「オープンイノベーション」とは?大手3社の成功事例も紹介
2024/04/12
日本の製造業が世界を席巻し、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言わしめた時代から市場環境は大きく変化し、技術の進化とともに新たなビジネス手法も次々と生み出されてきました。その中で、日本が海外勢の隆盛を許すきっかけのひとつになった開発手法が「オープンイノベーション」です。柔軟かつスピーディな開発を可能にするオープンイノベーションについて、国内大手3社の事例も踏まえながら、その必要性やメリットなどについて解説します。
Writer: Fukui Hideaki (記事更新:2024年11月6日)
1. オープンイノベーションとは?
オープンイノベーションの定義
「オープンイノベーション」という言葉は、2003年に当時ハーバード大学教授だったヘンリー・チェスブロウ氏が執筆した著書『オープンイノベーション』によって広く知られるようになりました。同書の中で、著者はオープンイノベーションを次のように定義しています(*1)。
「オープンイノベーションとは、組織内部のイノベーションを促進するために、意図的かつ積極的に内部と外部の技術やアイデアなどの資源の流出入を活用し、その結果組織内で創出したイノベーションを組織外に展開する市場機会を増やすことである。」
つまり、組織内外の技術やノウハウ、リソースなどの交流を通じて、自社だけでは解決できなかった課題に突破口を見出し、イノベーション創出につなげることが「オープンイノベーション」のポイントです。
教授としてさまざまなビジネス事例を研究していたチェスブロウ氏は、自社内ですべての研究開発を行う企業よりも、外部のノウハウを組み合わせて開発を進める企業の方が製品の市場投入が早く、成功する可能性が高いことを発見しました。その概念を説明するために、彼が生み出したのが「オープンイノベーション」という言葉です(*2)。
それ以前から、他社のノウハウを活用して研究開発を行う事例は存在していましたが、その手法や考え方は、この著書によって改めて定義づけられました。
オープンイノベーションの歴史
先述の通り、「オープンイノベーション」という言葉が生まれる前から、他社の技術活用や交流は行われてきました。有名なエピソードとして挙げられるのは、ゼロックスのパロアルト研究所(PARC)やApple創業者のスティーブ・ジョブズの関係でしょう。PARCで生まれたマウスやグラフィック技術は、若き日のジョブズを大きな影響を与え、Macintoshの誕生へとつながりました。
このように、他社との技術交流によって新しい価値を生み出す動きは以前から存在していましたが、1990年代頃から大手企業が組織的かつ戦略的に社外から技術やアイデアを取り入れる動きが活発化しました。GE(ゼネラル・エレクトリック)やプロクター&ギャンブル(P&G)、LEGO、フィリップスなど、世界の名だたる企業が外部リソースを活用して業績を向上させ、2000年代に入るとマイクロソフトやGoogle、Facebook(現・Meta)などのIT大手企業がM&Aを通じてオープンイノベーションによる事業拡大を進めました。
そして現在では、オープンイノベーションは変化の速いVUCA時代を生き抜くために不可欠な開発手法となっています。多くの企業でオープンイノベーションを専門に担う部署が設けられ、アクセラレーションプログラムやCVC、M&Aなどさまざまな手段を通した事業開発が進められています。
日本のオープンイノベーションとクローズドイノベーションの変遷:成功と課題
日本はオープンイノベーションにおいて、海外に遅れを取っていると言われます。しかし、歴史を振り返ると、日本人は海外の文化や技術を取り入れ、それを独自に発展させる能力に長けており、オープンイノベーションは得意分野と言えるでしょう。
明治維新後、日本は海外の技術を導入し、鉄道、自動車、紡績など、国の発展を支える産業基盤を築きました。戦時中の主力戦闘機として有名な「零戦」も、三菱重工の航空技術に加え、国内外の技術を集めて開発された住友金属の素材(超々ジュラルミン)や、民間事業者の創意工夫を促す発注方式の成功により、わずか5年という短期間で完成しました。これは現在でも、オープンイノベーションの成功モデルとして語り継がれています(*3)。
しかし、1960年代の高度成長期から1980年代のバブル期にかけて成功を収め、社内に膨大な技術リソースを持った日本企業は、徐々に自前主義へとシフトしていきました。「社内の技術や知見をどう活用するか」という発想に固執し始めたのです。
このように、自社またはグループ内だけで行う開発手法を「クローズドイノベーション」と呼びます。1980年代後半から2000年代初頭にかけて、多くの日本企業はクローズドイノベーションを通じてプロダクトを開発し、ノウハウの流出を防ぎつつ、利益を独占する戦略を取っていました。その間、海外ではITの急速な発展に伴い、次々と革新的なプロダクトが誕生し、ビジネスの勢力図は大きく変わりました。
日本でもリーマン・ショックが起こった2008年頃を境に、オープンイノベーションが注目を集め始め、仲介サービスも増加しました。その後、AIをはじめとする革新的技術の登場により市場環境が劇的に変化する中で、危機感を抱いた多くの企業がオープンイノベーションに取り組むようになりました。
しかし、欧米に比べて日本企業のオープンイノベーション実施率は依然として低く、社内の組織や風土の改革、支援体制の強化、成功モデルの創出などが求められています。
2. オープンイノベーションが必要な理由
企業が競争力を維持するうえで、オープンイノベーションは今や不可欠な要素となっています。近年、大手企業を中心に、オープンイノベーションへの取り組みが活発化していますが、そもそもなぜオープンイノベーションがこれほど必要とされるのでしょうか。本章では、その理由を以下の3つの観点から市場背景とともに深掘りしていきます。
プロダクト・ライフサイクルの加速化
デジタル技術の進化に伴い、多くの分野で研究開発のスピードが一層加速しています。新しい商品やサービスが次々と生まれ、1つのヒット商品が長期間売れ続けるケースは少なくなってきました。このような状況下では、企業は常に新商品やサービスを迅速に開発し続ける必要があり、社内のノウハウや技術、発想だけに頼っていては、他社に遅れを取る可能性が高くなります。
特にIT分野では、人工知能や次世代コンピューティング、バイオテクノロジーといった新技術が日進月歩で進化しており、明日のビジネス環境がどのように変化するかを予測するのは容易ではありません。こうした急激な変化にスピーディに対応するためにも、外部リソースを柔軟に活用することがますます重要になっています。
多様化する消費者ニーズ
SNSをはじめとするメディアの多様化に伴い、消費者のライフスタイルや嗜好も多様化しています。そのため、多くの分野において、従来の少品種大量生産を前提とした開発ではなく、多品種少量生産を前提とする開発が求められています。社内の発想だけに依存し、従来の開発フローを続けていては、消費者の潜在的なニーズや行動を正確に捉えることができず、ビジネスチャンスを逃すリスクが高まります。
刻々と変化するトレンドを逃さないためには、社外の柔軟な発想やノウハウを取り入れることが不可欠です。さらに、消費者のニーズに応えた商品やサービスを迅速に具現化するためにも、外部リソースの活用は必要不可欠です。
グローバル競争
世界中が情報通信ネットワークで結ばれた現在、あらゆる分野のビジネスが国境を越えて展開されています。これは同時に、競争相手が世界各地に点在していることを意味します。国を超えた競争に打ち勝つためには、海外企業との協業も視野に入れたオープンイノベーションに取り組む姿勢が求められています。
3. オープンイノベーションのメリットと留意点
オープンイノベーションの必要性を理解した上で、次にその実施がもたらすメリットと留意点について考えていきましょう。
メリット
他社が有する技術やノウハウの活用
オープンイノベーションの最大のメリットのひとつは、他社が持つ技術やノウハウを活用できる点です。特に、スタートアップが持つ斬新でユニークな技術や、大学の研究シーズなどを大手企業が取り入れることで、マーケットに大きなインパクトを与えるプロダクト開発につながる可能性があります。このアプローチによって、自社だけでは乗り越えられない課題のブレイクスルーや、さらなるイノベーションの誘発が期待できます。
開発コストの削減
企業は研究開発に毎年多額の予算を投入しており、大手企業の場合、年間数千億円を費やすことも珍しくありません(*4)。自社でゼロから開発を進めるには膨大なコストが必要ですが、外部の研究成果を活用することで、ある程度コストを抑えることが可能です。
スピーディな開発
研究開発には、コストに加えて時間も必要です。また、何年も研究に費やした結果、ビジネスとして結実しないこともあります。こうした点においても、外部の研究成果を上手に活用すれば、開発期間を大幅に短縮できる可能性があります。
企業文化・風土の変革
オープンイノベーションによる副産物のひとつは、社内の文化や組織風土への影響です。特に、自由な発想でスピーディな意思決定ができるスタートアップとの協業は、旧態依然とした組織に風穴を開け、変革の機運を生み出す可能性があります。
留意点
低コスト・短期間での開発を可能にするオープンイノベーションですが、取り組むうえで注意する点もあります。
外部連携における知財と情報セキュリティの確立
外部との連携においては、自社の課題や新規プロジェクトなどの情報を開示することが前提となります。また、共同開発の過程で社内の機密情報を部分的に共有することもあるでしょう。そのため、情報が関係者外に漏れないよう、十分な注意が必要です。
万が一の流出を防ぐためにも、情報をどこまで開示するのか、NDAを締結するタイミングなど、事前に入念な計画を練ることが重要です。本格的に共同開発やPoCを行うことが決まった場合は、知財や機密情報の扱いに関する契約を締結し、情報漏洩を確実に防ぎましょう。
協業における費用と利益の明確な合意
社内のみで開発を行う場合、コストはすべて自社で負担する代わりに、利益もすべて自社のものとなります。しかし、外部組織と連携して行う場合は、開発経費の分担や利益の配分について事前に合意しておくことが重要です。これにより、後々のトラブルを防ぐことができます。
スムーズな業務推進に向けたリソース確保と社内調整
オープンイノベーションに限らず、新しい相手との仕事はスムーズに進まないことが多く、業務負担が増えることが予想されます。また、社内の他部署からの協力を得るために奔走したり、上層部からの承認を得る必要が出てくることもあります。これらの業務で無理が生じないようにするためには、必要なリソースの確保や社内調整にも十分な配慮が必要です。
4. オープンイノベーションのタイプ
留意点に配慮すれば、メリットも多いオープンイノベーションですが、外部との連携方法によって3つのタイプがあります。
インバウンド型(技術探索型)
インバウンド型とは、外部組織から技術やノウハウ、アイデアを取り入れ、自社のリソースと組み合わせることでイノベーションを創出する手法です。このアプローチは、自社の課題が明確な場合や、特定の要素(ミッシングピース)を埋めたいと考えている場合に特に有効です。
アウトバウンド型(技術提供型)
アウトバウンド型とは、自社の技術やノウハウを外部に開放することで、新たな事業アイデアを生み出す手法です。大手企業や研究機関の中には、長年の研究開発の過程でビジネスに結びつかなかった研究成果が眠っていることがあります。これらのアセットを外部の視点で活用してもらうことで、新たな価値を創出することが可能です。また、自社が保有するライセンスを提携先が使用できるようにする「ライセンスアウト」も、アウトバウンド型の手法の一つです。
連携型
インバウンド型とアウトバウンド型を組み合わせ、技術やノウハウ、アイデアを相互に提供しながら事業創出を目指すのが連携型オープンイノベーションです。この手法には、複数の企業が共同で立ち上げるジョイントベンチャーや、エンジニアがソリューションを競い合うハッカソンなどが含まれます。
5. 国内大手3社のオープンイノベーション成功事例
ここからは具体的なオープンイノベーションの成功事例を見てみましょう。
① インバウンド型オープンイノベーション事例:東急不動産×SolarDuck
不動産大手の東急不動産は、再生可能エネルギーを含むエネルギー施設開発など、環境分野にも力を入れています。その中で、50年・100年先の都市のあるべき姿を構想した未来のまちづくり戦略として東京都が公募する「東京ベイeSGプロジェクト」に参加。オランダのSolarDuck社との協業により、東京湾上での太陽光発電および蓄電・搬送という国内初のプロジェクトに挑みました。
東急不動産は日本における土地利用や施設開発には精通していますが、再生エネルギーや発電設備に関するコア技術は持っていません。一方、オランダのスタートアップであるSolarDuck社は、オランダとノルウェーにまたがる海上で洋上浮体式太陽光発電を手がけています。Plug and Play JapanのEnergyプログラムを通して両社がつながったことでプロジェクトが実現。日本のエネルギー課題解決に向けて、新たな可能性が開かれようとしています。
② アウトバウンド型オープンイノベーション事例:東芝×NearMe
エネルギー・インフラ・電子機器などを事業ドメインに持つ東芝グループは、外部との連携により自社アセットの活用やイノベーション創出をめざす「Toshiba Open Innovation Platform(TOIP)」を展開しています。その一環として2023年4月に、東京メトロ丸の内線の交通チケットと連動した周遊チケットを作る実証実験を実施。東芝はもともと駅の改札機を製造する技術を持っていましたが、QRコード対応の改札機の普及を見越し、デジタル化された乗車チケットの利活用を模索していました。
そこで同社はPlug and Play Japanのマッチングを通して、移動のシェアリングサービスを手がけるスタートアップのNearMeと提携。東芝が持つ交通チケットのオープン化プラットフォームに、NearMeの移動サービスを組み合わせたサービスを構築したことで、実証実験をスタートさせることができました。
この実験で得られる「移動」に関するデータを分析することで、東芝はより効果的なサービスの開発に取り組むとともに、新たな移動需要の創出をめざします。
参考:都市のエネルギー問題を解決する洋上太陽光発電への一歩 | 東急不動産 x SolarDuck 協業事例インタビュー
③ 連携型オープンイノベーション事例:電通×ファミワン×Varinos
広告大手の電通は、妊活支援サイトを運営するファミワン、産婦人科分野の遺伝子検査を手がけるVarinosとともに子宮内フローラの検査キットの開発プロジェクトに参画。大手企業とスタートアップ2社が相互にノウハウとリソースを供給し、フェムテックを一歩前進させるプロダクトが誕生しました。
3社が出会ったのはPlug and Play Japanのアクセラレータープログラムがきっかけで、電通では当時、フェムテックや妊活というテーマでの事業創出を模索していました。一方のVarinosとファミワンは手軽に子宮内フローラを検査できるキットの共同開発を進めていましたが、一般消費者向けの商品デザインやプロモーションのノウハウがありませんでした。
そこで電通は開発中の検査キットのパッケージデザインやウェブサイト、キービジュアル、コピーなどコンセプトメイキングをサポート。Varinosとファミワンのメディアへの露出やネットワーキングもサポートし、検査キットの普及だけでなく妊活や不妊治療に関する知識の啓発にも貢献しました。
3社の連携型オープンイノベーションから生まれた子宮内フローラ検査キットによって、それまでクリニックに通う必要のあった検査が自宅でできるようになりました。このキットが女性の不妊に対する不安を軽減し、妊活や不妊治療へのハードルを下げることが期待されます。将来的には「フェムテック」を女性だけのテーマにせず、社会全体の関心を高めることで課題解決につなげることをめざしています。
参考:子供を持ちたいと願うすべての人のために。スタートアップと大企業ができることとは? – Famione × Varinos × 電通
6. まとめ ~Win-Winのイノベーションに向けて~
市場環境がめまぐるしく変化するVUCA時代において、スピーディな事業開発を可能にするオープンイノベーション。そのメリットや効果的な取り組み方について解説してきました。大手企業がオープンイノベーションを成功させるポイントは、提携する相手と対等な関係性を築き、Win-Winのゴールをめざすことです。
Plug and Playではスタートアップとのマッチングや情報提供を通じて大手企業のオープンイノベーションをサポートしております。自社でアクセラレータープログラムの開催を希望される企業パートナーに対しても、必要に応じて様々なサポートを提供していますので、ご興味のある方はこちらよりお気軽にご相談ください。
また、当社がこれまで50社以上の大手日系企業のオープンイノベーションを支援してきた経験から、オープンイノベーションに取り組むうえでのポイントや参考事例を集めたコンテンツも多数ご用意しています。
<参考文献一覧>
1) NEDO「オープンイノベーション白書 第ニ版」2018年6月
2) TECHBLITZ「【オープンイノベーションの提唱者】世界的な経営学者が語る、日本のオープンイノベーション」2020年11月9日
3) 防衛省「海幹校戦略研究 第12巻第1号『零式艦上戦闘機の開発背景』」2022年6月
4) WDB「企業の研究開発費ランキングTOP100」2023年6月