イノベーションは技術革新ではない?社会を変える「イノベーション」の定義と事例
2024/03/26
「イノベーション」という言葉の定義はさまざまです。社会を大きく変えるようなインパクトを与える技術革新を指すこともあれば、組織改革によって人々の行動が変わることをイノベーションと呼ぶ人もいるでしょう。この記事では、現代用語として多用される「イノベーション」という言葉の原義・成り立ちから、ビジネスで捉えられているイノベーションの種類、そしてイノベーションが生まれる要因を事例とともに考察します。
[目次]
- そもそも「イノベーション」とは?
- イノベーション≠技術革新
- 持続的イノベーションと破壊的イノベーションの違い
- オープンイノベーションとクローズドイノベーションのちがい
- イノベーションの5類型
- イノベーションを促進する要因
- イノベーションの事例
Chiyo W. Kamino
Content Marketing Associate
1. そもそも「イノベーション」とは?
「イノベーション」の原義
「イノベーション」という外来語は英語の「Innovate」という動詞の名詞形「Innovation」からきています。「Innovate」という単語は、ラテン語の「innovare」という言葉に由来します。この言葉は【新しくする、変える】という意味を持ち、そこから【新しい変化、実験的な変異、確立された仕組みに対して新たに導入されたもの】という意味へと発展してきました。現代英語における「Innovate」は【新しいアイデアや変化を導入すること】と定義されています(*1)。
日本での「イノベーション」の定義
日本語における「イノベーション」という言葉は、辞書によれば【①技術革新。新機軸。②経済学者シュンペーターの用語で,経済成長の原動力となる革新。生産技術の革新,資源の開発,新消費財の導入,特定産業の構造の再組織などをさすきわめて広義な概念。】と定義されています(*2)。
2024年の日本では、上記①の【技術革新】という意味で使われている場合と、②の【経済成長の原動力となる革新】の意味で使われている場合が両方存在しています。いずれの場合においても、【それまでになかった価値を新たにつくりだす変化】というイメージは共通しています。
2. イノベーション≠技術革新
上記のように、「イノベーション」という言葉は必ずしも技術革新だけを意味するものではありません。この点においては、独立行政法人国立国語研究所が平成十五年十一月に示した『第二回「外来語」言い換え提案』において、言い換え語を「技術革新」とした上で、その意味を【経済や産業などの発展につながる技術や仕組みの革新】と説明し、その他の言い換え語例として、【何が革新されるかに応じて「経営革新」・「事業革新」等の語を用いるか、単に「革新」という語を用いる】ことを提案しています(*3)。
技術的な進歩だけではなく、斬新なアイデア、既存のリソースの転用・新たな利活用、独創的なアプローチ、組織の変革なども、イノベーションを構成する要素に含まれるととることができます。
3. イノベーションの5類型
では、ビジネス分野におけるイノベーションとはどのようなものなのでしょうか。ジョセフ・シュンペーターは20世紀初頭に経済学者として知られ、イノベーションに関する理論を提唱しました。彼は著書『経済発展の理論』の中で、イノベーションとは「新しいものを生み出すこと、あるいは新しい方法で既存のものを生み出すことである」と述べています(*4)。彼が提唱したイノベーションの類型には以下のようなタイプがあります。
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新製品の開発
新しい製品やサービスの創造的な導入を指します。市場に新規性をもたらし、顧客に新しい選択肢を提供します。
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新しい生産方法の導入
新しい生産技術やプロセスの採用を指します。これにより生産性が向上し、コスト削減につながります。
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新しい市場の開拓
新しい市場への進出や既存市場での新しい需要の創出を指します。これにより企業は新たな収益源を見つけることができます。
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新しい資源供給源の獲得
新しい原材料や供給源の発見や確保を指します。企業はより効率的かつ持続可能な生産を行うことができるようになります。
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組織の改革
新しい企業組織や経営体制の導入を指します。これには企業の構造改革や文化の変革が含まれます。
シュンペーターはこれらのイノベーションの要素を経済の進化や成長の駆動力と位置付け、これを”創造的破壊”と表現しました。企業や経済は、これらの新しい要素が導入されることで変革し、成長するとされています。
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4. 持続的イノベーションと破壊的イノベーションの違い
イノベーションに必要な要素である”創造的破壊”とは一体どのようなものなのでしょうか?それを理解するには、クレイトン・クリステンセンが著書『イノベーションのジレンマ』の中で提唱した「破壊的イノベーション」というキーワードが手がかりになります(*5)。「破壊的イノベーション」は「持続的イノベーション」と対をなす概念であり、両者の違いは以下のようなものがあります(*6)。
・持続的イノベーション (Sustaining Innovation サステイニング・イノベーション)
持続的イノベーションは、現在の顧客のニーズをよりよく満たすために既存の製品、サービス、またはプロセスを改善することに焦点を当てています。目標は、既存の製品やサービスの市場での地位を維持または強化することです。持続的イノベーションは市場シェアを拡大することはありますが、市場力学や業界構造を根本的に変えることはありません。
市場ですでに一定のシェアを獲得している企業にとっては、持続的イノベーションが受け入れやすいと考えられます。これは、持続的イノベーションが既存のビジネス戦略や顧客基盤と一致するためです。企業は蓄積された経験、専門知識、顧客との関係などを活用して、これまでのビジネスの延長線上にある改善を推進していきます。
・破壊的イノベーション (Disruptive Innovation ディスラプティブ・イノベーション)
破壊的イノベーションは、既存の市場や産業に革命をもたらすような新しいアイデアや技術の導入を指します。市場に新たな価値を提供し、新たな需要を創出することにより、従来のビジネスモデルが置き換えられたり、シェアを寡占していた企業が駆逐されたりするなど、市場のダイナミクスが根本的に変化します。このプロセスは、しばしば従来のビジネスや製品にとって脅威となりますが、同時に新たな成長機会ももたらします。
破壊的イノベーションは、初めは既存製品やサービスの提供が行き届かない顧客層をターゲットにしたシンプルで手頃な代替品を提供することから始まります。時間の経過とともに、破壊的なイノベーションは能力を高め、最終的には既存のプレーヤーを凌駕し、市場の破壊と勢力の逆転をもたらします。
既存の企業はしばしば、他社の破壊的なイノベーションに市場を奪われてしまうことがあります。既存顧客にサービスを提供し、既存のビジネスモデルを維持することに焦点を当てる傾向があるからです。破壊的なイノベーションは最初は既存のプレーヤーやサービスにとって脅威と感じられないことがあるため、対応が遅れたり、変化に対する抵抗が生じたりして結果的にシェアを失ってしまうのです。
5. オープンイノベーションとクローズドイノベーションのちがい
イノベーションの必要性が認知され、企業が革新的な新製品やサービスの開発に注力する中、近年は「オープンイノベーション」という言葉がよく聞かれるようになりました。これは組織論者であるヘンリー・チェスブロウが提唱したコンセプトで、自社の持つアセットを他社のアセットと組み合わせることで、新しいプロダクトやサービスを開発することを指します(*6)。自社だけで問題を解決しようとするのではなく、社外の技術やアイデアを積極的に取り込み、掛け合わせることによって、新しい価値を作り出すことを目指しています。
「オープンイノベーション」に対して、自社の中で研究開発をおこない、プロダクトやサービスを進化させることを「クローズドイノベーション」と呼びます。
(参考記事:なぜ今、「共創の時代」と呼ばれるのか?)
6. イノベーションを促進する要因
上記のようにイノベーションにはさまざまな種類が存在しますが、それらはどのようにして生まれてくるのでしょうか。イノベーションを創出・促進するおもな要因としては以下のようなものが挙げられます。
技術の進歩
イノベーションを牽引する大きな要因が技術の進歩です。真空管に代わって半導体がコンピュータに使用されるようになったように、新しい技術が開発されることによってイノベーションが促進されます。近年ではブロックチェーンや生成AI、バイオ編集などが革新的な技術例として挙げられます。
市場の需要
市場が成熟するにつれて新たな製品やサービスへの需要が生まれることも、イノベーションを促進する要因の一つです。固定電話に代わって携帯電話が一般的になったように、社会の変化や消費者のニーズから新たなビジネスが生まれます。シェアリングエコノミーやEコマースの浸透は市場のニーズに応えたことによるイノベーションの例といえます。
政策・制度の改革
行政府が主導することによりイノベーションが促進される場合もあります。行政におけるデジタル化の推進や、金融商品取引法や道路交通法といった規制緩和・法改正、また国家戦略としての先端科学技術研究への注力、スタートアップ・エコシステム拠点都市の制定などが法制度改革によるイノベーションの促進例として挙げられます。
7. イノベーションの事例
それでは、現代社会におけるイノベーションの事例としては、どのようなものがあるのでしょうか。以下では、スタートアップが成長する過程で破壊的イノベーションを達成した例を挙げています。
Netflix: DVDレンタルから動画ストリーミングサービスへ
2000年代に入り、音楽・映画・書籍といったコンテンツのデジタル化が進みました。NetflixはDVDの宅配レンタルサービスからスタートしたものの、高速インターネット時代を先読みして動画ストリーミング事業へと転換。ユーザーから集めたデータをもとに、映画やドラマがヒットする要素を分析し、それをもとに自社でコンテンツを制作するメディア企業へと変貌を遂げました。
Uber: タクシーや自家用車に代わる交通手段を提供
スマートフォンのGPS機能を利用して「同じ方向に行く人どうしが自動車を相乗りできる」という発想のライドシェアサービスとして始まったUber。それまで自分で運転するか、バスやタクシーを使うしかなかった社会に新しい移動手段を提供することに成功しました。現在はタクシーに代わる配車サービスとして利用されているほか、食べ物や日用品の宅配サービスにも進出しています。
PayPal: オンライン上での安全な決済手段を開発
2000年代はじめに、フィンテックの先駆けとして登場したのがPayPalです。ユーザーはクレジットカード情報や口座番号を明かすことなく、オンライン上で送金や支払い受け取りができるようになりました。これにより当時黎明期であったネットショップの発展を後押ししたほか、国際送金にかかっていた手間をなくしました。2013年には個人間送金アプリのVenmoを傘下に加え、フィンテック分野のイノベーションを牽引し続けています。
Plug and Playのイノベーション・プラットフォームから生まれたグローバルなオープンイノベーション事例
ここまで、「イノベーション」という言葉の定義と、その種類を見てきました。世界では日々、さまざまな形でイノベーションへの取り組みが行われており、その手段としてオープンイノベーションが注目されています。実際に海外ではどのようなプロジェクトがおこなわれているのでしょうか?
Plug and Playではこれまでにグローバルで500社以上の大手企業のイノベーション創出を支援するとともに、スタートアップ35,000社以上をアクセラレータープログラムに採択しています。スタートアップと大手企業・公共セクターが共同でおこなった数々のPoCや導入実績を、イノベーションの類型ごとにまとめたebookはこちらです。
[Open Innovation Global Case Studies オープンイノベーショングローバル事例集]
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出典:
*1) 三省堂『ウィズダム英和辞典』Mac OS Version 2.3.0
*2) 三省堂『スーパー大辞林』Mac OS Version 2.3.0
*3) 独立行政法人国立国語研究所『第二回「外来語」言い換え提案』2006/3/13
https://www2.ninjal.ac.jp/gairaigo/Teian1_4/Words/innovation.gen.html
*4) Schumpeter. ‘The Theory of Economic Development’. Routledge. 1980/12/31
*5) Christensen. ‘The Innovator’s Dilemma: When New Technologies Cause Great Firms to Fail’. Harvard Business Review Press. 1997/5/1
*6) Harvard Business School Online ‘SUSTAINING VS. DISRUPTIVE INNOVATION: WHAT’S THE DIFFERENCE?’ 2022/3/2
https://online.hbs.edu/blog/post/sustaining-vs-disruptive-innovation
*7) Chesbrough. ‘Open Innovation: The New Imperative for Creating and Profiting from Technology’ Harvard Business Review Press. 2006/9/1