課題解決に最適なスタートアップとの出会いを生む「リバースピッチ」とは?
2024/03/13
スタートアップ・エコシステムの広がりとともに「ピッチ」という言葉も広く知れ渡るようになりました。そして現在、新たに注目を集めているのが「リバースピッチ」です。大手企業が課題解決のアプローチとして注目するリバースピッチについて、その意味や活用シーン、効果的な取り組み方を解説します。
Hideaki Fukui
Writer
1. リバースピッチとは?
シリコンバレーのピッチ文化
リバースピッチの紹介の前に、まずは「ピッチ」についておさらいしましょう。「ピッチ(pitch)」は、野球の「ピッチャー」に通じる「投げる」という意味の他に「設営する・調整する・音の高さ・勾配・売り込み」など多くの意味を持つ言葉です。
ビジネスシーン、特にスタートアップ・エコシステムにおいては、起業家が主に投資家へ向けてビジネスプランを短く売り込むことを「ピッチ」と呼びます。その発祥はアメリカのシリコンバレーといわれています。
サンフランシスコの南部に位置するシリコンバレーは、かつてスタンフォード大学を中心に半導体産業が発展した地域。世界の名だたるIT企業が本社を構え、有望なスタートアップが次々と生まれる聖地でもあります。世界中から起業家や投資家が集まるため、起業家が自社のビジネスを売り込む文化が自然に広まっていったと考えられます。
日本でも起業文化の浸透とともに「ピッチ」の認知が広まり、現在ではさまざまな形のピッチイベントやコンテストが開催されています。
ピッチ・プレゼン・学会発表の違い
ピッチ
一般的に3~5分程度の短時間で事業内容を伝えるのがピッチで、すべて詳細に説明するのではなく、相手の興味を引くことに主眼を置いています。中には30秒~1分ほどの「エレベーターピッチ」というスタイルもあります。いずれも後で個別商談につなげることを想定したものです。
プレゼン
ピッチよりも長い時間をかけ、伝えたい情報を詳しく説明するのがプレゼン(プレゼンテーション)です。相手の興味を引くだけでなく、詳細までわかりやすく伝えることで理解を深め、共感や賛同を得ることを目的としています。
学会発表
ビジネスプランよりも研究成果の発表にフォーカスしているのが学会発表です。オーディエンスも投資家や経営者ではなく、教授や研究者であることが一般的です。学会発表に慣れている大学発スタートアップがピッチを行う場合、技術面の説明に力を入れすぎてビジネスとしてのアピールが弱くなってしまうことがあります。
“反対向き”だから“リバース”ピッチ
「リバース(reverse)」は「逆・反対」を意味する英語で、普通のピッチとは逆に事業会社や自治体などがスタートアップに向けてピッチを行うのが「リバースピッチ」です。
現在、大手企業や自治体の多くがスタートアップとのオープンイノベーションや実証実験に課題解決の活路を見出そうとしています。しかし、自社の課題に最適なスタートアップを探すのは容易ではありません。そこで、解決したい課題を複数のスタートアップに向けて発表する「リバースピッチ」を行い、スタートアップ側から提案を募るという手法が注目されているのです。
最近では、シードからアーリーステージのスタートアップに成長支援を行うアクセラレーションプログラムを自社で行う大手企業も増えています。このようなプログラムへの参加を募る際にも、リバースピッチが行われます。
2. なぜ大手企業がリバースピッチをするべきなのか
先述の通り、近年では有望なスタートアップと関係を深める手段として、事業会社の主催によるアクセラレーションプログラムも増えています。では、大手企業がリバースピッチを行う際には、どのようなことに気をつければよいのでしょうか。リバースピッチのメリットとデメリットを基に考えてみましょう。
メリット
シナジー効果
リバースピッチを行う際には、自社の現在の取り組みや抱えている課題、スタートアップとの協業において望むことなどをプレゼンします。するとオーディエンス側のスタートアップは提案のポイントを絞りやすくなり、精度の高い協業につながる可能性が生まれます。大手企業は事業部門の数も多く、スタートアップからは内情が見えづらいことも少なくありません。リバースピッチで社内の課題をオープンにすることで、高いシナジー効果が期待できます。
新たな発想
予測不能で過去の経験が通用しにくい時代において、社内の視点だけで課題を突破するのは簡単ではありません。先進的な技術と柔軟なアイデアを持つスタートアップに広く共創を呼びかけることで、自社では思いつかないソリューションにつながる可能性があります。
ブランディング
リバースピッチを行う大手企業は「オープンイノベーションに積極的な企業」としてスタートアップの目に映るでしょう。その認知が広まれば、市場全体にも先進的な企業としてのイメージが浸透するため、ブランディングの観点からも有益と言えます。
デメリット
セキュリティと社内調整
リバースピッチにおいては、今後の計画やリリース前の機密情報などもオープンにする場合があります。情報の出し方について社内で綿密な計画が必要なため、その社内調整に一定のリソースを割く必要があります。また、オーディエンスに競合他社が入らないようなフローの構築も必要です。
空振りに終わるリスク
リバースピッチをしたからといって、すぐれた提案が数多く集まるとは限りません。提案の数が少なかったり、精度の高い提案が集まらなかったりした場合、協業に最適なスタートアップかどうかの判断が難しくなります。
業務負担の増加
スタートアップからのソリューション提案を受けた後は、その内容を精査して採用・不採用を判断する行程が待っています。提案内容の効果やコストパフォーマンス、協業パートナーとして相応しいかどうかなど、さまざまな角度から検証が必要なため、相応の人的コストが必要になります。
3. リバースピッチへの準備
では、効果的なリバースピッチを行うためには、どのような準備が必要なのでしょうか。
解決したい課題の言語化
社内にどのような課題があり、どの課題を重点的に解決したいのか、まずは整理することから始めましょう。複数の事業部門を持つ大手企業の場合、課題も複雑になりがちです。各部門へのヒアリングを重ね、フォーカスすべき課題を絞り、ピッチで明確に伝えられるよう資料に落とし込みます。
協業パートナーのイメージ
リバースピッチにどの分野のスタートアップに集まってほしいのか、どのようなノウハウを持つスタートアップと協業したいのか、ある程度明確にしておく必要があります。協業先のイメージに沿ってリバースピッチのテーマを決めることで、狙いどおりのスタートアップに出会える可能性が高まります。
社内体制の整備
実際にスタートアップとのPoCや共同事業に発展した場合、既存の事業部門からも協力を取り付ける必要があります。どの程度のリソースを割くことができるのか明確にして、既存事業を圧迫しないよう事前の体制整備を進めておきましょう。
4. リバースピッチの構成
オーディエンスであるスタートアップに「この企業と協業したい」と思ってもらうためには、ピッチの構成もしっかりと練り込む必要があります。ここでは一般的なリバースピッチの流れをご紹介します。
①自己紹介
まずは自社の紹介から入ります。誰もが知る大手企業であっても、改めて会社の沿革や事業内容を紹介するとともに、現在の事業ドメインを整理して会社の全体像を伝えましょう。そして、プレゼンターの所属部署や担当業務も簡単に触れておきましょう
②解決したい課題
会社の概要が伝わったら、次に課題を説明します。自社を取り巻く市場環境やその展望、社内に不足しているノウハウ、ブレイクスルーできない要因などをわかりやすく説明します。過去に解決に取り組んで失敗した事例なども交えると、スタートアップからの提案の精度が上がるかもしれません。
③提案募集の詳細
上で説明した課題に対して、スタートアップに望むことを説明します。提案に際して遵守すべきガイドラインや、採用・不採用の大まかな基準も伝えておきましょう。ただし、あまり細かく条件を指定してしまうと斬新な提案が出にくくなってしまうため、必要最低限に留めることがポイントです。
5. リバースピッチの成功例
ここで、実際に大手企業からの呼びかけでスタートアップとの協業が実現した例を見てみましょう。
日立グループ
全社横断チームとスタートアップの共創プログラム
日立製作所は、スタートアップとの共創や投資をリードする「コーポレートベンチャリング室」の呼びかけにより、グループ横断でイノベーション創出をめざす「SIG(Special Interest Group)」を2022年に発足。これは部署の垣根を超え、さらには社外のイノベーターも巻き込んでWeb3やメタバースなどの新分野における事業機会創出につなげる取り組みです(*1)。
この取り組みの一環として、初年度の2022年にはメタバースとWeb3という2つのテーマについて、2023年にはAIについて、それぞれ実績を持つスタートアップと意見交換。SIGから多数のメンバーが参加し、既存事業の延長では出てこなかった新たな仮説検証の視点を得ることができました(*2)。
本プログラムにおいてはPlug and Play Japanの協力の下、最終的にスタートアップからの事業提案ピッチを開催。オープンイノベーションを通じた事業開発の可能性が生まれる結果となりました。
東芝
スタートアップ視点でアセットの新たな活用法を模索
長い歴史の中で、エネルギーや社会インフラ、デジタルソリューションなど幅広い領域で社会に貢献してきた東芝。しかし、社会課題が複雑化する中で持続的に価値を生み出していくために、従来とは異なる視点で技術を活用する必要を感じていました。そこで、グループが持つ豊富なビジネスアセット・先端技術の新たな活用法をスタートアップとの協働で模索する「Toshiba OPEN INNOVATION PROGRAM(TOIP)」を2020年に開始。東芝が、活用の幅を広げたい技術に関してスタートアップからアイデアを募り、採択された案をベースに共同開発を進めるプログラムです(*3)。
初年度には18社のアイデアが採択され、事業化に向けて動き始めました。そのひとつが、東芝デジタルソリューションズ株式会社が保有するビッグデータ・IoT向けデータベース「GridDB」を活用するプロジェクト。GridDBはIoTが生み出す膨大な時系列データの高速処理を可能にするデータベースで、その機能を有効に活用してソリューションを開発できるパートナーを探していました。
採択されたのは、データを活用したビジネス開発を手がけるスタートアップの株式会社DATAFLUCTで、データから様々な価値を生み出すアルゴリズム開発を得意としています。両社はGridDBを活用した新たな価値創造に向けて対話を重ね、小売業向けの販売予測AIなど、様々なデータソリューションのアイデアが生まれました(*4)。
この取り組みを通して東芝の参加メンバーは、スタートアップのスピード感やアジャイル的な開発手法を経験。従来とは異なる業務プロセスから多くの学びを得ることができ、打ち合わせのたびに議論が予想以上にステップアップし、プロジェクトが大きく前進する手応えを感じたそうです(*5)。東芝とDATAFLUCTの双方にとって、理想的な出会いにつながる結果となりました。
6.まとめ
リバースピッチは、大手企業の課題解決やアセット活用に最適なパートナーとのマッチングを可能にします。それを成功させるのは、「スタートアップに選んでもらう」というマインドです。先進的な技術を持つスタートアップが「協業したい」と思うようなプレゼンができるかどうかが、理想的な出会いにつながり、ひいてはオープンイノベーションの成功につながるのです。
Plug and Playではスタートアップとのマッチングや情報提供を通じて大手企業のオープンイノベーションをサポートしております。自社でアクセラレータープログラムの開催を希望される企業パートナーに対しても、必要に応じて様々なサポートを提供していますので、ご興味のある方はこちらよりお気軽にご相談ください。
参照資料
*1) 日立「社会イノベーションのグローバルリーダーをめざして(SIGの挑戦)」
*2) 日立「スタートアップ連携で育む新たなイノベーション」
*3) 東芝「オープンイノベーション最前線(前編)健全な呉越同舟とは?」
*4) 東芝「オープンイノベーション最前線(後編)データ技術の“民主化”へ」
*5) 東芝「オープンイノベーション最前線(中編)大企業が変わるとき」