを育む「生態系」とは、スタートアップが生まれ、成長していくために必要な環境のことを指します。そこには少なくとも以下のような要素が必要になります。
- イノベーションの種となる研究や発明、ビジネスアイデア
- さまざまなステージのスタートアップ
- 起業家や起業に興味のある人
- スタートアップで働きたい人
- 投資家や投資機関
- 専門知識を教えてくれるメンター
- 経験ゆたかなアドバイザー
- 起業家をサポートするサービスを展開している企業
(出典:startup commonsウェブページ[What Is Startup Ecosystem?]に基づきPlug and Playが作成)
つまり、さまざまな構成要素が必要であり、それらが相互に作用することでスタートアップエコシステムは形成されるということです。どのくらい”さまざま”なのかは、スタートアップエコシステムに関して世界中を調査し、ランキングを発表しているStartup GenomeやStartupBlinkが制定している評価項目が参考になります。
(出典:StartupBlink [Global Startup Ecosystem Index 2023]に基づきPlug and Playが作成)
(出典:Startup Genome [The Global Startup Ecosystem Report 2022 メソドロジー]に基づきPlug and Playが作成)
上記の項目を見てみると、いわゆるヒト・モノ・カネだけにとどまらず、多岐にわたっていることがわかります。Plug and PlayのようなアクセラレーターやVC、メンターや投資家、大手企業だけでなく、イベントの実施回数やネットワーキングができる環境、テクノロジーインフラや市場展開のしやすさなども項目として挙げられています。グローバル都市であることに加え、アイデアから社会実装へのハードルが低いことがキーファクターであると読み解けます。
スタートアップエコシステムの事例
上記のような構成要素をふまえた上で、日本ではどのようにスタートアップエコシステムが形成されているのでしょうか。
2019年、内閣府・文部科学省・経済産業省は共同で「Beyond Limits. Unlock Our Potential~世界に伍するスタートアップ・エコシステム拠点形成戦略~」を発表しました。そこでは「都市や大学を巻き込み、起業家教育やアクセラレータ機能を抜本的に強化すること等を通じて、起業家がこれまでの制約を超越し(Beyond Limits)、日本の潜在能力を開放する(Unlock Our Potential)、スタートアップ・エコシステムの拠点を形成」という方針が示されています。
この戦略に基づき、2020年には「スタートアップ・エコシステム拠点都市」としてグローバル拠点4都市ならびに推進拠点都市4都市が指定されました。グローバル拠点各都市でどのようにスタートアップエコシステムを構築しているのか見てみましょう。
スタートアップ・エコシステム 東京コンソーシアム
日本で最多のスタートアップ数を誇る東京エリアのコンソーシアムには、東京都だけではなく横浜市やつくば市といった周辺都市も参加しています。アジア最大のイノベーションイベント「イノベーションリーダーズサミット(ILS)」への参加(2022年)や、日本最大級のグローバルイベント「City-Tech. Tokyo」の開催(2023年)、イノベーション推進施設Innovation Base Tokyoの開設(2024年)など海外のスタートアップを東京へと呼び込む動きが見られます。
Central Japan Startup Ecosystem Consortium
愛知県、名古屋市、浜松市などが構成団体として名を連ねる中部地域のコンソーシアムは、モビリティやロボティクスなどのスタートアップを中心に支援しています。ヨーロッパ最大級の産業展示会「SMART MANUFACTURING SUMMIT」を開催、そこでローカルのスタートアップに成果発表の機会を与えるなど、海外展開へ積極的なスタートアップを支援する姿勢を見せています。また、日本最大のスタートアップ支援拠点となるStation Aiを開業予定(2024年)です。
大阪・京都・ひょうご神戸コンソーシアム
大阪・京都・神戸という3つの中核都市圏による同コンソーシアムでは、それぞれの地域の特色を生かしながら、スタートアップへの実証実験の場を提供するなどの活動をおこなっています。また3つのエリアが協力して、関西発でグローバルに挑戦するスタートアップを支援するためのブランド「Kansai Startup Mashups」というブランドを立ち上げ、オランダのスタートアップポータルサイトDealroom.coが運営するデータベースに、京阪神のスタートアップ情報を公開しています。
福岡スタートアップ・コンソーシアム
福岡スタートアップ・コンソーシアムでは、福岡市にあるスタートアップ支援施設FUKUOKA GROWTH NEXTをはじめ、地元企業との連携を推進したスタートアップ育成が特徴といえます。また、「グローバル創業・雇用創出特区」である利点を活かし、地理的に近いアジア圏のスタートアップを呼び込もうとする動きが見られます。
上記以外にも、日本におけるテックビジネスの成長やアクセラレータープログラムの増加、大手企業とスタートアップとの協業、大学発スタートアップの拡充などは、日本におけるスタートアップエコシステムの成長と発展を示しています。
日本のスタートアップエコシステム発展に必要なこと
2022年3月にPlug and Playが開催した「Japan Summit – Winter/Spring 2022 Batch」の基調講演において、世界銀行東京開発ラーニングセンター(TDLC)のリーダーを務めるビクター・ムラス氏は日本のスタートアップエコシステムの現状と課題について、「日本におけるエコシステムを形成するプレイヤーは増えているものの、海外と比較するとまだ規模が小さかったりそれぞれが連携していなかったりと課題が多い」という点を述べていました。一方で日本は、「本来であればニューヨークと同じレベルのスタートアップエコシステムのポテンシャルがある」とのことで、課題は多いものの日本にはさまざまな可能性もあるという点も示唆していました。
またStartup Genomeが毎年発表している「グローバル・スタートアップ・エコシステム・ランキング」において、日本からは東京が2021年に9位にランクインしたものの、2023年には15位と後退しました。
このように課題が残る中で、日本のスタートアップエコシステムを今後さらに発展させていくためにはどのようなことが必要なのでしょうか。いくつかありますが、特に重要なポイントは以下と考えられます。
グローバル志向の強化
日本のスタートアップは、国内市場だけでなく世界市場に目を向ける必要があります。グローバル市場での展開や国際的なネットワーク構築が、成長と競争力の向上につながります。そのためには、英語力と国際ビジネス感覚を身につけることが必須です。海外のスタートアップイベントに参加したり、世界の中における自社の立ち位置を理解することも重要でしょう。
参考記事:海外のスタートアップエコシステムの成功要因とはーベルリンとシリコンバレーから学んだこと
人材育成・アントレプレナーシップの醸成
長期的にスタートアップエコシステムを構築していくためには、起業家の育成やアントレプレナーシップの醸成が重要です。挑戦し続ける姿勢やリーダーシップ能力は、スタートアップ経営者だけではなく、スタートアップで働く人材にとっても不可欠です。教育やカルチャーの面で、若い世代に起業家精神を育てる継続的な取り組みが必要です。
参考記事:起業家の成功とは?米ユニコーンStripeとEDGE of INNOVATIONに聞く
ポリネーターの役割推進
“ポリネーター”とは、ミツバチなど花粉を花から花へ媒介して受粉させる存在のことです。スタートアップ・エコシステムにおけるポリネーターとは、スタートアップと大手企業のように異なる強みや文化を持つ存在どうしをつなぐ橋渡し役のことを指します。情報共有や協業機会の提供など、スタートアップとそれをとりまくプレイヤーをつなぎ、両者の間に横たわるカルチャーの違いを取りもちつつ成長を促進します。こういった役割の人を増やすことが、新しい挑戦をしやすい環境を整えることへとつながります。
参考記事:大手企業とスタートアップに起きがちなミスコミュニケーション
これらの取り組みが進むことで、日本のスタートアップエコシステムはさらなる成長と発展を遂げることができるでしょう。グローバル市場での競争力を高め、起業家精神を育て、大手企業との連携を促進することで、日本のスタートアップは世界に挑戦し、新たな価値を創造していくことが期待されます。