オープンイノベーションとは?進める上での課題とステップ、事例を解説
2024/04/12

2000年台はじめにオープンイノベーションという概念が提唱されてから20年近く経ち、昨今では大手企業とスタートアップによる共創がますます盛り上がってきています。一方で、カルチャーや組織構造が全く異なる大手企業とスタートアップのオープンイノベーション実現には様々な障壁があるのも現実です。
当記事では、前半部分でオープンイノベーションの定義や潮流に触れ全体感を見た後に、オープンイノベーションを進める上での課題、大企業が取るべきステップや実務上でのポイントなど、成功へ導く要点を徹底解説します。
自社のオープンイノベーションの進め方が正しいかが不安、成功事例を知って自社に生かしたいと考えている企業の方はもちろん、技術シーズを持っており、連携を考えているスタートアップや大学研究室の方に特におすすめの内容です。
また、オープンイノベーションの全体像やトレンドを掴みたいビジネスパーソンや学生の方にも有用な情報となるようにまとめましたので、ぜひ最後まで読んでいただければと思います。
Writer: Sohshi Yoshitaka (記事更新:2025年2月28日)
オープンイノベーションとは?
オープンイノベーションの定義と起源
オープンイノベーションとは、自社だけでなく外部の技術やノウハウを積極的に取り込みながら、新たな価値を生み出す活動を指します。
“イノベーションの父”と呼ばれる経済学者のシュンペーターはイノベーションとはゼロから生み出すものではなく、既存のものを組み合わせる“新結合”であると表現しました(*1)。この考え方こそまさにオープンイノベーションの原型と言っても過言ではないでしょう。
そして、その概念に「オープンイノベーション」という名称を与え、体系化したのが2003年に著書『オープンイノベーション』を執筆したヘンリー・チェスブロウ氏です。
出典:Chesbrough, Henry W. 『Open Innovation』(2003年)
彼の理論によって、企業が社外のリソースをどのように活用し、市場機会を広げるべきかが明確化され、CVC投資やM&A、アクセラレータープログラムといった外部連携の手法が注目を集めるようになりました。
本記事ではこれらの手法の詳細には触れませんが、必要に応じて参考記事を併せてご覧いただければと思います。
オープンイノベーションの歴史
オープンイノベーションという概念が提唱されたのは2003年ですが、「オープンイノベーション」という言葉が生まれる前から、他社の技術活用や交流は行われてきました。有名なのは、ゼロックスのパロアルト研究所(PARC)やApple創業者のスティーブ・ジョブズの事例。
PARCで生まれたマウスやグラフィック技術は、若き日のジョブズを大きな影響を与え、Macintoshの誕生へとつながりました(*2)。
他社との技術交流によって新しい価値を生み出す動きは以前から存在していましたが、1990年代頃から大手企業が組織的かつ戦略的に、社外から技術やアイデアを取り入れる動きが活発化します。
また、2000年代に入るとGoogleのAndroidの買収によるOSの提供、Facebook(現Meta)によるinstagramのM&Aなど、外部のアイディアや技術を使ったイノベーション事例が増えていきました。GAFAと呼ばれる大手IT企業の隆盛も、外部との連携を通じたオープンイノベーション事例と言えるでしょう。
クローズドイノベーションの限界
歴史を振り返ると、実は日本人は海外の文化や技術を取り入れ独自に発展させる能力に長けており、オープンイノベーションを行ってきた実績があります。
例えば第二次世界大戦の主力戦闘機として有名な「零戦」も、三菱重工の航空技術に加え、国内外の技術を集めて開発された住友金属の素材(超々ジュラルミン)や、民間事業者の創意工夫を促す発注方式の成功により、わずか5年という短期間で完成しました。これは現在でも、オープンイノベーションの成功モデルとして語り継がれています(*3)。
にもかかわらず、オープンイノベーション活動の実施率において、日本は海外に遅れを取っているのが現状(*4)。
その理由は、日本企業に根強く残る自前主義という考え方があるため。1980年代後半から1890年代にかけて、自社リソースのみを活用するクローズドイノベーションが日本企業の勝ち筋として確立されたこともあり、日本企業は欧米に比べてオープンイノベーション実施率は依然として低い水準となっています(*5)。
オープンイノベーションが必要な理由
日本企業が企業の時価総額のトップを独占していた時代から、米中のテクノロジー企業に覇権が移って久しいですが、この要因の1つにはクローズドイノベーションの限界が挙げられます。少し短絡的ではありますが、これもオープンイノベーションの重要性を物語っている一つの現象と考えることができるのではないでしょうか。
企業が競争力を維持する上で、クローズドイノベーションではなく、オープンイノベーションが不可欠だという主張に異論を唱える人は少ないでしょう。
本章では、その理由を以下の3つの観点から市場背景とともに深掘りしていきます。
理由① プロダクト・ライフサイクルの短縮化
デジタル技術の急激な進化に伴い、企業を取り巻く環境は想像以上のスピードで変化しています。人工知能や次世代コンピューティング、バイオテクノロジーなどの新技術は日進月歩で進化し、明日のビジネス環境がどう変化するかすら予測が難しいほどです。
また、消費者の嗜好やライフスタイルもSNSやオンラインメディアの普及によって多様化・細分化し、ニーズの変化サイクルが短期化しています。以前は1つのヒット商品が長く売れ続けることもありましたが、いまや次々と新しい商品・サービスが投入され、企業が1つの成功体験に安住している余裕はありません(*6)。
こうした状況下では、企業は自社のノウハウや技術だけに頼るのではなく、社外のリソースやアイデアをいかにスピーディに取り込めるかが勝敗を左右します。まさにオープンイノベーションが鍵となるのはこの点です。多様なパートナーシップを築き、新技術や消費者の声を柔軟に活かすことで、急激な市場変化にも対応しやすくなり、次なるビジネスチャンスを素早く捉える可能性が高まるでしょう。
理由② 多様化する消費者ニーズ
SNSをはじめとするメディアの多様化に伴い、消費者のライフスタイルや嗜好も多様化しています。つまり、売れるためには、より多くの商品・サービスを早く作る必要があるということです。
社内の発想だけに依存し、従来の開発フローを続けていては、消費者の潜在的なニーズや行動を正確に捉えることができず、ビジネスチャンスを逃すリスクが高まるでしょう。
刻々と変化するトレンドを逃さずに、消費者のニーズに応えた商品やサービスを迅速に具現化するためには、外部リソースを活用するオープンイノベーションが必要不可欠です。
理由③ 競争相手がグローバルに
世界中が情報通信ネットワークで結ばれた現在、あらゆる分野のビジネスが国境を越えて展開されています。これは同時に、競争相手が世界各地に点在していることを意味します。
さらに、日本企業にとっては、成熟した国内市場の伸びしろが限られているという現実があり、海外市場への参入やグローバルな視点からの事業再編が避けて通れない課題でもあります。
特に、先進技術の獲得やスピーディな市場開拓のためには、海外企業との協業も視野に入れたオープンイノベーションの積極的な導入が重要なカギとなるでしょう。自社内にない専門性を外部パートナーから取り込みながら、新たな価値や市場を創造していくことで、国際競争の荒波に打ち勝つ可能性が広がります。
オープンイノベーションは手段であり目的ではない
ここまでオープンイノベーションの必要性を見てきましたが、オープンイノベーションは決して魔法ではありません。また、オープンイノベーションは、あくまで「目的を達成するための手段」であることは念頭に置いておく必要があります。
改めて、オープンイノベーションの目的とは
新しい技術やアイデアを外部から取り込むことによって、自社だけでは見いだしにくいブレイクスルーを実現し、イノベーションを起こすことがオープンイノベーションの目的です。
そのためには、新規事業の立ち上げ、既存事業の高度化、海外市場への参入など、企業によって取るべきプロセスはさまざま。オープンイノベーションを検討する際は、まず自社が中長期で成し遂げたいビジョンや経営戦略と整合性を取ることが重要です。
逆に言えば、ゴールが不明確なまま“オープンイノベーションありき”で動き出すと、社内外のリソースだけが浪費され、成果や期待値が曖昧なまま進行してしまうリスクがあります。
「どこを目指すか」をしっかり言語化したうえで、「そのためにどんな外部の力を活用するか」というプロセスでオープンイノベーションを位置付けることが重要です。
そのような認識を持つことが、成功につながる第一歩であることは、当社が国内外の大手企業のオープンイノベーションを支援してきた当社の経験からも間違いありません。
オープンイノベーションの手段としてメリット・デメリット
オープンイノベーションは、事業加速や企業文化の変革をもたらす可能性を秘めている一方、実施に当たっては知財・情報セキュリティやコスト・利益配分などの留意点も無視できません。
以下の表に、手段としてのオープンイノベーションがどのようなメリットとデメリットを併せ持つかをまとめました。
- メリット
- 他社技術やノウハウを活用できる
- 開発コスト・期間の削減
- 社内の企業文化・風土の変革
- デメリット
- 知財や情報漏洩リスク
- コスト・利益配分の調整
- 社内外リソースの調整負荷
オープンイノベーションが持つメリットは、裏を返せばデメリットでもあり、留意しないといけないポイントです。
留意点を乗り越えるポイントは後半で解説しますが、オープンイノベーションが万能薬ではないことは念頭に置いておく必要があります。
- メリット
大手企業のオープンイノベーションに必要な7要素
イノベーション創出支援を行う当社がこれまでの経験に基づいて、オープンイノベーションに必要な要素は以下の7つという整理の仕方をしています。
理想を言えば7つの要素を全て整備したいものです。ただし、これらの要素を一度に満たすのは難しく、企業ごとに優先順位を付けて段階的に進める必要があるのが実情です。
とりわけ初期段階で重要なのが、「人材」と「トップのコミットメント(ビジョン・戦略)」だと当社は考えています。つまり、オープンイノベーションを進める上での課題は、トップのコミットが不十分であったり、大枠のゴール設定や方針が明確化されていないということ。そして、オープンイノベーションの推進経験や理解が不足しており、ドライブ力が不十分ということです。
不確実性の高い新規事業領域では、綿密な計画以上に推進担当者の粘り強いドライブ力が成果を左右するからです。その際、経営層が長期的な視点でイノベーションに注力する方針を明言し、担当者が自由に動ける雰囲気を醸成することが何よりも不可欠です。
一方で、領域を限定しすぎると知の探索が制限されるリスクもあるため、企業によっては定量的なKPIをあえて設定せずに定性的な指針に基づき柔軟な探索を続けるアプローチを取るケースも見られます。
さらに、大手企業においてはジョブローテーションによる人事異動が頻繁に発生し、担当者が変わってしまう難しさがあります。そのため、経営レベルで一貫した「ビジョン」を打ち出すとともに、イノベーション人材を育成・配属し続けられるような体制づくりが重要となります。
当然ながら、「文化」や「制度」といった組織全体に関わる要素は時間を要するため、最初から全社的に変えようとするよりも、小規模にスタートし、実績を積み重ねながら徐々に周囲を巻き込む方が現実的と考えられます。
大企業の既存事業を支えてきた仕組みやプロセスはイノベーションには最適ではない場合が多いため、まずは小さく(時には非公式に)始めることで新規事業に合った運用モデルを試行し、後から必要に応じて文化や制度を整えていくのが定石です。
こうした取り組みを通じて、社内の各部門を巻き込みながら7つの要素を少しずつ整え、課題をクリアしていき、オープンイノベーションを確かな成果へとつなげていくことが鍵となります。
大手企業がオープンイノベーションを進める4ステップ
オープンイノベーションに必要な要素を見てきましたが、オープンイノベーションを実行に移すには、どこから手をつけるべきなのでしょうか。
グローバルで500社以上の大手企業のオープンイノベーションを現在進行形で支援している当社は、次の4ステップで進めるのが、多くの企業に当てはまる正攻法だと考えています。
▶︎オープンイノベーションの進め方とステップについて詳しく解説した記事
ステップ1:全体方針策定・テーマ創出
最初のステップは、「どのようなビジョンやテーマでイノベーションに取り組むのか」を定めることです。
オープンイノベーションを推進する企業や組織は、既存事業の延長線上だけでなく、中長期的な視点から新たな市場や技術領域を見据える必要があります。
たとえば、日本企業が海外進出を検討する際には、支援機関の取り組みやインセンティブの活用をリサーチすることが重要です。こうした情報を踏まえ、自社の強みやビジョンを踏まえた「全体方針」や「どのようなテーマを持つのか」を練るのが最初のステップです。
反対にこのステップを抜かしてしまうと、オープンイノベーション自体が目的化してしまい兼ねません。焦らず、全体方針策定・テーマ創出を行うことがオープンイノベーション成功の第一歩なのです。
ステップ2:パートナー探索
方針とテーマが固まったら、それを実現するための外部パートナーを探します。
大学やスタートアップ、大手企業など、協業先は多岐にわたるため、闇雲にリストアップしたり、面談するのではなく、自社のゴールに合致する専門性や技術力を持つ組織を厳選しましょう。
自社に足りない要素(ミッシングピース)を特定し、どのような座組みで補完していくのかを考え抜いた上で、パートナー探しはスタートするのが、望ましい形です。
裏を返すと、戦略なきパートナー探しはうまくいかないということです。
また、パートナー探し自体も一筋縄にはいかないのが実情です。スタートアップとの協業で考えた際には、幅広に協業先候補を洗い出した上で、自社に的した企業を絞り込む必要があります。その上で自社との相性や事業的優先度等のスタートアップ側の事情も考慮して最適な協業パートナーを見つけ出すことが重要です。
世界各国の新興企業やイノベーションエコシステムを幅広く把握したい場合は、当社も含めたグローバルなネットワークを持つVCやアクセラレーターを活用するのも一つの手段です。パートナーは世界基準で探し、自社にとって最適な企業と組むことをおすすめしています。また、規制が強い分野であっても、世界基準の技術をベンチマークすること自体に意味があります。
ステップ3:社内の巻き込み・変革
外部パートナーとの協業を進める一方で、社内にも変化を起こさなければ、オープンイノベーションは形骸化してしまいます。とくに大企業では、既存の評価制度や組織構造が新規事業やコラボレーションに合わない場合が多いため、社内の協力が得られにくい場合があります。
特に、”not invented here”という自前主義のメンタリティが強く残っている場合や、自社にR&D部門の意見が強い場合には、協業という考え方自体が難しいケースもあります。
また、新規事業に取り組むということは前例のないことを進めるため、スタートアップに合わせたNDAの作成や社内調整などに障壁がある場合もあるでしょう。
大手企業としては、「既存の規定にはない動きをどこまで許容できるか」を経営層が明確に示すことで、担当者の自由度が増し、成果につながりやすくなります。
また、社内外のキーマンを巻き込むことも非常に重要で、ドライブ力のある担当者がいることは前提であり、トップのコミットメントや社内関連部署の巻き込みをどこまでできるのかが、非常に重要なポイントです。
実際には、ピッチャー・キャッチャー問題(スタートアップを見つけて社内に紹介するけど、企業内で取り合ってくれない)があるので、ステップ2と両輪で回すのがベターだと考えています。
ステップ4:事業開発・出口探索
最後に、具体的なプロダクトやサービスを形にする段階です。
PoC(概念実証)を通じて仮説検証を行い、技術のフィジビリティ(実現可能性)や開発した商品・サービスが市場ニーズに適合するかを早期に見極めます。
仮にPoCで否定的な結果が出ても、そこから学んだ知見を次の開発に活かすことで、イノベーションの質を高められます。
そもそも、事業仮説がうまくいかないことがわかるのもPoCの目的の一つです。新規事業の成功率は千三つと言われるように、とにかく数を打つことが重要なのです。
このフェーズでは、成功事例ばかりを追うのではなく、失敗を含めた学習機会として考えられるマインドセットを役員レベルをはじめとして社内で揃える必要があります。もしPoCを経て有望と判断できれば、出資や追加リソースの投入を検討し、本格的な事業化へ移行します。
スタートアップとの協業でつまづく4つの壁とその対策
オープンイノベーションを進める4つのステップを紹介しました。先述しましたが、新規事業開発は千三つと言われる成功確率であることを考えると、オープンイノベーションの成功まで辿り着く協業はそれほど多くないのは、直感的にお分かりいただけるでしょう。
その理由は市場環境などの外部要因も当然ありますが、文化や組織構造が異なる大手企業とスタートアップが協業すること自体共通した壁が存在することがわかっています。
本章では、オープンイノベーションで多くの企業が躓く4つの壁とその対策に関して見ていきますので、新規事業の成功確率を上げるためにも、チェックしてみてください。
▶︎大手企業とスタートアップに起きがちなミスコミュニケーション
1. NDA(秘密保持契約)における壁
オープンイノベーションを進める最初の関門は、やはり情報の取り扱い。
この段階で締結するNDA(秘密保持契約)には、機密情報や将来計画に関して「どこまで情報を開示するか」「いつ、どのように開示するか」を明確に定めることが不可欠です。
しかし、大手企業がスタートアップをサプライヤーのように扱い、一方的な契約条件を押し付けるケースがよく見られます。例えば「片務的(一方だけが義務を負う)な守秘義務」をスタートアップ側に課すといった事例です。
重要なのは、「どこまで、いつ、どんな形で情報を開示するか」を具体的に決めつつ、お互いが対等の立場で契約を結ぶこと。例えば、「検討開始の事実を公表してもいい情報」と「厳密に守秘すべきコア技術」をきちんと仕分けし、スタートアップが投資家に話しにくくならないよう配慮するだけでも、関係はぐっと円滑になります。
NDAと同時に「新しく発生する知財はどちらの所有権になるか」「どのようにライセンスアウト・インするか」を大枠で検討しておくと、後の交渉がスムーズになります。
2. PoC(概念実証)における壁
PoC(Proof of Concept、概念実証)は新技術やサービスの実用性を検証するための重要なステップです。PoCにおける壁は、双方の認識とコスト負担にあります。
まずPoCの狙いを共通認識にしておきましょう。PoCは「成功ありき」ではなく、「可能性や課題を洗い出す」ことです。
PoCの目的を「可能性を探ること」とはっきり言語化し、途中経過や上手くいかなかったことも含めて積極的に情報共有する仕組みやマインドセットが求められます。
また、PoCにかかる人件費や実験設備費をどちらが、どの程度負担するかを明確にしておかないと、後々「こんなにコストがかかるとは思わなかった」と不満が出る恐れがあります。
実証実験に進む際のコストは大手企業が持ち、スタートアップは開発に伴う人材を提供するという協業の仕方がベストプラクティスとして定着しつつあります。
3. 共同研究開発における壁
共同研究開発(Joint R&D)では、大手企業とスタートアップが互いに技術・知見を出し合って新製品や新技術を開発します。しかし、その成果物に関する特許やノウハウを「どちらが所有するか」や、対価を「いつ・どのように支払うか」をめぐって対立しがちです。
大手企業は独占的利用を求め、スタートアップは自由な展開や収益確保を重視するため、折り合いがつかないまま交渉が長期化することがあるのです。
共同研究に基づく商品やサービスに関しては、スタートアップに知的財産権を帰属させ、大手企業は特定アプリケーションにおける独占使用権に止めることが、ベストプラクティスだと当社は考えています。
4. ライセンス契約における壁
共同研究開発の成果やスタートアップが保有する特許をライセンスする際、もっとも大きな壁となるのがライセンスをどちらに帰属させるか、そして売上の分配をどう決めるかです。
よくあるのは、スタートアップが開発した技術の特許出願制限を求める場合や他者へのサービス提供や販売を制限しようとするケースです。
共同研究後の知財に関しては、ライセンスはスタートアップが持ち、そのコア技術を利用したプロダクトが売れた際にライセンスフィーが収入源になるように設計できると、協業がうまくいきやすいもの。
全ての壁に共通していますが、双方がお互いの利益のことを考えた上で歩み寄る姿勢が、オープンイノベーションでは欠かせません(*7)。
コラム:オープンイノベーションの成功体験はいいことばかりではない?!
オープンイノベーションは、新たな発想や技術を短期間で得る有効な手段である一方、外部に頼りすぎると、社内にノウハウが蓄積されず、長期的な競争力を損なうリスクもあります。だからこそ「コア技術は自社で磨き上げ、ノンコアは外部の力を活用する」など、長期的な競争力を保つ視点に立って、オープンイノベーションに取り組む姿勢が求められます。
4タイプのオープンイノベーションの成功事例を紹介!
① インバウンド型オープンイノベーション事例:東急不動産×SolarDuck
インバウンド型とは、スタートアップや大学、研究機関など外部組織が持つ技術・ノウハウ・アイデアを取り入れ、そこに自社のリソースを掛け合わせてイノベーションを創出する手法です。たとえば既存事業のボトルネックが明確な場合、新技術でそのミッシングピースを埋めることで大きな飛躍を狙えます。
不動産大手の東急不動産は、再生可能エネルギーを含むエネルギー施設開発など、環境分野にも力を入れている企業です。
東急不動産は日本における土地利用や施設開発には精通していますが、再生エネルギーや発電設備に関するコア技術は持っておらず、まさにミッシングピースを埋めたいと考えていました。
おこでパートナー候補に挙がったのが、オランダとノルウェーにまたがる海上で洋上浮体式太陽光発電を手がけるスタートアップのSolarDuck社。
オランダのSolarDuck社との協業により、東京湾上での太陽光発電および蓄電・搬送という国内初のプロジェクトに挑みました。
現在PoCまで完了しており、日本のエネルギー課題解決に向けて、新たな可能性が開かれようとしています。
参考:「一緒にやりましょう」の声がけから。東芝がスタートアップと取り組む新たな価値創造
② アウトバウンド型オープンイノベーション事例:東芝×NearMeアウトバウンド型は、自社で培った技術やノウハウを外部に開放し、新たなビジネスアイデアやサービスの創出を促す手法です。過去の研究開発で眠らせていた特許や技術をライセンスアウトすることで、スタートアップや他業界の企業が思いもよらない発想で活用し、新価値を生み出すことが期待されます。
エネルギー・インフラ・電子機器などを事業ドメインに持つ東芝グループは、外部との連携により自社アセットの活用やイノベーション創出をめざす「Toshiba Open Innovation Platform(TOIP)」を展開。
その一環として2023年4月に、東京メトロ丸の内線の交通チケットと連動した周遊チケットを作る実証実験を実施。東芝はもともと駅の改札機を製造する技術を持っていましたが、QRコード対応の改札機の普及を見越し、デジタル化された乗車チケットの利活用を模索していました。
そこで同社はPlug and Play Japanのマッチングを通して、移動のシェアリングサービスを手がけるスタートアップのNearMeと提携。東芝が持つ交通チケットのオープン化プラットフォームに、NearMeの移動サービスを組み合わせたサービスを構築したことで、実証実験をスタートさせることができました。
参考:都市のエネルギー問題を解決する洋上太陽光発電への一歩 | 東急不動産 x SolarDuck 協業事例インタビュー
③ 複数企業連携型オープンイノベーション事例:電通×ファミワン×Varinos複数企業連携型(コンソーシアム型)は、インバウンド型とアウトバウンド型を組み合わせ、複数の企業や組織が相互に技術・ノウハウを出し合い、共同プロジェクトやジョイントベンチャーを立ち上げる手法です。
広告大手の電通は当時、フェムテックや妊活というテーマでの事業創出を模索していました。一方の産婦人科分野の遺伝子検査を手がけるVarinosと妊活支援サイトを運営するファミワンは、手軽に子宮内フローラを検査できるキットの共同開発を進めていましたが、一般消費者向けの商品デザインやプロモーションのノウハウがありませんでした。
そこで電通は開発中の検査キットのパッケージデザインやウェブサイト、キービジュアル、コピーなどコンセプトメイキングをサポート。Varinosとファミワンのメディアへの露出やネットワーキングもサポートし、検査キットの普及だけでなく妊活や不妊治療に関する知識の啓発にも貢献しました。
3社の連携型オープンイノベーションから生まれた子宮内フローラ検査キットによって、それまでクリニックに通う必要のあった検査が自宅でできるようになりました。
このキットが女性の不妊に対する不安を軽減し、妊活や不妊治療へのハードルを下げることが期待されます。将来的には「フェムテック」を女性だけのテーマにせず、社会全体の関心を高めることで課題解決につなげることをめざしています。
参考:子供を持ちたいと願うすべての人のために。スタートアップと大企業ができることとは? – Famione × Varinos × 電通
④インバウンド型の派生系:ベンチャークライアントモデル:BeePlanet × メルセデス・ベンツ4つ目に紹介するのは、近年大手注目度が高まっているベンチャークライアントモデルの事例です。ベンチャークライアントモデルは、大手企業がスタートアップの顧客になり戦略的課題解決と経済効果をいち早く生むオープンイノベーションの共創の形です。本章では、Plug and Playのパートナーであるメルセデスベンツの事例を紹介します。
メルセデス・ベンツ・エスパーニャのビトリア工場は、使用済みEVバッテリーの処分と工場内の電力負荷増大という課題を抱えていました。そこでスタートアップのBeePlanet社が「まだ利用可能なバッテリーをエネルギー貯蔵として再活用する」というソリューションを提案。
自動車メーカーの基準には満たないものの、セカンドライフ用途として問題なく稼働するリチウムイオンバッテリーを活用し、太陽光発電から得た余剰エネルギーを貯蔵してEV充電に回すPoCを実施しました。
この取り組みによって、追加の電源設備投資を抑えつつ、工場の送電網依存を最小化できる可能性が確認されました。わずか5か月でプロトタイプを構築し、内部エネルギー需要と蓄電を統合管理する仕組みが整備され、コスト削減および環境負荷の低減に寄与。
将来的には、他のメルセデス製EVバッテリーへの横展開や市場向けストレージソリューションとしての提供も視野に入れており、循環型社会の実現に向けて持続可能なビジネスモデルを進化させていく見込みです。
まとめ ~Win-Winのイノベーション創出に向けて~
市場環境がめまぐるしく変化するVUCA時代において、スピーディな事業開発を可能にするオープンイノベーション。当記事ではオープンイノベーションに必要な7要素から成功のための4ステップについて解説し、国内の成功事例を見てきました。
大手企業がオープンイノベーションを成功させるポイントは、提携する相手と自社のお互いの目的に沿って、Win-Winのゴールをめざすことです。
Plug and Playではスタートアップとのマッチングや情報提供を通じて大手企業のオープンイノベーションをサポートしております。
また、自社でアクセラレータープログラムの開催を希望される企業パートナーに対しても、必要に応じて様々なサポートを提供していますので、ご興味のある方はこちらよりお気軽にご相談ください。
また、当社が現在進行形で550社以上のグローバル企業のオープンイノベーションを支援してきた経験から、オープンイノベーションに取り組むうえでのポイントや参考事例を集めたコンテンツも用意していますので、ぜひご覧いただけますと幸いです。
〈参照文献〉
1)シュンペーター 経済発展の理論(初版)
2)MacやWindowsには“元ネタ”があった 「パロアルト研」が残した「Alto」を振り返る
3)梅原, 博和. “零式艦上戦闘機の開発背景 ―超々ジュラルミン開発・量産から零式艦上戦闘機への繋がり―.”
4)JOIC, editor. “オープンイノベーション白書(第二版).”
5)学習院大学. “日米欧企業における オープン・イノベーション活動の比較研究.”
6)厚生労働省. “ヒット商品のライフサイクル.”
7)参照:公正取引委員会. “スタートアップとの事業連携及びスタートアップへの出資に関する指針ガイドブック.”